不遇王子と神秘の泉

第1話 「店主の提案」


「あんたらいつ出発なんだ?」


 ペルシュの宿の食堂で追加で食事を持ってきた店主にそう聞かれ、食事をする手を止めた。


 魔法袋を購入はヴァンが無事に終えてくれたため、手持ちはラビリテ銀貨一枚に、銀貨が八枚になった。そして今日の宿泊費を銀貨四枚、食事でさらに銀貨一枚。


 残りがハライト銀貨は三枚になった。このまま居続けるのはあのクロエについて調べていた男がいた事を考えるとリスクがありすぎる。


「明日の朝には出るつもりだけど…」

「馬は?」

「馬……?」

「歩きで行く気かって聞いてんだよ」


 呆れたような店主に少し考えたあと成程と相槌を返す。


「一応歩きで行く予定だね」

「その子供やお嬢ちゃん連れてか?」

 お嬢ちゃん?


 思わずクロエを見ると肩を竦めていた。クロエのことだろうけど別に何も説明や許可もしてないということかな。


「次の街は遠いんですか?」


 ヴァンがパンをちぎりつつ問いかけ、シエラは店主のお盆の上に乗っていた料理ののった皿をうけとり席に再び座る。


「……慣れてる奴が馬で三日だな」

「私達だとどれくらいと予想しているのか聞いてもいいのかしら?」

「歩きで…女子供あり、しかも慣れてない奴だと八日はかかるんじゃねぇかってとこだな」


 八日か。

 一応変化していこうと思ったんだけど…今後も安易に変化に頼るのは危険なのかもしれないし。


「明日の昼まで待つならここから一番近い街まで俺の荷馬車に乗っていけばいい」


「にばしゃ?」


 シエラがきょとんと私を見上げてくるので店主に目を向けると、少し目を逸らしながら教えてくれた。


「……俺はここの宿以外にも何ヶ所か店があるんだ、ここを任せてる従業員が休みを希望してな、かわりに俺が仕事をしてたんだ」

「なら、明日の昼というのも…」

「あぁ、従業員が出勤するのが朝なんだが引き継ぎとかがあってな余裕を見て昼頃ならってことだ。もちろん他に宛があるならそれでいい」

「それは、助かるけれど…なぜ私達に?」


 ヴァンが威嚇するように店主を睨み付けてるのを止めさせて、そう聞けば少し考えた後、店主は口を開いた。


「俺は金を使うのがあまり好きではねぇ」

「え?」

「あんたら腕がたつんだろう。この宿に泊まり続けれるくらいだからな。街まで乗せてく代金の代わりに護衛をしてくれりゃ金を使わずに済むだろ」


 仕事に真面目なのはお金がかかってるからか…守銭奴とも何か違うけど考え方としては理解できなくは…ないかな?


 ちらりとヴァンを見ると渋々頷いて、シエラを見ると目を輝かせて私を見上げて、クロエはお好きにどうぞと返してくる。


 ヴァンは少し気がかりみたいだけど、変化の魔法がばれるのは避けれるし、私達は地図もない。彷徨いながら進むより、のんびりと荷馬車に揺られての旅も楽しそうだ。


「ぜひお願いしたい」

「じゃあ、明日の昼には この宿に居てくれ」

「そうするよ」


 にやりと笑う店主に笑い返せばシエラがその場でジャンプをはじめた。いつの間に椅子からおりていたんだろうか。ぴょんぴょんはねるシエラをクロエが宥めてくれるのを見守る。


 あぁ、そういえばクロエに聞かないと。


 店主が立ち去ったのを見送り、クロエに声をかけた。


「クロエ」

「なに?」

「……その、本当に勿体ないのだけどね、髪色を…変えても構わないだろうか」



 食べかけのサラダを食べ切りクロエが私に目を向けて、呆れたように微笑む。


「いいわ」

「…いいんだ……」

 そんなあっさりなんだね…。


 綺麗な髪だし。家を象徴する色を持っているから執着だってあったろうに。


「変えるのはシエルの魔法でなの?」


「そうなるね、私に使ったものと同じものだよ。呪いに近いものだから定期的に魔力を送れば一度で済むんだ。髪が濡れても色が落ちることもないし、私が寝ていようが意識が無かろうが元に戻らないよ」


「ふぅん?その髪色は好きに選べるものかしら?」

「私が知っている色でイメージ出来るものなら可能だね。希望の色があるのかい?」

「あるわよ!」


 いつもマナーをきっちりしているクロエが音を立てて立ち上がり、私とクロエの間に座っていたシエラを抱き上げる。


 ……意外と腕力あるよね、クロエって。


「シエラの髪色がいいの!」

「シエラの?」

「んむ、私の?」


 シエラが私とクロエの顔を見比べ、何を言ってるのか分からなかったのか自分の髪をつまんでいる。


「そうしたら私とシエラが姉妹のように見えるでしょう?」

「……顔立ちは違うけど二人とも整っているし、確かに髪色が同じなら姉妹に見えなくもないかもしれないけど、姉妹に見られたいの?」

「この街では問題なくても次の街ではシエラへ攻撃的な人がいるかもしれないじゃない。もしくは攫うとか!」


 クロエはシエラの負い立ちについて知らないはずだけれど真剣な顔で私を見てそう言い放つ。

 確かに、幼いシエラはバイオレットの瞳を持っているからか人攫いにあい、売られてしまった。


 それがまた起きないとも限らない。


「だけどそれはシエラの髪色にしたい理由にはならないんじゃないかな」

「後ろから見たら分からないでしょう、瞳の色も変えられるなら変えて欲しいくらいだけれど、シエルの目を見るに無理そうだし…ただの仲間よりも血縁者が近くにいる方が人攫いは警戒するものよ」

「血縁者…」

「血縁者は攫われた子を忘れることは無いもの。それも寸前まで近くに居たってことをふまえると周りに聞きまわることも考えておかないといけないじゃない?だから慎重に行動するはずなのよ。まぁこれも絶対では無いし、直感で行動する奴らもいるけどどうせ変えるなら同じのがいいわ」


 クロエが灰色の髪になったのを想像してみる。シエラの髪色もとても素敵だ。海色の髪が本当に勿体ないけど…惜しむようにクロエの髪を指に絡ませる。


「君の綺麗な琥珀の瞳にも良く似合う気がするね、理由は危険から遠ざける為なのに新たな危険をはらんでしまうというのが少し気がかりだけど…君が望むならそうしよう」

「……シエラ、私達お揃いにしましょうね!次の街ではたんまりと稼いで服もお揃いにしてそれから――」


 怒涛の勢いでシエラに話しかけるクロエに少し驚いてしまった。頬を少し赤らめているのは興奮からだろうか。こんなに喜ぶなんて…もっと早く聞いておけばよかったな。


「そういう所ですよ、シエル」


 一人黙々と食事を続けていたヴァンが深くため息をこぼす。何がそういう所なんだろうか。


 シエラが早すぎる言葉に目を回し始めたのでクロエからとりあげつつヴァンに目を向けるが。もう何も言う気は無い様だった。



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