第8話 「願いと別れ」


 おばあさんとルドガーに見送られながら街を出る。手には冒険者ギルドのカードがちゃんとある。これさえあれば問題無く国を越えて行けるだろう。


 暫く歩いた森の中でヴァンがそろそろですか?と声をかけてくる。軽く頷き返せば剣の柄に手をやり、警戒の態勢をとる。

 本当なら人目を避けて鳥や馬などに変化し移動するのが早い。だけど、それを避けるべきだとまだ判断した。


 それというのも────後をつけている存在が居たからだ。


「出てこい」

 ヴァンが冷たく言い放つと木々の上に気配を消して隠れていた存在が降りてくる。


 あの宿で出くわした、顔の厳つい男だった。恭しく片足をついた彼に少しヴァンが固まる。予想外だったのだろう。でも私は少しだけ彼が何者か察してしまっていた。


「王太子殿下に初にお目にかかる、俺は─」

「暗部の方でしょう 」

 今度は男も驚いた様子で私を見る。私と言えば少しズルをした気分で彼を見ていた。彼の手首を見て確証を得たのだけども。


「シエル、知り合いで?」

「ヴァンも聞き覚えあるでしょ、ほら、母上が話してた」


“人相の悪い左手首に痣のある男。もしその男が接触してきたなら好きに使いなさい。”


 警戒心の強い母上が。陛下すらも信用しなかった母上が、唯一私に言って聞かせた存在だった。

 かつては近衛騎士の副団長を務めるも、戦場で命を落としたとされた男。


「確か名はゼクスだったかな」

「当たりです、いやぁまさかご存知とは」

「確証はさっきアザを見てからだったが、宿屋で私とヴァンの会話に混ざってきた時肩を竦ませかわしたろう、この街の人間は貴族風の人間に慣れている様子は無かった、ルドガーという緩和材合ってこその距離感だったんだ。ましてや私は珍しい色をしているだろう、大抵の人間は睨みつければたじろぐ」


 よっぽど見慣れてない限りは動揺が出るはずだと言えば困惑している様子。


「ダン様、これは素で…?」

「ヴァンと呼べ、その名は捨てた。それと殿下ではなくシエルと呼ぶように、シエルはもう王太子ではない……シエルは家族の扱いが原因で疎いところがある。気にするだけ無駄だ」

「……そう、ですか」


 なんとも言えない顔を二人に向けられるが意味が分からない。なんだと睨み付けてやれば深い溜息を揃って零す。実は仲がいいのか?


「では改めて、俺はゼクス。シエル殿の言う通り暗部の者です、各地の情報を集め辺境の地を護る役目を“敬愛する王妃殿下から”任されてました」

「その敬愛すべき王妃殿下とは私の母上の事だね?」

「もちろん、あの方は俺の命の恩人ですし、御二方のことも伺ってました。辺境に身を置く限りきっと会うことは無いと思っていたんですがね、まさか俺が仮住まいを置いている街に来るとは思いませんでしたよ」

「私の顔を知っていたと?」

「いいえ、成長なされた顔は知りませんでした。ただシエル殿は母君と良く似ておられる。母君と関係がある者は顔で気付かれるでしょう」


 そう言われてみると確かに私の顔立ちと色合いは母上の物だ。髪の色も、瞳も、全て母の家系のものが出ている。


「だが、暗部は陛下の指示の元動くのだろう?」

「俺達は別もんですからね、陛下はご存知ないかと。メンバーも全て上位貴族に目をつけられ死地に送られた者たちを王妃殿下の指示の元助けられ、仲間となっています」

「……母上が亡くなっていても続けていたのか」

「恩人たる我が主の為ならば、国は守れずとも辺境の無辜の民位は守ってみせます、袂を分かっていても多くの者が騎士でした。それも平民上がりの」


 貴族の血を重要視する王都では確かに生きづらかっただろう。ましてや力があったなら目をつけられるはずだ、自分の子を出世させる邪魔になる。


 だが一番の疑問は母上がなぜそんなことをしていたかだ。母上に取って城は安寧の地ではなかった。常に私を傍に置くようにしていた所からそれは今になればわかる事だ。


 だがなぜ、自分の手元から離し、辺境の地を守るようになんの見返りも求めない忠臣を置いたのか。


「シエル殿、貴方が辺境に乳兄弟と共に来たのは我が国を捨てるためでしょうか」


 その言葉を言い放つゼクスの首元に剣を突きつけるのはヴァン。歯軋りが聞こえてくるほど噛み締めてゼクスを睨み付けていた。


「シエルの母君への忠義、目を見張るものではある。……が、辺境に居続けた耄碌した老兵が何を世迷言を」

「…それは」

「国を捨てる…?ふざけるな、シエルが捨てたのは血縁者との微かな繋がり。元よりシエルに対してこの国は一切の救いを与えなかった!知らぬから許されるのか!平民だからと貴族に逆らう意思すら持たず甘え続けた民達にシエルは次は何を差し出せというのだ!」


 ヴァンの声が段々と大きくなっていく。仕方なく魔力で音を私たちの周りのみ残し他に聞こえないよう遮断する。いつもは細やかな所に気を使うヴァンがそれを忘れるほどに激怒している。



 むず痒く、ただ申し訳なく、せめて吐き出させる場所位整えるのは私の仕事だろう。ゼクスは見事にヴァンの地雷を踏み抜いたのだ。


「シエルが王太子の座に居ることを選んだのは民の為ではあった。足掻き続け針のむしろの中で民の為ならばと教育の場を整え、生活基準を整えるために動き続けていた。ろくに寝もできず、ろくな食事すら得ることは出来ず、常に命を狙われ続け、擦り切れるばかりのシエルにこの国の民がしたことは何も無い!苦しめたのは貴族だ、そんなことは分かりきっている!だがシエル一人で何が出来る、後ろ盾のない王子として見下され、貴族からはハブられる。生まれが高貴なら民のために死ねと言う事に付き合えないからシエルと僕はこの国を見限った!」


 呼吸を荒らげ剣を構えるヴァンの手を下げてやる。その為に剣を与えた訳では無いからだ。

 ちゃんと聞いているからと肩を叩くとヴァンが少し俯いた。


「……全ての民が悪いとは思ってはいない。あの街の者達は悲しくなるほどに優しく笑っていた、だがそれは辺境だからだ」

「ヴァン、殿」

「王都の民など下級貴族のように振る舞うものさえいる。王都に住むから偉いのか、国全土から食べ物や物が揃うのは王城がある街だからでしかない。王都に食べ物が集まる分、辺境では飢え、子が死ぬだろう。民の為に用意した初めの足がかりになるはずだった特待生制度で入学した者達は貴族と結婚することのみ考えている、シエルがしたかったのは知識の一般化。文字が読めぬ子がいなくなるように、学校が貴族のみの場所ではなくなるようにと行動していたのだ」


 元より責められる覚悟があって城から出た。我が身可愛さに、確かに私はこの国を捨てている。


「母を奪われ、乳母すらも…唯一の血縁者からは死を望まれ、救おうと手を伸ばしていた民からただ憎まれるだけの存在。なぁ、ゼクス答えろ」

「…」

「無垢であれば許されるのか、現状しか見ることをせず、苦しめば誰かが助けてくれるのを待ち続けるのが許されるのか、シエルの母君を恩人と仰ぐならなぜっ」


 ヴァンの手を引いてやめさせる。もういいだろうと、何処まで話すかもぐちゃぐちゃになるほど感情が乱れてしまっている。怒りすぎて体温が上がりきってしまい、ヴァンの体調が心配になってきた。


 少し頭を冷やしてもらうために黙らせたけど、私もヴァンと同じ意見だった。


「私達は卑怯となじられてもかまわない、それでも互いにたった一人の家族を守る為に選んだ。先だ後だとは別に私は確かにこの国を見限った、優しい人がいることもわかっていて、彼らが苦しむ未来もあり得るとわかってて」

 死ぬ訳にはいかなかった。私が死ねばヴァンも死ぬ。依存ではなく、守る唯一の者すら無くなれば人はあっけなく死んでしまう。


「私達は国を出る、この国をだ。私が居なくなった事はすぐに広がる。何せ陛下はろくに公務も行っていなかった。書類に煩い私が居なくなれば王都は少し静かになるだろう、そして静かになった後回らなくなる事実に直面する。無法地帯もいい所だろう、ゼクス。でも私は英雄にはなれない、王になることも既に諦めた。王になる前に死ぬ可能性の方が高いから。なら救いはどこから来るか。英雄は何かを打開しようとする者から生まれる、残念ながら現状維持を望むものからは生まれない。一時は辛くなるだろう、だが辛くなれば誰もが思い考えるだろう。何故こんなに辛い状況になったのか」


 考え導き出して欲しい。王族の血になど意味はなく、意味があるのは互いへの気遣いと正しき主導者の振舞いなのだと。王族の血をひいているから尊いのではなく、自身を投げ出しても国を導こうとするから尊いのだと。


「ゼクス、母上は私に君を好きに使えと言っていた。だけどもう私は王太子ではない。母上がつけてくれた名を名乗り、母の子でありながら母の子として表立って名乗れない身になった。そんな私に君を使う資格があるとは思えない。だから自分で選び行動してほしい、母上に救われる前は思っていたはずだろう。貴族なぞ腐っている、他国は知らないが我が国の貴族は貴族本来の意味ではなくなっていると」


 我ながら酷いことを考えるものだけど、ちゃんと自分の足で立ってもらわなければ。運良く今我が国は他国と争ってはいない。ならちょうどいいとも言える、国のあり方が変わる時に。


「現状維持が悪いとは言わない、現状維持すればいいと言うのは平和な世としてむしろ好ましい形だろう」

「もう、貴方は少しも王太子に戻る気は無いと言うことですか……?」

「見ての通り、私は既に平民で冒険者ギルドに登録し、身にまとってるのは君たちと同じ素材の服だ。王太子は死んだとして考えて貰っていい、現にいつ死んでも可笑しくなかった身の上だしね」


 そう言い切ればゼクスは深く頭を下げた。涙らしき水滴がぽろぽろと地面にシミを作っていく。


「もしも、もしも……この国の民全てが国の未来について考え、なおも貴方を王として仰ぎたいと答えを出した時。その時なら貴方を探しに行くことは許されますか」

「考え抜いて出た答えがそれで、もし私達を見つけることが出来たなら」

「ならば、我が忠誠を持ってこの国の在り方を変える一手となりましょう。貴族に消された身ですから、調度良い」


 涙を拭い、ゼクスが笑う。晴れやかに、勇ましく。


「しばしの別れです」

「元からそんなに関わりあった訳では無いけどね」

「そう言わずに…実は御二人が幼い頃一度だけお会いしたことがあるんですよ」

「意外だな、少しも覚えてないけど」

「あの時の御二人は今のように手を取り合い立っていました。そして幸せそうに笑っていましてね、それはもう天使の如き美しさでしたよ」


 私たちが何か言う前に、男らしく笑っているゼクスは私とヴァンを強く抱き締めすぐに離れた。


「どうか、お元気で」

「ゼクスもね」

「…僕は許さないから」


「許さないでください、自分よりも若いものにすがる大人達など」


 そういうゼクスの前で私は話を切るようにヴァンと自分に魔力を纏わせる。ゼクスの様に私達の顔を覚えている者に出くわす前にさっさと国を出てしまおう。


 二人揃って鳥の姿をとるとゼクスのはるか上空へと羽ばたく。そんな最中ふと見下ろしたゼクスは私達へ頭を下げ続けていた、きっと私達が見えなくなるまでずっとそうしているつもりなのだろうと、何故だかそんな気がした。

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