第三章――③
「……またああいう手合いに見つかると面倒だな。さっさと屋敷に戻るぞ」
去って行く女性たちの後姿を眺めながらため息をつき、うんざりといった感じでつぶやくと、またもやなんの断りもなく私を抱き上げる。
お姫様抱っこパート2、きたあああ!?
「うひぁ!?」
「今度は暴れるな。しっかり掴まっていろ」
そう言いながらユマが私を抱える力を強めた瞬間、重力が反転したようなふわふわとした感覚に襲われた。しっかりホールドされていてもなお安定が悪く感じられ、振り落とされないよう反射的にユマに抱きつく。
続けて頭痛と眩暈が同時にきたかと思えば、内臓がシャッフルされたみたいな名状しがたい気分の悪さに目の前が真っ暗になり、意識がすうっと遠のく。
え、また気絶コース? ヒロインじゃないんだから、そうそう気を失ってられないってのに。
「着いたぞ。起きろ」
暗転していたのが一瞬だったのか、もう少し長い時間だったのかは分からない。
体を揺さぶられ、様々な痛みや不快感と戦いながら目を開けると、先ほど目を覚ました屋敷の部屋にいつの間にか戻っていた。
ユマにがっつり抱きついたままの状態で。
「うあぁっ! あ、あの、降ろしてく……うおぇぇ……」
「悪い。転移魔法は慣れないと著しく酔うのを忘れてた」
品のない声でえずく私の背中をさすりながらベッドに降ろすと、水差しからガラスコップに注いだ水を渡してくれた。
「ど、どうも……」
あれが転移魔法か。
超高難易度の魔法らしく、操作キャラの誰も修得しないもので(戦闘で使わないってだけだろうけど)、設定集などで『そういうものがある』という認識でしかなかったが、ユマはやすやすと使いこなしている様子だ。
つくづくチートだな。
水を一口二口飲むと、少し気分が回復してきた。
とはいえ、まだ内臓が定位置に戻った気がしない。
「横になれ」というユマの言葉に甘え、力なく体を横たえる。
えーっと、酔うってこんな感じでしたっけ?
頭痛、眩暈、吐き気までは経験あるけど、内臓シャッフルは初めてだわ。いや、実際にゴッチャになってないと思うけど、そう錯覚させる何かって一体何よ?
……知らない方が身のためかも。
「そういえば、私、中庭で意識を失ったんですよね。どれくらい眠ってたんですか?」
「丸一日ほどだ。あとで食事を用意させる。今はしばらく休んでろ」
食事かぁ。確かにお腹空いたなぁ。丸々一日爆睡して、おまけに何も食べないまま走り回ってあんな魔法使って、そりゃあ腹も減るよなぁ。
グルオオォォォ……
自覚した瞬間に、腹の虫が雄叫びを上げた。
男性の前で、しかも大大大推しの前で、このような恥を晒すなど女として一生の不覚!
死にたい。すでに死んでるけど、もう一回死にたい。
まさに穴が合ったら入りたい心理で、ズルズルと布団を引っ張って頭から被り、亀のように引きこもる。
「恥じることはない。腹が鳴るのは生きてる証だ」
「素で返さないでください」
女子はデリケートなんです。
女子なんて呼ぶのもおこがましい三十路でも、いや、三十路だからこそこういうのは余計に恥ずかしいんですよ。十代ならテヘペロで済むところが、大人だとマナーがなってないって言われるんです。
やがてユマが出て行き、静かになった部屋で布団にもぐったままウトウトしていると、ノック音がして侍女が入って来た。
対応しなければと思ったが、聖女の服を着たままだったことに気づき愕然とした。
せめて寝間着に着替えていればと後悔しつつも、侍女は私が布団に引きこもったままでも文句ひとつ言わず、部屋でなにやらゴソゴソと作業をして静かに出て行った。
セ、セーフ!
布団を引っぺがされて罵詈雑言を吐かれるかとヒヤヒヤしたが、何もなくてよかった!
彼女が退出してドアを閉め、足音が遠ざかったのを確認してから布団から這い出ると、テーブルに芳しい香りが漂う食事が並んでいるのが見えた。
柔らかそうな白パン、鮮やかな赤のトマトスープ、温野菜のサラダ、ふっくらとした白身魚の香草焼き、カラフルなフルーツのゼリー寄せ。
侍女の食事の割にはちょっと……いや、大分豪勢なラインナップだなぁ。
ワンプレートで何千円もする、お洒落なホテルランチみたいだ。派遣の私には縁のない代物だけど。
これまでいじめてきた謝罪の気持ちを込めた特製メニュー、なーんてわけがないから、魔物退治したご褒美って線が妥当かな。
いや待て。
あるいは生ゴミクッキーのように、美味しそうに見えて実はメチャ不味ってオチがあるやもしれないぞ?
あの事件を思い出すとちょっと気分が萎えたが、まだ湯気が立つ食事を前にもう一度腹の虫が雄叫びを上げる。
冷める前に食べないともったいないよね。
空腹は最高のスパイスという格言を信じて、いざ実食!
「いただきます――……ん? んん? おお!」
美味い! うーまーいーぞーっ!
一昔前のグルメ漫画みたいなリアクションしたくなるくらい美味しい。
日本で自炊してた頃も手抜きごはんが多かったし、異世界に来てからもずっと粗食だったから、舌にも胃にも美味さが染み渡ってめっちゃ幸せだわ。
たとえこれに致死量の毒を盛られていて、最後の晩餐になったとしても悔いはない――というのは大いに過言だが、三十年あまり摂ってきた食事の中で一、二を争う感動を味わっている。
空腹も手伝って、運んでもらった食事を黙々と平らげた。
「ごちそうさまでした……」
食事を終え、さてどうしようかと思っていると、タイミングを見計らったかのようにユマが戻って来た。
きれいさっぱり空になった皿を見下ろし、小さく笑った。
「体調は戻ったみたいだな。さっそくで悪いが、少し話に付き合ってくれ」
「話ですか? それは構いませんけど、先に元の服に着替えさせてください」
聖女の衣装が嫌いなわけじゃないし、着心地は抜群なんだけど、身分を偽ってるのが落ち着かないんですよね。
しかし、私の要望は叶えられそうになかった。
「あんたには悪いが、もう少しその格好のままでいてくれ。事情は後で説明するから、まずは話を聞いてくれると助かる」
「は、はあ……」
有無を言わさずですか。まあ、お話くらいならいいですけど、手短にお願いしますよ?
なんて内心上から目線に構えてたら、ユマは廊下からティーセットとお茶請けの焼き菓子の載ったカートを引いてきた。
そしてそれを自らの手で、空になった皿と手際よく交換していく。
……お茶会仕様とは言わないまでも、ちょっとした世間話で済むレベルではなく、しっかり腰を落ち着けて話すタイプだな。
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