第9話 『その頃の王城は』
「なぜ、なぜ見つからんのだ!!」
陛下が近くにあった花瓶を払い落とし、怒りのままに叫ぶ。それに私たちは怯えるしかない。
“陛下が、お呼びです”
昨日、陛下に王太子殿下を呼んでこいと言われ、私は覚悟を決めて執務室へ向かった。部屋にいたのは王太子殿下とダン様だった。
既に情報を得ていたのか王太子殿下は疲れきった顔で椅子に座っており、ダン様は少し私を睨んでいらした。
「たかが二人だぞっ、それも窓から落ちた瞬間から探してどうして見つからんのだ!」
私の言葉を聞いて王太子殿下はため息をつかれ、ダン様は傍に寄り添う。その光景に酷く胸が傷んだ。
王太子殿下とダン様の仲の良さは使用人と文官の間では有名だった。常に後ろに控え相手を威圧するダン様に、強く知性の宿った美しい瞳で相手を見透かす王太子。
第二王子派すらも丸め込み、この国の為に行動してくださっているのは知っていた。そんな御二方がまさか、逃げるなんて思わなかった。
陛下の前で窓から逃げたという。
王妃殿下と第二王子は激怒し、陛下はすぐ様近くにいた兵を呼び付け、二人を探すようにと命令を下していた。
暴れ回る陛下に手元にある書類の束と、各部署にまだ沢山ある書類を思い浮かべる。今まで王太子殿下が行っていた書類処理はどうすれば良いのだろうか。
この様子では陛下は書類処理をしてくれないだろう。というより、私がこの城に勤務したのは数年前からだが、陛下が書類処理をしている姿を見たことない気がする。
あるとすれば王妃殿下への贈り物の注文用紙等だった。
「…はぁ」
「どうした、ため息などついて」
ため息を思わず零せば後ろから声をかけられびくりと肩がはねた。恐る恐る振り返ると得意げな第二王子…マルクス様が私の事を見ていた。
「ま、マルクス様」
「書類か? 父上はあの通りだ、私が処理をしてやろう」
渡りに船だが、この人に出来るのかと不安な気持ちになる。いや、それよりも気になるのはマルクス様の腕に当然のように腕をからめ美しいドレスに身を包む見慣れない少女だ。
「えーっと、城下町の物価…入城者希望リスト…パーティーの準備についての問い合わせとこれは道の整備に、盗賊被害の報告…まだまだあるし、すごい量ですね」
「そうだな、盗賊などの被害は直ぐに処理をせねば」
少女が勝手に書類をのぞき込みあろう事か声に出して読み上げる。マルクス様も咎めることも無くむしろ見やすいような位置に調整していた。
勝手に外部の者に書類の中身を見られると困るのだが、そもそもこの少女も誰なのだろう。社交界でも見たことの無い方だ。
「王太子の執務室へ行くぞ」
「え…?」
「そのうち私が王太子になる、使っても問題にはならんだろう」
「それは…その横のお嬢さんもですか……?」
「何を言う、ロザリーは私の妻になる女性だ。それにロザリーは優しく、私の手伝いをいつもしてくれて有能だ」
やはり聞き覚えのない名前に愕然とする。そういえばマルクス様が、平民の娘に惚れ込んでしまっているときいたことがある。あの時はまさかと思っていたが本当に…?
「あの…王太子の執務室は密書も届く事もあるので部外者は…」
「部外者?お前は話を聞いていなかったのか!」
じろりと睨まれる。でも、私も引くわけにはいかなかった。
ロザリーという少女がどこかの国からやってきた密偵の可能性だってあるのだ。あの部屋の書類は軍事機密も多くある。城が最も兵の少ない時期なども容易にわかってしまう様な内容や、軍の全体の数、どれだけの武器があるか、武器庫はどこにあるのか。開発中の軍用魔道具についての報告書だってあるのだ。
「王太子の執務室に部外者が入ることは許されていません」
「酷い…っ」
「ロザリー…あぁ、可哀想に…あの男が出ていったというのにこの様な考えの者がまだ居るとは」
まだ居るというのはどういう意味だと疑問を浮かべた瞬間には答えが齎された。
「お前、荷物をまとめ今日中に城を離れろ」
「なにを…正気ですか!?」
「とっとと出ていけ!それとも首を切られたいか!」
唖然とマルクス様を見る。嘘だろう、今日中なんて。引き継ぎもろくにできやしないぞ。
「…私の代わりが居るのですか」
「私の側仕えを使う、私はあの男とは違い多くの者に慕われているからな。人手などすぐ用意できる、わかったならさっさと消えろ、不愉快だ」
「分かりました、では失礼致します」
頭を下げ、軽くなった手に違和感を感じながら文官に割り振られた寮の部屋に戻る。道中に見かける人間がいつもより少ない。やはり、そういう事なのだろう。
荷物をカバンにつめながら頭を必死に回す。
マルクス様は頭が悪い訳では無い。処理をしようとすれば多少なりとも出来るだろう。だがあまりに配慮がかけていて書類の内容に対して秘密保持する気が全くない。あれでは他国の密偵も呆れるだろうな。
側仕えの件もそうだ。王太子殿下がダン様のみをそばに置いておいていたのはダン様が最も信頼がおけるからだ。そして、王太子殿下が居ない時でもダン様がすぐその対応ができるようにと意見などの共有まで行っていた。
複数人の側仕え、見慣れぬ平民の娘を伴い国の今後を左右する書類を処理する。
なんと恐ろしいことだろう。
「…王太子殿下、ダン様」
なぜマルクス様はあんなにも愚かな行動に出てしまうのでしょうか。やはり王妃殿下の……。
…陛下が気付く前に私もこの国を出た方が良いかもしれない。実家の家族にも他国に亡命しようと声をかけてみよう。断られてしまったら最悪一人ででも逃げよう。
王太子殿下を探し回っている今ならむしろ容易く逃げる事が出来るだろうし。
もしかしたらマルクス様が言う通り側仕えと平民の娘は問題なくマルクス様をささえ、上手く回してくれるかもしれない。だが、私はあの方の下につく気にはなれなかった。
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