第四章――①
大大大推しキャラとお茶。
普通に考えれば浮かれるシチュエーションだが、あまり気楽にお茶をするだけって空気感じゃない。
ともあれ、まずは冷めないうちにお茶を一口いただく。
この世界のお茶は、私の知る一般的な紅茶に近いのだが、見た目は紅というより薄桃色で、甘い花のフレーバーが効いていて風味が違う。
「それで――お話というのは、先ほどのことですか?」
面倒なことはさっさと終わらせたいので、早めに口火を切る。
「ああ。あんたが聖女の力を持っていることについて、俺なりの推測を話すつもりだ。ついでにいくつか確認したいこともあるが、構わないか?」
「ええ、構いませんけど……推測というのは?」
「女神からの啓示が途絶えて久しく、確かなことは分からないんだ」
お茶を飲みながら眉間にしわを寄せるユマ。
啓示?
使徒は女神と定期的にコンタクトを取れると設定に合ったが、それのことだろうか?
でも、その定時連絡がこないって、女神様に何かあったんじゃないのか?
「その、それって大丈夫なんですか?」
「使徒と女神の繋がりにより、御身に異変がないことは分かっている」
「そうですか……」
まあ、無事と分かってても連絡が来なかったら心配だわな。
「あんたも知っての通り、アリサは聖女としての務めは果たしているが、意図的に騎士たちをたらし込み、他人を虐げて楽しんでいる。果たしてそれが正しいあり方なのかと疑問を感じ、女神に奏上を繰り返したがなんの啓示もくださらない。……そんな時、俺は“あんた”に会った」
そう言ってユマは、まるでハティの中の私を見抜くような視線を向けた。
「単刀直入に訊くが、“あんた”はアリサと同じ世界から来た人間だろう?」
本当にざっくり斬り込まれて、息が止まる思いがした。
正直に答えるべきか否か。
震える手をカップで温めながら逡巡したが、嘘をついたところで利もないと思い、ややあって口を開いた。
「はい……今話している“私”は、確かに異世界から来た人間です。ただし、この体の持ち主はこの世界の人間ですけど」
日本刀男に刺されて死んだと思ったのに、気づいたらゲーム世界にいてハティの体に憑依していたと事情を話すと、ユマは少し考えた素振りをしながら納得した様子でうなずく。
「なるほど。魂だけ召喚されたということか。ひどい怪我を負ったというから、体ごと引っ張ってこられなかったのだろう。召喚には肉体にも大きな負荷がかかるから、下手をすればその過程で死んでしまうかもしれない」
「へぇ、そうなんですか……って、冷静なお返事はありがたいですが、私、結構突拍子もないこと言いましたよね? ここが私にとってはゲームの世界だって言われて、なんとも思わないんですか?」
ゲーム転生モノだとすんなり受け入れられないパターンも多いのだが、テーブルを挟んで座るユマに困惑も動揺もない。
「別に訝しむ要素はない。あんたがいう『聖魔の天秤』というゲームは“聖女の仮想体験”のために、こちらからあんたの世界に発信したものだからな」
「は、はい? “聖女の仮想体験”? それってどういう意味ですか?」
「ゲームで描かれている通り、魔王は聖女により封じられた歴史は確かに存在する。だが、それは女神が望む歴史では――もっと端的にいうなら、聖女の選択が女神の意向とは異なっていた」
一区切りつけるようにお茶を一口含んで、ユマは続ける。
「そこで女神は、自分の望む選択をする聖女が現れるまで、何度も異なる聖女を召喚し、魔王の復活から封印までの間の歴史を繰り返すことを実行された」
ひょええ!? 歴史のリセマラって、どんだけスケールでかいんだ!?
ていうか、わざわざ何度もリセマラして聖女召喚する意味が分からない! 召喚した時に「こうしてほしい」って言えばいいじゃないか!
女神様とはいえ、全部察してほしいなんておこがましいぞ。
私が胸中で文句を垂れ流す中、ユマは淡々と続ける。
「とはいえ、新たな聖女が来るたびに一から十まで説明するのが面倒になられた女神は、それならばあらかじめ一連の出来事を記した物語を作ることを思いつき、ちょうど聖女に適した年頃の女性が嗜む乙女ゲームとやらを利用することにした。で、その“
えっと、つまりはだ。この世界はゲームの世界を反映したものではなく、ゲームがこの世界の出来事を元に作られた、文字通り創作物ということになる。
それで、“聖女の仮想体験”をしたプレイヤー女子たちの中から、本当に聖女となって魔王と戦う運命を背負う者が選ばれるってことか。
ユマの話を信じるなら、アリサも私と同じ『聖魔の天秤』をプレイした仲間ということになる。
そりゃあ攻略対象に取り入るのは楽勝だし、聖女のお仕事を完ぺきにこなせるのも当然のことだ。
でも、まさか異世界の女神様が乙女ゲームを利用するとはねぇ……
「さらっと言ってますけど、まさか女神様がお作りにされたんですか?」
「いや、開発者に天啓を授けたとおっしゃっていた」
天啓……そういえばゲーム雑誌のインタビューで、開発メンバーたちが「天啓キターって感じで」って語ってたのを思い出した。
比喩じゃなくガチの天啓だったとは予想外すぎる。
でもそれって、とっても回りくどいことじゃないか?
「……そんな能力があるなら、女神様が望む結末を描いたゲームを作って配信すべきじゃないんですか? なんで望まない歴史を聖女候補に刷り込んでるんです?」
「神が人を意図的に誘導して歴史に介入することはできないし、ましてや己の望むように改ざんしようとすれば神格を奪われてしまう。だから、あるべき歴史を伝えることしかできない」
えええ……それって意味あるの?
ゲームの世界にトリップしたと分かったら、一般的な日本人なら筋書きを乱さないよう、決められたとおりに行動すると思うけど。
ひょっとしたら女神様は「シナリオなんてぶっ壊してやる!」っていうタイプの女の子を選んで聖女にしてるのかもしれないけど、イケメンを目の前にしたら大抵の女子はシナリオに従順になるよ。
恋愛フラグを立てたいならなおさらね。
世界観とか使命とか説明する手間だけは省けるけど、メリットってそれだけじゃない?
まあ、私が気にしたってしょうがないことだから、脇にどけておくけど。
「……ところで、歴史が繰り返されるたびに、みんなの記憶が消えたり上書きされたり、場合によっては騎士と聖女と恋仲になったりしますよね。世界の仕組みがおかしくなったりしないんですか?」
「そのあたりは女神の采配だから、俺は何も知らない。ただ、大まかな歴史に歪みが出ないよう調節することは強く厳命されている。その任務を遂行するために、俺は繰り返す歴史の中でも記憶を保っていられるんだが……」
ユマは深く息を吐いて、どこか難しい顔をした。
歴史ループを延々繰り返し見守り続けるということは、ある意味同じ映画を繰り返し鑑賞し続けるのと同じことだ。
主役のキャスティングは毎回違うが、代わり映えしない内容ではあきてしまうしうんざりもするだろう。
しかもそれが上司のわがままに付き合わされてのことなら、その度合いも半端なものじゃない。
ひょっとしたら年齢的に若いのに落ち着いていて含蓄のある物言いなのは、見た目以上に長い月日を生きてるからかもしれない。
苦労性なんだなぁと思うと、ついキュンとなってしまう。
可哀想なポイントなのに萌えてしまって申し訳ない。不幸属性萌えのケもちょっとあるんだ、私。
「……お疲れ様です」
「労ってもらうことではない。それが使徒の仕事だし、聖女の教育係という役も別に苦痛ではない。しかし、今回ばかりは辟易しているがな」
「やっぱりアリサ様のせい、ですか?」
「言いたくはないがそうだ。彼女のような問題児もこれまでいなかったわけではないが、目に余るものは女神に頼んで強制送還させていたから、ここまで大事には至らなかった。しかしこのたびは……」
強制送還って、いわゆるバッドエンドよね。『聖女ポイント』が足りないと資格を剥奪されて、はいさよならーっていう。
あのポイントって現実でもユマが管理してたのか。
聖女に足るかどうかはユマが判断していても、異なる世界の行き来まではできないから女神にお願いしてたけど、今回は連絡がつかないから強制送還もできないってことね。
なんてこったい。
人を見る目がないどころか、肝心なところで役に立たないないなんて、とんだポンコツ女神じゃないですか。
いやまあ、問題児でなければシナリオをぶっ壊してくれそうにないけど。
「聖女って基本はあのゲームのプレイヤーってことですよね? 他に基準とかあるんですか?」
「基準は俺にも分からないが、アリサもあんたも女神のお眼鏡に適ったことだけは確かだな」
「お眼鏡に適ったって……ええ? 私もですか?」
「ああ。あんたは聖女にしか扱えない杖を使い、リュイの暴走を止め、魔物を浄化した。それが証だ」
た、確かにそうだけど……聖女が二人なんて、それこそ歴史改ざんに直接関わることになるんじゃないの?
それとも、魂は異世界人でもハティの体がこの世界の人間だから、ギリセーフってこと?
でも、二人いる理由が分からない。
「ま、待ってください。私を召喚する力があるくらいなら、アリサ様を強制送還したらいいじゃないですか。なんでこんなこと……」
「俺もそう思うんだが、女神と接触できない以上真意は分からない。もしかしたら、これまで何度も繰り返してきた歴史が、だんだん狂ってきていることと関係しているのではと思っているが」
「もしかして、今日の襲撃事件と、三人目の四天王との対決が前後してるところですか?」
「ああ。それ以外にもあんたが知らないところで誤差が生じている。大筋に影響がないから今まで黙認してきたが、さすがに今回はあんたがいなかったら甚大な被害が出ていた」
「……確かに被害は出たかもしれませんけど、魔物の討伐だけならあなた一人でも十分だったように見えましたが」
私は魔法で一網打尽にしたが、ユマのサポートがあってこその成果で、一騎当千の戦力を持つ彼なら、一人でも魔物を全て斬り伏せることも可能だったと思う。
しかし、ユマは静かに首を横に振った。
「騎士よりも強い力を授けられているのは否定しないが、あくまで聖女を守り導くための力で、街の人間を守るためだけには使えない。使徒には制約が多いんだ」
くわしくは語らなかったが、色恋禁止のような例もあるし、他にもいろいろあるのだろう。
制約とはすなわち女神の信頼を得る修行のようなものとゲーム中では語られており、それが多く課せられるほど与えられる力も大きいのかもしれない。
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