第6話 『かつての王太子と』


「久しぶりだが、相変わらずごてごてしてんなぁ」


 リーンと分かれ一人ラビリテの王都にやって来れば俺が最後に見たままの景色だった。辺境と比べると色鮮やかな物が多く派手な印象を受けるのはここに各地の物が集まってくるからだろう。


 とりあえず串焼きを一本くうか。腹減った。


「おっちゃん、1本くれや」

「あいよ!銅貨1枚な」

「へいへい」


 銅貨を1枚渡して代わりに串焼きを貰うとすぐに噛み付く。肉と野菜の相性もさることながらしっかりと塩が振られていて陽射しが強い今に嬉しいものだ。


「うめーな」

「だろう!」


 誇らしげに胸を張る気のいいおっちゃんに気分が良くなりもう1本頼み、それとなく街の状況を聞いてみる。


「おっちゃん聞きたいんだけどよぉ」

「なんだ?」

「最近何か変わったこと起きてねぇか?なんでもいいんだが」

「ん〜…そうだなぁ、うちの母ちゃんが布が高くなったって騒いでたのと城の方で何かあったらしいってことかね」


 串焼きを堪能しつつ耳を傾ければ串をくるくると回しながらおっちゃんは少し小声で話し始めた。


「なんでも王太子殿下が罪を犯して逃げたとか抜かしてたがよう、正直俺は信じらんねぇぜ」

「…信じれねぇのは出処が怪しいとかか?」

「いんや、噂していたのは兵だからよ、信憑性はある程度は無くもねぇ。だがあの王太子殿下が罪を犯したってのが信じられねぇのさ」


 頭に巻いていた布で顔の汗を拭いながらおっちゃんは俺に目を向ける。そして意地悪く笑った。


「あんた他所モンだろう?」

「まぁな、なんだ俺には話せねぇか?」

「まさか。むしろ他所モンの方が良いだろうよ、昔な俺ぁ王太子殿下に会ったことがあるんだよ。子供が攫われて売られちまう所でよう。助かりはしたんだが何人か怪我しちまってな。そらもう母ちゃん達は目をこんなして怒っててな」


 目元の皮膚を引っ張り無理矢理吊り上げさせるとケラケラとおっちゃんは笑う。笑えるってことは良い方に纏まったのだろう。


「んで、兵たちは何やってんだー!責任者だせー!って母ちゃん連中が声を上げてな。出てきたのがうちの悪ガキと同じ位のえれぇ綺麗な坊ちゃんでよ。その坊ちゃんが王太子殿下だったのさ」

「…………マジで?」

「びっくりだろう?責任者は私ですって言ってよ、声を荒らげてる母ちゃん連中に頭を下げて謝罪してんのよ。そりゃ相手が子供だと馬鹿にすんなとか声を上げるやつも居たけど、可哀想になっちまったやつも何人かいたみたいでな、半分は静かになったんだが。一人娘が顔に傷を負ったっていう母親がよ石を投げて王太子殿下の頭に当たっちまってよ。……色素が薄いから血が良く目立って痛々しい様子でな…。それでもあの人は頭を下げるのはやめなかったし、傷付いたのは被害者と被害者家族だ。本来守るはずの者を守れず申し訳ねぇって言ってくれてな」


 あぁ、想像つくわ。殿下って責任感凄い強いよな。望んでた話とは違ったが少し興味が湧き、その先を強請るとおっちゃんはにっと笑った。


「必ず連れて行かれた子は全て見つけだす。その子の傷を治せるものも探してみせると小さな王太子殿下は真っ直ぐと言ったんだよ。そこまで言うならやって見せてくれと娘の母親が泣き出して、それに王太子殿下はすぐに対応してくださった。高名な神官を連れてきて傷が出来た子供には治療を。一年も立たず連れてかれた子達は帰ってきてな。流石に傷は直っても記憶が蝕む事はあるようだが…幸いに誰も死んではいなかった。子供達に聞けば本人達一人一人にまたあの殿下は頭を下げたそうなんだ。そして手を取り酷いことを言うが生きて欲しいと言ってな…そんな王太子殿下が罪を犯すなんて考えられるか?」


「…俺は信じらんねぇな」


「だよな。くそ、長々語っちまったぜ、ほれもう一本食ってけ」


「悪いな。聞けてよかったぜ。最後にひとつあるんだがよ」


「なんだ?」


「ダルテという男は知ってるか?俺の古い知り合いなんだが、辞めてなかったら騎士な筈だ」


「ダルテ…?そりゃあまさか来月に処刑されるダルテじゃねぇだろうな」


 予想外の言葉に驚き、肉が喉に引っかかる。慌てて胸を叩き詰まりかけた胃に肉を落とす。


「はぁ?!なんであの生真面目な奴が処刑なんて…」

「命令違反と…なんだっけな…王家の墓だかに忍び込んだらしいぞ」


 王家の墓?

 なんだってそんな場所に忍び込むんだ。

 にしても来月に処刑されるって時間がねぇじゃねぇか。


 思わず舌打ちすればおっちゃんはそれを不思議そうに、けれども少し同情したような顔をした。


「会ってきたらどうだ」

「…会えるのか?」

「あぁ、何せ檻に入れられ広場に放置されているからな」

「…………は?」


 唖然とした俺におっちゃんは早く会った方が良いぞと声をかけてくる。頭の中では嫌な予感がよぎっていた。


 だが王家の良心たる王太子殿下が居ない今。他の王族だとやりかねないと腹の底がザワつく。


「母ちゃん、俺このお客さん少し案内してくっから店頼むわ」

「はぁ!?馬鹿抜かすんじゃないよ!そんな義理はねぇだろう!」

「義理はなくても良いだろ?頼んだぜ!」


 目を吊り上げて怒る女からおっちゃんは逃げるようにエプロンを外し俺を見る。


「俺はゼクスだ」

「俺はロッソ。ほれ、早いところ行こう。金があるなら果物とか買ってった方が良いぞ」

「…わかった。報酬も払おう」

「良いってことよ、それになんか訳ありみてーだしな」


 男らしく笑うおっちゃん…いや、ロッソに俺も笑みを返す。状況は悪いがどうやら店選びの運は良かったらしい。

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