第30話 「旅立ち」


 懇々と如何に食事が大切か熱く語るクロエにシエラが目を輝かせながら話を聞いている。その光景を見ながらぼんやりと過去を思い出すと不思議な気持ちになる。


 切なくもどかしく。そして恋しい過去の事。

 何度か茶会を開き、フラヴィ公爵とクロエを招待した。フラヴィ公爵を警戒し悪意ある者もよってこなくなったので随分平和な日々を多少なりとも過ごせた。

 私と仲がいいこと、クロエが人の視線への恐怖心と人と関わることを渋る姿をみて、フラヴィ公爵は私とクロエの婚約の話を進めることにした。何の後ろ盾もない私の事も守ることも覚悟の上で。


 我が子が幸せなら良いと厳つい顔を顰めて。私とクロエにも意思確認までしてくれた。互いに話やすくて心地よいと思ってた為に揃って頷いた日を今も思い出せる。


 陛下への話を通し、渋々許可を出そうとした矢先に、微笑むクロエにマルクスが一目惚れをしたと駄々をこねた。実際子供だったのだ。玩具を強請るように、美しいクロエを強請り、私に後ろ盾が出来ることを良く思わない王妃の後押しによって私達は婚約を許されなかった。


 勿論フラヴィ公爵も良く思わなかった。散々反発し、拒絶したが、王命の婚約がなされた。


 王家の血があれど、陛下は陛下で発言力は当然の様に強い。あの日の私は全てを諦め、マルクスとその護衛に連れてかれるクロエを見送ることしか出来なかった。


 人の視線を恐れるクロエを私自身が彼女の苦手とする場所に行く切っ掛けを作ってしまった。

 その上、愚かな異母兄弟はあれだけ欲しいと騒いだ彼女を敵とみなし捨てたのだ。


「……君は今幸せ?」

「らしくもなく失礼ね。久々に会った幼馴染に言う言葉は本当にそれであっているの?」


 不服そうなクロエにそう言われ、幼馴染と言うには関わる時間は短かったのではないだろうかという無粋な言葉は出ず。唯一こぼれた言葉は。


「会いたかったよ、クロエ」

「私もよ、シエル。お互いやっと息が出来るわね」


 じわりと涙が溢れそうになるのを堪えて目を伏せる。やっと息ができる。そうだ。私の大切な守りたかった者達はもう私のそばに居る。こうして奇跡のようにクロエとも再会できている。


 その上、笑っても体が痛むことがなければ、血を吐くことも、倒れる事も、寝込むこともない。


「シエル、昔の事を嘆くならいい案があるのだけど」

「いい案?」

「私も貴方達について行くという案よ。やっぱり男がいる方が絡んでくる輩も減ると思うし。何より楽しそうだもの」


 予想外の提案に固まっている間にシエラがクロエに抱き着く。そして固まる私を見るとにっこりと笑って。


「クロエ、一緒!!」

「……そう、だね」

「本当にこの子可愛いわね…」

 頭を撫でてクロエも笑う。話をつけてきたであろうヴァンが戻ってくると大体予想ついたのか頷く。


「また仲間が増えましたね、シエル」


 誇らしげに笑うヴァン。

 キラキラと瞳を輝かせるシエラ。

 そして真っ直ぐと変わらないクロエ。


 過去の私は全てを諦めていた。


 家族も、友も、居場所も、温もりも、何もかもを。


『殿下、もう良いじゃないですか…ここに残り続けなくても、貴方を慕う人は必ず現れます。僕だって居ます』

『ごめん、ダン。私はそれでも…信じたいんだ』


 それでも信じる事を。こちらの事を顧みず好きにするもの達を信じることは諦められなかった。


 何度もヴァンには逃げようと声をかけられていた。だけど心のどこかで周りを羨んでいた。


 クロエの父であるフラヴィ公爵はちゃんとクロエを愛し、可愛がり、見守っていた。その流れで私に対しても色々世話をやいてくれた。


 父親とはこういう人のことを言うのだろうとぼんやりと頭を撫でるあの手を思い出し、その度に頑張り続ければいつか陛下も私の父になってくれるのではないかと期待して。


 でも、期待すら許されなかった。私の気持ちの一欠片も陛下に届くことは無く。いつしか献身は当たり前になり、侮蔑も当たり前になり、救いすら奪われ。母上を亡くしてからも抱いていた家族への憧れも壊れた。


 だけど一度壊れてゼロになれば呆気なく私は前に踏み出せたし、人へ手を差し出すことも出来たのだ。


 ここにあるのは温かな幸せ。侮蔑の代わりに優しい言葉。見下す視線とは異なり見守る視線。


「シエル?」

「……旅に出よう」

「もう旅は始まっているでしょう?」

「まだだよ、やはり多少は祖国への気持ちや後悔があった。もっと上手くやれたのではないかと。でも良いんだとわかった。逃げたのは最良だった。国には最悪でも私自身には最良だったんだ」


 こうしてシエラと出会いクロエとも手をとりあえた。


「だから、心から旅立てる。この世界の良さをもっと探せるんだ」

「あら、ならここから始まりね」

「クロエ」

「貴方たちも冒険者ギルドにしたのでしょう?なら四人以上からパーティーを組めるのは知ってるかしら?」


 にっこりとクロエが誇らしげに胸を張る。


「いいじゃない、一から始めましょう。確かに祖国は恋しくなるかもだけど、もっと大切に思う場所を作ればいいのよ」


 後ろを見るのはやめて先を見ましょうとクロエが笑い、それにつられシエラも笑う。

 ヴァンは少し困ったように私を見ていて。


 私はそんな仲間に微笑み返す。


「そうだね、縁と場所はつくるものだから」


 シエラが私に視線を向けて本当に幸せそうに笑った。


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