第7話 『感情』
私は食べることが大好きだ。
美味しいものを食べると幸せになれる。普段表情筋があまり動かない私も美味しいものを食べればきつい表情じゃなくなる。
美味しいものは気分を良くしてくれる。
美味しいと幸せは直結していると思うほど、私が幸せに思う所にはいつも食べ物があった。
だから小さな頃からよく食べていた。
お父様にお願いをして、王都のケーキは網羅したし。お気に入りの店に出た新しいメニューは必ず食べてきた。
「おいしい、!」
でも料理は自分で作るものではなくて、人が作るものだと思ってた。令嬢だった私に料理をする機会なんてなくて、覚えたのはあの馬鹿王子に国外に捨てられた時からだった。
小さな体で喜びを全力で表現するシエラに私の頬も自然と緩む。
昔から人が多い所は苦手だった。話をするのも実は苦手で。
だからこそシエルと知り合えたのだけど。
スープを作り終わり結った髪をほどいてぼうっと視界の端に揺れる自分の髪を見る。もう前の色ではない。お父様と同じ色ではない。シエラとお揃いの髪。
シエラはとても可愛い。素直で、純粋で、笑顔が良く似合う。シエルもヴァンもシエラに優しい。家族のように…家族よりも強い絆を持つ三人。シエラに嫉妬しなかったわけじゃなかった。
私はあの城でどれだけ話しかけたくても許して貰えなかった。勝手に結ばれた婚約なんでどうでもよかったのに。
“お前は私の婚約者だろう!もっと愛想良くできないのか!”
昔から言われていた。可愛くない。素直じゃない。顔が怖い。愛想が悪い。態度が悪い。
何度も何度も。でも、私はどうしてもあの馬鹿王子の言うことを聞けなかった。
言われる度、一緒に時間を過ごす度、私の気持ちは冷えきっていき、表情がどんどん薄れていった。笑い方さえも分からず扇で口元を隠したまま目元だけでも細めて笑っていることを装おうとした。
…無理だったけれど。
だから、みんなと合流した時自然に動く感情に驚いた。…嫉妬もあった。でもそれ以上に愛しくて、温かくて、嬉しかった。
無邪気に私に抱きついて、無邪気に笑いかけて、笑わなくても懐いてくれるシエラは救いで。髪を変えるならこの子と同じが良かった。この子を守るすべに少しでもなりたかった。
だから即答だったのだけれど。
「…まるで出会った時のようね」
シエルが王太子の時とは全く異なり仕草や言い回しが幼い時の彼とよく被る。きっと彼も押し殺していた。私と同じように。
変わったのは…口の上手さかしら。
婚約者はできなかったし、女性からも距離をおかれてたのに、一体どうやってあんな言い回し無意識にできるの?
「クロエ?」
「なんでもないわ、シエラ。多分そろそろ戻ってくると思うから器によそっちゃいましょうか」
「うん!」
あの言い回しの癖は良くないわ。せめて本人に自覚があるなら別───。
「クロエ」
「うん?」
「そんなに、力…いらない、よ?」
無意識に力んで鍋の中の具を潰してしまっていたらしい。誤魔化すように優しく混ぜてから器に入れるとシエラが少し困った顔をする。
「機嫌、わるい?」
「そんな事ないわよ」
「でも…」
ぐむぐむ唸るシエラの頭を撫でて少し申し訳なくなる。心配をかけてしまった。
「ただ少しシエルに思う所があっただけよ」
「シエル?」
「褒めるの上手すぎなのよ、あのひと」
「シエル、言葉、あったかい」
「…えぇ、そうね」
温かい。本当に。
感情を込めて心から思っているのだろうと伝わってくるのがいっそ熱くもある。火傷しそうな程に。
気を付けよう。他意は無いんだと。変に勘違いしないように。
…もう離れたくは無い。
それに、心が向いてなくとも、要らないという言葉は酷く人を傷つけて腐らせるのだから。
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