第7話 『悪意の檻』


「ここだ」


 ロッソが案内したのは少し大通りから外れた広場だ。スラム街から近い場所に置かれた真四角の檻の中には横になる布の塊。


「……おい」


 動くことのない布の塊に心臓が煩い。


『ゼクス副団長っ』


 俺の後ろをちょこちょこついてまわっては意見を求め剣の手合わせを求め。曲がったことに対して怒れる素直さがあった。


「ダルテっ」


 ガシャンと掴んだ檻の柱が音を立てる。ゾワゾワと背中をなでる不快感に吐き気がした。


「…………これは、夢…ではない…?」


 布から出てきた顔は無精髭だらけになっていて顔色も悪いが生きていた。思わず唖然と見た後、笑ってしまう。ビビらせやがって。


 呑気に寝てる奴があるかよ。


「久々だな、ダルテ」

「ゼクス副団長、死んだはずじゃ…」

「見ての通り俺はお前よりも元気だぜ?」

「確かに…そうですね」


 苦笑いをする仕草は可愛げがなくなってはいるものの昔と何も変わらない。気を利かせたロッソが人が来ないように見張っていてくれるのを見て本当に良い奴の店に行ったなと過去の自分を褒め称えてやりたいぜ。


「一体何があったんだ」

「……王太子殿下の件はご存知で?」

「あぁ」

「実は私の隊は王太子殿下を探す様に無理を言われてまして。陛下の機嫌も悪く、城の者も減っていきましたから目を付けられる前に部下を逃がしたんです」


 思わず目を見開き固まる。俺の知っているダルテは頑固で騎士を誇りに思っていた。それを逃げる選択をさせると思わなかったからだ。

 それをダルテも分かっているのか少し気まずそうに目を逸らした。


「もう三十近くなるんですよ?昔と変わりますよ、…というか、そもそも貴方が居なくなって少し心境の変化があったんです」

「俺が居なくなることで?」

 訳が分からんと返せば不機嫌そうに


「貴方が死んでしまう様な場所に価値があるのか分からなくなった、それだけです」と吐き捨てた。投げやりな言葉には感情がこもっていて。


 惜しんでいてくれたんだな。思わず笑う俺にダルテが気味悪そうに顔を顰める。


「で、結局部下を逃がしたからこんな目にあっているのか?」

「まさか。陛下がこんな惨い処刑を選んだのは私が王族の墓に忍び込んだからだと思います」

「……理由も説明されなかったのか」

「えぇ、ただ近衛に指示を出し俺の前から居なくなりました」

「なんでそんな危ない真似したんだ、お前らしくもねぇ」


 少し考えてからダルテは俺を見る。そして何かに気付いたように目を見開いた。


「ダルテ?」

「…私は前王妃殿下について調べていました。陛下は王太子殿下が居なくなったあとも第二王子を王太子にすること無く王太子殿下を探せと言っていました」

「はぁ!?あんだけ第二王子だけ可愛がっといてなんだそりゃ」

「やっぱり変だって思いますよね。だから前王妃殿下について調べようとしたのです。前王妃殿下には二つの噂がありました。一つは未来を見ることができるのでは無いかという噂。もう一つは前王妃殿下の部屋から動物の鳴き声がするという噂です」


 動物の鳴き声?思わず黙ってしまった俺にダルテが呆れたようにため息をこぼした。顔に出ちまった。くそう、苦手なんだよなぁこういうの。


「…動物の鳴き声の件は本当だ。理由は知ってるが話せねぇ」

「でしょうね。なら、もう一つの噂も気になりませんか。私はそれを確かめに墓に忍び込んだんです」


 動物の鳴き声は十中八九、王太子殿下のものだろう。旅立つ鳥の姿から、随分手馴れているように見えた。だとしたら練習する場所があったはずで、それが王妃殿下の部屋だったんだろう。


「何故、墓を選んだ?」

「王族の遺体は燃やさず氷漬けにして王家の墓の棺桶に収められます。王族が生まれれば墓が用意される。誰がどこの棺桶に収められるかは決まっています。嫁いできた前王妃殿下も例外ではありません。だからもし本当に前王妃殿下に予知能力があったならば…死んだ時にしか開かれない墓に残したのではないかと」


 なるほど。確かに有り得なくはない。

 それで王家の墓に忍び込んだのか。


「王家の墓に忍び込んですぐ捕らえられてしまったので、前王妃殿下について調べてることはバレてはいないとは思いますが。陛下の過剰な反応がもしも王太子殿下が見つからない八つ当たりでないのなら……王家の墓には理由があるはずです。そして前王妃殿下の出生も気になっています」

「前王妃は貴族の血を引く平民だったろう?」

「どの家の貴族がどんな理由で平民落ちしたのかわかっていません。貴族として問題ない気品は確かに持ち合わせていました。ですがなぜ平民でその気品がいるのですか。陛下は何故わざわざ平民を迎え入れ冷遇したのか、その理由も分かりません」


 物語によくある平民を見初めてというものでは無いだろうな。何せ王太子殿下に同腹の兄弟は居ない。産まれたばかりの王太子殿下にも義務としてしか会うこともしなかったと聞いた。


「…俺も調べてみよう、所でその檻の中の居心地はどうだ?」

「最悪ですよ、ちょっかいがかけられるだけならまだしも棒なんかで殴られたりもしますしね。仕方なくもありますが。スラムの奴らは騎士を嫌ってますから」

「お前、騎士やめたんだろ?」

「……はい」

「あと三日…いや四日耐えろ。迎えに来る」

「それは」

「死ぬなよ」


 昔のように笑いかけてやるとダルテは苦笑いをし、深く頭を下げた。ダルテの勘は昔から役に立っていた。腕も良い。今後居ると楽になる。


 なら、手に入れねぇ訳がねぇよなぁ。


「もういいのか?」

「おう、ありがとなロッソのおっちゃん」

「ロッソでいいさ。…何が始まるのか興味があるんだが聞いてもいいか?」

「……んー、あんた王族についてどう思ってる?」

「王太子殿下は信用出来る」

「なら王は?王妃は?第二王子は?」

「見たことも会ったこともないからわからん」


 予想外の発言に固まるのは俺の方だった。見たことがない?祭りがあれば顔を出し挨拶をするのは昔からあったはずだ。


「前王については?」

「良い方だったな、お子に恵まれない方だったが」

「なるほど…俺達は少しばかりこの国を良くしようとしてるんだよ。王太子殿下を王として迎えるために」


 ロッソが唖然として目を見開き俺を見る。俺はロッソの肩を叩き労ってから「黙っててくれよ」と伝える。


「…俺とんでもないことしたか?」

「まさか、英断だったと言わせてやるよ」

「聞かなきゃ良かった…くそう、黙ってればいいんだろ!俺は何も聞いてない!」


「ダルテ、じゃあな!」


 ロッソの背中を押してその場から立ち去る時。ダルテの言葉が聞こえた気がした。


 気の所為でなければ「おかえりなさい、ゼクス副団長」と。


 約束しちまったし、あと四日でどうにかダルテを助けねぇとな!

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