第2話 『フラヴィ』
産まれたあの子を胸に抱いた日を忘れたことは無い。
何人いようが子は子で宝は宝。
何度あいつに叫んだと思ってる。何度止める為に拳を振り上げたと思っている。
それでもあいつには届かず、あいつは俺達を退けた。
それの報いをあの子が受けて、その終わりを、あの王太子が運んできた。
「王族の墓に…か」
「えぇ、どうにかなりませんかね」
かつて死んだとされたゼクスという男が生きていたのは知っていた。前王妃だったあの人と馬鹿なあいつの子。名前ももう呼ばれなくなってしまった王太子。この国の未来そのものであるはずなのに虐げられ続けた王太子。
『フラヴィ公爵…もしも憎しみと呪いの連鎖を止める決意が出来たとしたら……どうか』
決意の場が来たということだろう。
「…誰が共に行くんだ」
「俺が」
「一人か」
「私も同行していいなら行きたいですが…資格はないでしょう」
苦笑いをするゼクスの部下だったというクアス男爵はそう愚痴る様に肩をすくめる。確かにこの男は前王妃に選ばれたものではなかった。
ならば確かに目の前のこのゼクスが私と共に同行するにはまだ相応しいのだろう。
「王太子自身は実の母親が眠っているから普通なら墓参りは許されるはずだった。だが王太子が何度王に願っても、王は絶対に許可しなかった。何故かわかるか?」
「…知っているので?」
「知っているさ、私も王族の血を引いている。…だから分かるんだ。陛下は憎んでいるんだよ、あの墓に眠る自分の母親と自分が無理矢理妻にした前王妃を」
目を伏せ学生だった頃の
本当に普通の優しいあいつが歪んだ理由。
私に話す事もなく周りに話すこともなかった狂気の答え。
「私はお前を連れてくことを拒むことは無い、あの子がこの国から追放された時点で…望みは潰えた。きっと王もわかっていて、あの子を自分で探しに行けないのだろう。王太子が逃げたことは本当に予想外だったんだろうが、王太子を愛する事を王はできやしないからな」
「なんで…陛下は王太子をそんなに愛さないんです、自分の子なのに…そんなに平民の血が入ってるのが…」
「あぁ、そうだ。王にとって何よりそれが耐えられなかった」
祝福された子。愛された子。賢王なりえる子。あいつをたくさんの呼び名が褒めた。だがひとつの名前だけでそれら全てが無になるほどあいつは絶望した。
呪われた子。愛されていたはずの、望まれてたはずのあいつの運命が少しでも優しかったなら、前王妃も現王妃も、王太子も誰も苦しまなかったのかもしれない。
「私は全て知っている訳では無い。だから確かめに行くのに付き合ってやろう」
被害者が加害者にならないことは無い。
被害者であることをやめてしまえば誰かの加害者になり恨まれる。恨みや呪いが恐ろしいことをあいつは知っていた。それでも我慢が出来なかったのだろう。
「ありがとうございます…随分と親しい仲だったんですね」
「公爵だからな、それに…友人だったんだ」
何度も私はあいつに苦言を呈し王太子への扱いを改めるべきだとも言い続けた。
第2王子は今の陛下によく似ているが学生の頃の基質は寧ろ王太子によく似ていた。
「陛下の苦しみは陛下にしか分からない…だが、それを理由に罪が消えることも…ありはしないのにな」
聞いても手を振り払いそのまま会うことも減った。私自身も結婚し子に恵まれ幸せを実感することが増えた…だがその反面あいつは落ちぶれていった。
変えられなかったことが私の罪であり、あいつを歪ませたのがこの国の罪だった。
「陛下は本当は何も望んでいなかったんだよ、ゼクス」
それは嘘ではなかった。
あいつが望んだのは温かな家庭だった。
当然のように子に分け与える愛を夢見て、愛する女性との子を語って。
「陛下が望んだのは本当に小さな…我儘だった」
それが全ての始まりで、終わりだった。
嫁いできた前王妃をあいつはちゃんと護ってやれなかった。守ろうともしなかった。前王妃はただ振り回されただけの同士とも言えただろうに。
「第二王子は陛下の望みの子だった、だから愛し、だから守っていた。だが反面王太子であったあの方は陛下の恨みの象徴になってしまった」
「………貴方は何を知っているんですか」
「今の子達は何も悪くないとだけを知っているのさ。王太子殿下も第二王子殿下も、そして私の子も…」
紅茶を飲み干して考え込むゼクスの顔を眺める。この男も振り回された存在なのだろう。
「逆に聞きたいんだが」
「はい?」
「陛下の母君の死因をお前は知っているか?」
ゼクスが小さく首を横に振るのを私は少しほっと息をついて眺めた。
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