第三章――④(アリサ視点)
「ったく、どうなってんのよ……!」
四天王討伐に向かう馬車の中、アリサは自分に割り当てられた部屋の中、羽扇を折れそうなくらいに強く握りしめ、憎々しげな表情を隠すことなく毒づいた。
馬車といっても、観光列車のように食堂やテラスや個室などがある大きな車体で、外装も内装もラグジュアリー感満載。おまけに動力は四頭のペガサスという、夢のような空飛ぶ乗り物である。
RPGでは終盤でしかお目にかかれない飛空艇のようなものだが、『聖魔の天秤』では初めから最後までこの移動手段である。
いつもならこうして部屋に籠ることなく、騎士たちを執事のように傅かせ、チヤホヤされる至福の時間を過ごしているが、今はそんな気分にすらなれない。
なにしろ、あの憎たらしい侍女を叩きのめすために練った計画が、すべて水泡に帰したのだ。
ボヤ騒ぎも未遂に終わり、杖の盗難事件も予想外の結末を迎えて、アリサが得たのはユマからの疑惑の目だけだ。万が一を考え、予備の杖を持ち出したことも失策だった。
使いたくない手段ではあったが、追求から逃げるために彼に事象の入れ替えを頼んだものの、これがのちのち悪影響を及ぼさないかと不安になる気持ちも、余計にアリサの心を圧迫していた。
そもそも、あの女が杖を扱えさえしなければ起きなかった事態なのに。
思い出したくないのに、腹の底から煮えたぎる恨みつらみのせいで、あの時の光景が何度も脳裏によみがえる。
リュイのドラゴン化は偶然ではなく織り込み済みだった――というよりも、アリサ自身が二人のやりとりが見聞きできる位置にスタンバイしていて、タイミングを見計らってドラゴン化の呪文をかけたのだ。
完全にドラゴン化したところで颯爽と現れてリュイを元の姿に戻し、命を助けた恩を売りつつ杖の窃盗を不問にする寛大さを見せつければ、自分に対する評価は格段に上昇し、あの鼻持ちならない侍女も泣いて詫びると思ったのに。
なのにどうして、杖はあの女に反応した?
もしかして、彼女もアリサと同じなのか?
ここで一人考えても答えが出ないことで、悶々としていても仕方ないことだが、もしそうならこれほど厄介なことはない。
あの様子ではユマもおそらく気づいているだろう。
これ幸いとアリサを引きずり下ろすため、自分がいない間に彼女に近づくのは明白だ。
そう思うと逃げたのは逆に悪手だったかもしれないが、時を巻き戻すことはできない以上今さらな話だ。
入れ替えた事象であの女が運よく死んでくれれば儲けものだが、ユマがついている限り可能性は低い。
予備の杖は理由をつけて自分のものにするとして、当分はおとなしくしてほとぼりが冷めるのを待つしかないだろうか。
しかし、そうしている間に我が身が危なくなる可能性がある。
ゲームでは隠しパラメーターとして『聖女ポイント』というものがあり、それが一定値を下回るとユマから聖女の資格を失ったことを告げられ、現実世界に強制送還されてしまうというバッドエンドがある。
この世界にそのポイントが存在するかどうかは分からないが、ユマが不適格と判断すれば同じような末路を辿るやもしれない。
これまでは使命をきちんとまっとうすることで、やらかしたことが帳消しになっていただろうが、疑惑が確信に変わればバッドエンドまっしぐらだ。
誰も味方のいない、地獄のような世界に戻りたくない。
ただ知ってる歴史をなぞるだけではなく、自分の思いのままになる世界が――彼と自分が自由になる世界が欲しい。
そのためにはどうするすべきか、もう一度考え直さなくては。
目的地までの道のりはまだ長い。時間はある。彼とゆっくりと考えよう。
――もうやめよう? こんなのダメだよ……今なら間に合うよ……?
深淵に沈めたはずのか細い声が聞こえてくるが、聞こえないふりをしてアリサはゆっくりと目を閉じ、思考の海に沈んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます