第23話 「縁」


「その日に私はこの子にシエラという名前をあげました、私の故郷の言葉で山脈の意味があります。この子はいずれ山脈に帰る子、それを忘れてはならないと…シエラと名付けました」

「…本当に帰す気はあったのですね、では何故シエラを再び一人にしたのですか」


 言いづらそうに、ハンナは俯き、チラリと隣りのジェイコブを見てごめんなさいとこぼした。


「ジェイコブとの結婚が決まって、結婚式をして家族ができて…揺らいでしまったんです。もうシエラは言葉も話せる、歩けて好きに行動もできる、だから、もしかしたら」

「最後の最後で投げ出したんですね」

「…ええ、そうです。私は投げ出したんです、ここが好きだから、この街を出たくなくて」


 目を閉じ悔いるように吐き出して、ジェイコブの手を離したハンナは深く頭を下げた。


「シエラ、いつも傷付けてばかりで本当にごめんなさい…それからみなさんも、申し訳ありません。ジェイコブにも迷惑をかけ…」

 ばしっとハンナの後頭部を軽くジェイコブが叩く。びっくりとした顔のハンナがジェイコブに目を向けると呆れたように睨まれていた。


「お前なぁ、俺の事信用しなさすぎだろ」

「…」


「自分の女ひとりとその子供くれぇ纏めて養うぐれぇはできんだぞ」

「でも…」


「ハンナ、お前この子に母と名乗ったんだろ」

「…それはっ」


「年齢なんて関係ねぇよ、母と名乗る事を決めたなら中途半端な事すんな。シエラに悪いだろ」

「私、ね」


 その時ぽつりとシエラの言葉がこぼれる。

 話していた二人はすぐにシエラに目を向けると私の膝の上でシエラはニコニコと笑っていた。


「知ってる、違うこと」

「シエラ?」

 ヴァンが驚いたように名前を呼ぶ。どうしたんだろうかと周りを見るとジェイコブとハンナも目を見開き硬直していた。


「皆、違う…私と、違う…」

「何が違うのか聞いてもいいかい?シエラ」

「うん、シエル、少し、似てる」

「私が似ている?」

「私、強い…線?繋がってる」


 強い線が繋がってる?

 なんだろうか、シエラの覚えている言葉の問題で説明できてないんだろうけど…。

「私、地面、強い線…繋がってる、シエル、弱い線、地面…繋がってる」


 シエラは強い線で

 私は弱い線が地面に繋がっている。シエラにはそれが見えていて、繋がっていない他の人とは違うことを理解していた。ってのはわかるけれど、そもそも線が分からないな。


「まさか、シエラ…お前、ことわりの者か」

「ジェイコブさん、何か分かるんですか?」


 食いついたジェイコブに声をかけると顔色を悪くして続けた。


「理の者は世界に繋がる“えにし”を持つ。はるか昔に居たとされる賢者が理の者だったと、縁を見ることができ、縁を切る事もできると…」

「縁を切れる…切ったらどうなるんですか?」

「記憶から消えるそうだ。だから理の者について知る者は少ない。嫌われたりすれば記憶から消されるらしい」


 それを出来るのがシエラ。

 あぁ、だから。


「だから、シエラは森で襲われることは無かったし見つかることも無かったのか。そしてハンナさんも死ぬことは無かった」


 シエラはきっと自分への縁を切る事で守っていた。自分を喰らおうとする者や害する者が自分へ向けたであろう縁を切る事でシエラ自身への記憶を消して居たのだろう。


 だとしたら、シエラが私の前に現れたのは。


「シエラ、私は細いものでも世界に繋がる縁というものを持っていたから君は私の前に現れたの?」

「シエル、優しい、そばに居る、安心」

「…僕はオマケか」

 私が問いかけると私を見上げてシエラがまたニコニコと笑う。次に膨れるヴァンにシエラが顔を向けてまたニコニコと。


「シエル、の次!」

「私の次にそばにいると安心するのかな?良かったね、ヴァン」

「……シエルの次なのは別にいいですけど。なんでしょうか、少しイラつきもします」


 そんなヴァンの事を無視してシエラは私の膝から降りる。


 トンっと軽い着地音を立ててハンナとジェイコブの所へ向かう。


「シエラ…私は」

「母、私、母好き」


 ハンナの手を取ってニッコリと笑うとシエラはそうつげてハンナはくしゃりと顔を歪め涙を零した。そして何度も何度もごめんなさいと繰り返す。


「シエラ、怖かった?」

「怖かった、でも…やっぱり愛してもいたの…貴女はいつも温もりをくれたから」

「じゃあ、いいよ」


 花が咲くような笑顔でひたすら明るい声色でシエラがそう言うとハンナは目を見開いたかと思えば、そのまま何も言うことはなく静かに眠るように瞳を閉じてジェイコブの方へ倒れ込む。


「ハンナ!?」


 シエラはハンナの手を離すと私の方へ走りより膝立ちになると私の腰に手を回し膝に顔を押し付けてくる。短く、まだ綺麗にも出来てないけど柔らかな頭を優しく撫でてやれば少しだけ鼻をずったような音が聞こえる。


「ジェイコブさん、ハンナさんは?」

「…寝ているみたいだ、なぁ、コレってよぅ」

「恐らく、シエラとの縁を切ったのでしょうね。だからシエラのことも覚えていないと思います」


 複雑な表情で私の膝に顔を押し付けるシエラをジェイコブが見る。そして深く頭を下げた。


「ごめんな」

「シエラは許したんです、もう謝らないであげて下さいね」

「…あぁ、俺はハンナを家に連れてく。好きな時にこの部屋は出て良い…それくらいしかできないけどよ」


 ジェイコブはハンナを抱き上げるとそう言って部屋を出ていく。再び部屋には三人だけになり、静かになるとシエラの泣きじゃくる声がよく響くようになってしまった。






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