ぶんずい奇譚

ナガヲ

ぶんずい奇譚・前

 ──忘憂(ぼうゆう)十二年、初秋。大規模な争いは蝶の羽ばたきほどの予兆すら見せず、世が最も平和であったいち時代といえよう。その頃の話である。都にほど近く、かつて宿場町として栄えた分瑞というこの土地は、古くから酒造で有名なまちである。「分瑞じゃ三歩もゆけば酒屋に当たる」とはよく言ったもので、まちの経済の中心は商店の大半を占める酒屋たちである。それだけ同業が多ければ共倒れになってしまうのじゃあないかと思われるだろうか、どっこい分瑞の人々は大酒飲みばかりなのだ。自分たちで造って自分たちで消費できるというわけなのである。そこに加えて都へ行き来する余所者が立ち寄ったり、酒屋ごとにどこか外のまちや店と取引して商売をしているから、分瑞はいつでもほんのりとアルコホルの香り漂う豊かでにぎやかなまちであった。

 ところで、酒の消費の内訳として、勘定をし忘れてはならない場所がある。まちの西側にあたる一角を担う遊里だ。逢魔が時から夜半過ぎまでは嬌声に笑い声、盃や瓶のぶつかる音で溢れる空間であるが、提灯の火がとうに落とされ、そそくさと店じまいを終えたあとの遊里は普段の煌びやかさを一切失って、ひょっとするとゴオストタウンじみた不気味さすら醸していた。その中でひときわ天を突くほどに背の高い建物だけが、未だ夢うつつな人々を、まちを包む朝霧の上から高飛車に見下ろしている。

世間が西洋にかぶれ出し、分瑞もまたその波に乗ろうと葡萄酒なぞに凝り始めたような時世である。それに抗うかのごとく、日本式と大陸式を折衷した意匠をふんだんにあしらうこの大御殿は、誰の目にも明らかに里一番の妓楼を張っていた。桃粋軒(とうすいけん)と豪奢な看板を掲げたこの見世が唯一無二であることにはそれなりの理由がある。在籍する花魁が揃いも揃って才色兼ね備えた女たちであるのもさることながら、分瑞で造られる中でも最高級の酒を取り扱っているのももちろん、出す料理まで老舗の料亭顔負けといわれるほどの名店なのだ。その評判は遊里にとどまらず、市井の人々の憧れをも手にするほどのものだった。言わずもがな、ふつうの家庭に生まれ、ふつうの仕事に就き、ふつうの収入を得て生活する者ならば、一生分の財産を費やしても二回と行ける場所でないのは確かであったが。

 そんな桃粋軒の縁先、「一見様御断リ・成人未満立入禁ズ」との触れ文の前に、そのどちらにも該当する風貌の人影がひとり、息せき切って立っている。首元の立ったシャツにたすきを掛けた地味な着物を重ね、髪とよく似た鶯色の袴をつけた──この時代すでに典型として定着していた書生姿の少年だ。色白な頬にいくつか散らばったほくろやくりりとした垂れ目が目立つ顔立ちは、実際の年齢より幼く見えるようでなかなかに愛嬌を湛えているがしかし、そこに浮かんだ表情は似つかわしくない険しさだ。秋になったとはいえ、先程までの全力疾走により滴る汗を学帽を脱いだついでの腕で雑に拭った彼は、憤然としながらも妙に慣れた足取りで妓楼に入ってゆく。

「おじさん、牛太郎(ぎゅうたろう)のおじさあん」

 そうして入口近くに設けられた妓夫台の奥、のれんを捲るとこの見世の使用人たちが寝泊まりしている区画へ向かって少年は大声で呼びかけた。世間とは反対の生活を送る遊里が寝静まるこのような時間であれど、用心や片づけのために起きている者がいるのを彼は存じているからだ。妓夫台を囲むように窓際に巡らされた張り見世はがらんとしている。

「はいよ……っと、ああ助ちゃんかい。おはようさん」

「おはようございます、すみませんこんな時分から」

「いいってことよ、俺ぁ今日泊まりで番だったから起きてたのさ。で、どうしたんだい」

 まもなく奥からやって来た中年の男は、少年の姿をみとめて親しげに微笑んだ。助ちゃんと呼ばれた少年も、見知った顔に安堵したふうに表情を和らげて挨拶を返す。

「うちの馬鹿先、失敬、道傍先生はこちらに厄介になっちゃいませんか」

 寸刻の後、少年は再び憤怒に染まった表情を浮かべて立っていた。今度は楼の最上階をすべて占める、桃粋軒でいっとう広く高価な座敷を隔てた襖の前である。少年のほとんど確信に満ちた問いを豪快に笑った牛太郎の男に案内されたそこで、彼はひとつ深呼吸をしてみる。まったく落ち着いたようには見えないが、意を決したように顔を上げた少年は猛然と襖を開け放った。小気味よい音が鳴る。

「先・生!?」

 続いて轟いた怒声に応じて、薄暗い部屋の中でもぞもぞとなにかがうごめいている。それはまるでひとつの生き物のようであったが、だんだんといくつかの塊に分かれていき、……やがて元の塊の中心に横たわっていたらしい、ひときわ大きな人影がようやっと上体を起こした。

「ったく、なぁんだよ、頭に響くから勘弁しろっていつも言ってんだろぉ」

「頭には響いても僕の注意は耳に届いてらっしゃらないみたいですがね」

「はっは、上手いこと言うじゃねぇか」

「笑いごとじゃあありません」

 寝起きと昨夜の酒のために掠れた、気怠そうな若い男の欠伸混じりのぼやきにピシャリと少年が返す。その声音はもはや怒りによる熱量を通り越して凍てついている。それでも若い男は飄々と、笑みすら含んだ軽い調子で続けた。

「お堅いこって参っちまうね……おまえも俺の門下なら酒と女くらい嗜めっての。なぁ? あ、なんなら後学のために今から」

「ッこの、──」

 極上の酒に女はもとより、早朝の遊里に響き渡る師をなじる書生の罵声もまた、桃粋軒の名物になりつつあった。


 書生は名を若岸笹助(わかぎし・さすけ)という。出身は分瑞から遠く離れ、本州との間に海を挟んだ島の一角に位置するまちであった。笹助は幼少期より、とある推理小説家の大熱狂者(ファン)だった。彼の地元は分瑞と比べてしまえばかなりの田舎まちであるため、書籍を扱っている商店などは存在しなかった。しかしあるとき本州へ働きに出ていた父親が、今都会で大流行らしいと購入した小説が、笹助の運命を変えたのだ。結局ほかの家族は小説というものに馴染みがなかったために早々に飽きてしまい、年齢的にはまだ難解だったであろうはずの笹助だけが目を輝かせてそれを読んだ。たしかに当時の笹助にとって意味が理解できない言葉は多くあったが、それは物語の中で起こる事件が華麗に解決されてゆくさまを感じ取ることを妨げる脅威ではなかった。これほど読む者の心を躍らせる文章を書けたらどんなにだろうと憧れざるをえなかったのである。両親は、この子には知識人となる素質があると喜んで、笹助が勉学に励むのを可能な限り支援した。笹助もそれに応じようと、決して豊かとはいえない家の手伝いをしながら文学を学び、家族や親戚が本州へ出かけるときは決まって例の作家の新作を土産に頼んだ。周りの同年代の子供たちが家業を継ぐと半ば当たり前のように決めている中で、笹助はいつか都会へ出てこの作家先生に師事するのだ、と事あるごとに語った。ところが弟子入りするといっても、具体的にどうすればよいのか誰にも見当がつかぬ。半ば駄目でもともとで、小説の巻末に記された編集社宛てに、正直にわけを書いた手紙を出した。するとなんと返書が着いた。それによれば作家は「郷土の銘酒、物事を学ぶ志、少しの雑用をやる意気があればよろしい」と言っているそうだった。案外こんなものなのだろうかと家族一同顔を見合わせたが、なにしろほかに比較のしようがない。そういうわけで、両親が奮発して買ってやった地酒の一升瓶を携えて、遠く分瑞へ旅立った次第である。

 手紙には直接家へ訪ねて来いとも記してあったが肝心の住所は書いていなかった。笹助は、まあ、これほど時のひとなのだからまちの人々なら所在を知っているだろうと生真面目な彼らしくもなく楽観的に考えていた。浮かれていたのである。けれども、徐々になにか妙だと思われてきた。というのも、往来の住民らしきひとに件の作家先生のご自宅はどこかと尋ねるたび皆、ふしぎそうな、怪訝そうな顔をして笹助を脳天から靴先まで眺めるのである。幸い、まちの雰囲気と同じく気のいい住民ばかりだったので親切に方角を教えてくれる。それでもやはりその複雑そうな表情が気にかかり、笹助は不安になっていった。もしかするととても気難しく、おっかない人物なのではなかろうか。こんな田舎者の子供では相手にされないかもしらん。それだけは嫌だ。どうしようもなく怖いひとでもいいから門前払いだけは嫌だ。やっと、やっとここまで来たのだ──そのようなことを考えている間に、気づけば笹助は立派な屋敷の正面にたどり着いていた。欅の表札に彫られた道傍という字を見、それが小説家としての雅号ではなく本名そのままであることを今更ながらに知った。笹助は「ごめんください」と緊張と不安でか細い声を上げる。行きの汽車の中で胸を満たしていた興奮と期待はすっかりどこかへやってしまっていた。しばらく待ったが返事がないので仕方なく、おっかなびっくり門を跨ぎ、笹助の実家が丸々収まってしまいそうな大きさの玄関まで行ってみる。「あのう」洒落た木の骨組みにすりガラスをはめ込んだ引き戸を開けてすぐ、「ウワ」と思わず悲鳴がこぼれた。この反応も致し方ない。屋敷が立派なのは外観だけで、その屋内はとんでもなく汚かったのである。玄関だけでも見渡す限り酒瓶、酒瓶、酒瓶……広さのためこれで済んでいるが、一般的な家なら足の踏み場が文字通りなくなっていると思われる散らかりぶりであった。戸に手をかけたまま口を開けて呆然と立ち尽くしていた笹助だったが、はっと屋敷の奥へ目を向けた。誰か来る。聞こえる物音から推測するに、かなり足取りは危うく道中にも酒瓶を幾本も蹴飛ばしているようだ。笹助はいろいろな混乱がないまぜになったまま、息を詰めてその人物が現れるであろう方向へ目を向けるしかなかった。そして、「ああ、痛ぇ。待たせて悪いねお客さん、ちいと二日酔いで……て、誰? こども?」よろめいて呻きながら登場したそのひとは、なんとも鮮やかな若い男だった。齢は二十代後半から三十代半ばくらいか。切れ長の瞳が印象的な美丈夫だが、乱雑にまとめたゆるく波打つ髪は長く、染めているのかくすんだ梅色をしている。見上げるような長身ではあるが華奢なためにどこか女性的でもあった。ひょろりとした柳を連想させる体躯に藤色の着流しを身につけそれより濃い紫の帯を締め、そこへ蘇芳色の羽織を引っかけるといった出で立ちだ。彼のまとう色彩すべてが互いに殴り合っているようで、その実彼自身が持つ華々しさの前にそれらは整然と収まっているふうに見えた。端整な顔立ちに不相応なぞんざいな口調の酒と煙草で焼けた声が、笹助を見た途端酔いから覚めたようにはっきりとする。笹助も笹助で面食らっていたのだがはっと我に返り、「え、と、僕、先日門下入りを志望した若岸笹助と申します」と名乗る。と、記憶を辿るように目を眇めていた男がややあって、ああと合点のいった声を出した。笹助はぎゅっと手に力を入れる。このひとが本当にそうなのだろうか。今まで、これを書いているのはどのような人間なのだろうと想像を巡らした経験は両の指じゃあ足りぬ。家の中でも洋装を欠かさないような、理知的な紳士なのだろうか。父親のような無精髭の日焼けした男だったら、ちょっと幻滅してしまうかもしれぬ。もしかして優美な女性だったりするのだろうか。等々、あらゆる憧れの作家像を思い浮かべた。この作家について著書に載る情報は受賞歴程度のそっけないもので、文芸誌を漁っても著者近影すら見当たらなかったのである。だからといって文体から作者の人柄を読み取るなんて芸当は不可能であり、また本人の作風も作品によって巧みに変貌するものだから笹助の中の憧れのイメージも多様に姿を変えていた。しかし今目の前で億劫そうに髪をかき上げるハイカラな男はそのどれもから逸脱している。たしかに見目はちょっとそこらじゃ類を見ないほどに整っているがしかし、節々から伺える彼の内面と私生活を鑑みると、それは笹助に弟子入りを改めて躊躇させるほどの威力があった。これは相当のことである。男はそんな笹助の内心も素知らぬ顔でニコと笑う。十人中百人が好く笑顔だ。「いきなりで悪いんだけどおまえさ、掃除とか料理できるか?」「は、はあ、家の手伝いをしておりましたので、一応は」「いいね。酒は?」「さけ」「そう酒。あれ。もしかして持って来いって伝わってねぇ?」「あっ。あります。こちらに」「上々! よく見りゃ顔もかわいいし気に入った。じゃおまえ、今日からうちの子になりな」「……へ」これが、一世を風靡する超人気小説家・道傍麹(どうぼう・きく)との出会いであった。


「あーあ、来たばっかン頃の助はあんなにかわいかったのになぁ。いつからお袋気取りになっちまったんだか」

「誰だってこうなります!」

 桃粋軒の帰り道、店支度を始める大通りを並んで歩きながら、笹助は語気荒く道傍の戯言を切り返した。ところで道傍は笹助のことを「助」と呼ぶ。まちの人々が彼をこう呼ぶのも、道傍に倣ってのことだった。これは門下入りをしてすぐの頃、道傍が笹助に文人として活動する際にとつけてやった雅号に由来する。「そうさな。おまえが持ってきた地酒、笹乃露って銘だったろ。名前が一字入ってるなんて、親御さんも粋なことすると思ったんだよ。おまえの身柄もあの地酒も一緒に俺が引き受けたっつうことで、笹の字を取る代わりに俺の字をやろう。麹助ってのはどうだ? ウン、我ながらなかなかいい響きじゃねぇか。でも呼ぶには面倒だな。麹だと俺と同じになっちまうし原型もなくなっちまうから助のほうで呼ぼう。そうしよう」と笹助が口を挟む暇もなく一方的に賜った雅号である。とはいえこの世でいちばん尊敬する作家の字を一字もらえたという事実は笹助にとってこれ以上ないほど光栄なことであったが、彼はこの師を前にして今やその憧れを露わにしてしまうことを至上の恥としていた。

「どうだか。ほかに持った試しがねぇからわからんが、どこについてる書生もみんなこんなもんかね」

 これについての話もある。道傍の言のとおり、彼は今をときめくアーチストでありながら、笹助以前に自らのそばに書生を置いたことがひとりもなかった。笹助のような熱狂者が彼を支持しながらも、その大半が先ほど紹介したような道傍のミステリアスさを尊重するあまり近づきになろうという気すら起こさないのだ。また稀に編集社を通して弟子入りの旨を記した嘆願書が来ることもあったが、「男のガキの世話なんてたまったもんか」の一点張りであった。道傍は無類の女好きである。そのため事務所もそのうち道傍に通すまでもなく嘆願書の類は流していたわけだが、今回笹助においては特別であった。手紙に込められた熱量がこれまでのものとは桁違いだったのである。担当をはじめ編集社が総出で先生今回のは一段とすごいですよとやたらに念を押すので、さすがの道傍もどれそれほどかと興味が湧いた。そうして手紙を読んでみると、たしかに逸材らしかった。歳は今年で十七になる田舎坊だが、なかなかどうして、天狗になったシティボオイの学生たちよりよほど学問に対する意識がある。人柄がそっくり透けて見えるような生真面目な筆跡と行儀のよい表現でこうも著作を褒められては、道傍もちょっとばかし上機嫌になった。またその頃道傍は家の世話をするのがいい加減面倒になってきていた時期でもあった。使用人を雇うというのもなにか癪に障る。そこへ知識人につく書生という存在は小間使いじみたこともやるものだと事務所から聞いたので、これ幸いとにわかに門下入りを許可する気になった。しかし笹助と同じく作家がどのようにして書生を置くのか存じなかったので、適当に条件を返事としておいた。これでやって来なかったのならそれまでだと思えばよいだけである。いざやって来た笹助は申告のとおりくるくるとよく働き、おまけに小動物じみた愛嬌のある少年だった。ジャガイモのようなかわいげのないのが来たらそれはそれで困ると考えていた道傍は喜んで、一目見て笹助を気に入った。だんだん口うるさく小言を垂れるようになってはいったが、それもここに慣れてきた証だと思えば微笑ましいばかりである。重ねて言うが道傍は女好きであり、いくらかわいかろうと男弟子に手を出すなんてむしろこちらから願い下げだと思っているが、笹助のほうはそれを信じておらず、いつか食われるのではないかと内心恐々としていた。ちなみに、笹助が分瑞にやって来たときのまちの人々の表情のわけというのは、世間で数少ない売れっ子作家の素の姿を知る住民たちの「あの道傍先生が書生を取るなんて。この子は何をやってのけたのだろう」という感情である。未だにあのうきうきと目を輝かせて道傍の自宅を尋ねて回っていた笹助の様子を懐かしみ、住民たちに度々からかわれるので笹助はいたたまれなかった。

「僕も知りませんけど、ほかの作家は先生よりしっかりしてらっしゃるんじゃないですか」

「ほうら出た。そういうところだぞ。こりゃもうお袋っつうより鬼嫁だな」

「……さっきお見世でも美夜音(みよね)ねえさんにそう言われました」

 桃粋軒を出る前、花魁のひとりにくすくす笑われたことを思い出して笹助は仏頂面で言った。笹助に叩き起こされ渋々身支度を始めた道傍につられ、寄り添って眠っていた花魁たちもむにゃむにゃ言いながら身を起こし始めた。はだけた打掛と起き抜け特有の色香をまとう彼女たちを見まいとする笹助の努力を無に帰すように、花魁たちはお得意様が弟のようにかわいがっている少年にきゃあきゃあとじゃれつく。あら助ちゃん先生のお迎えお利口さんねェ、また背が伸びたんじゃないと揉みくちゃにされているうちに、道傍が贔屓しているひとりである美夜音という花魁に、「うふふ助ちゃんたら、旦那様に厳しい奥様みたいよ」と言われたのだ。美夜音はとにかく気が強く、回転の早い頭から生まれる思考をズバズバと口にする女として知られていて、それが人気の理由でもあった。しかしその美夜音も目覚めたばかりであると少しばかり雰囲気が温和になると見え、普段より幾分か柔らかく微笑みかけられた笹助はどぎまぎとしていた。

「ははは! 美夜音ちゃんに言われちゃ相当だなぁ」

「だから笑いごとじゃありませんって! 担当さんと話してくるって出かけて二日も帰らないとはなんですか!? その担当さんからお電話を受けた僕の気持ちがわかりますか! だいたい先生はいつも」

「あー、はいはい……」

 ふたりの背中は大通りからまちの郊外のほうへ去っていき、往来はひとや馬車でごった返し始める。酒屋の陽気な客引きの声が飛び交う分瑞のまちは、今日もにぎやかだ。

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ぶんずい奇譚 ナガヲ @osaki_bakuchi

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