第三章――②

 屋敷の周りはまだ被害は出ておらず、魔物の姿も怪我人も見当たらないが、さほど離れていないところから不穏な声や物音が聞こえてくる。

 確かこのイベントでは、みんなで手分けして魔物を退治したんだけど、今はユマと私しかいない。

 こうなったら敵を一か所に集めて、一気に仕留める手でいくか。


「あの。中央広場に魔物を集めることはできますか?」

「ああ、少し手間はかかるが魔物寄せの魔法を使えばできる。市民が巻き込まれないよう、先だって自警団に避難を呼びかけてもらうようにすれば、より安全だな」


 特に説明しなくても私のやりたいことを察したユマは、防衛のためバリケードを作る自警団員の姿を見つけて避難を促す指示を出すと、魔物寄せの魔法を自らの身にまとう。


 すると、まさに吸い寄せられるように魔物たちが次々に姿を現し、ユマに襲いかかってきた。


「危な――」

「ハリは下がっていろ」


 とっさに杖を戦闘モードに切り替えたが、それより早くユマは腰に佩いた武器を抜き放ち、瞬く間に魔物を斬り捨てて消滅させてしまった。


 小太刀だ。しかも二刀流。

 刀ということでとっさに私の命を奪った暴漢を思い出してしまったが、そんなもの一瞬でぶっ飛ぶくらい滅茶苦茶カッコよかった!

 ゲームならスチル付きイベント間違いなし!

 全国のユマファンが痺れて悶絶すること請け合いな場面をリアル体験してる私って、超ラッキーじゃね!? 死んでよかった!

 

 って、オタク思考に浸ってる場合じゃない!

 今は街のピンチをどうにかする方が先だ。


 街に散らばる魔物たちを引き寄せるため、ユマを先頭に中央広場へ向けて大きく迂回しながら進んでいく。


 時折横道から飛び出してきたり、追いついてきたヤツらを二人で……もといほとんどユマが一人で蹴散らしながら走った。

 ヒロインには魔法を教えるシーンしかないから、頭脳派なのかと思えば案外武闘派だ。しかも結構なチート具合。


 なので、私は彼が打ち漏らした魔物を、初歩的な魔法で仕留めるだけのおまけ。

 ぶっつけ本番なのに自在に魔法が使えて不思議だけど、ゲームをやり込んでいるのでどんな魔法が使えるかは知ってるし、記憶通りにその魔法をイメージするだけで勝手に呪文が頭に浮かんでくるチート仕様なのだ。


 異世界ってなんてご都合主義なんでしょう!

 チート万歳!


 でも、ユマがチートすぎて私のチートがあんまりどころか、全然役に立ってない。

 なんか聖女(って自覚はないけど)として立つ瀬ないですよ。モブならこんなもんとはいえ、オレTUEEEな無双ができなくて残念です。


 ……と阿呆なことを考えているうちに、だんだん息苦しくなってきた。

 聖女の衣装は装備者の身体能力を飛躍的に上げてくれる効果があるが、いいところのお嬢様であるハティに全力疾走し続ける体力があるわけもなく、ずっと走り続けていれば息は上がるのは当然のこと。


 まあ、三十路の私ならもっと早く息切れしてただろうし、若いハティでよかったと思うべきだろうけど、どっちにしろそろそろ限界……と思っていると、いいタイミングで中央広場にたどり着いた。


「あたりに人はいないな。あとはあんたが頑張るだけだな」


 ぜーぜー荒い呼吸を整える私とは対極的に、ユマは汗すらかいていない涼しげな顔で冷静に状況を分析する。

 使徒ってマジチートなんですね。初めて知りました。


 感心するやらむかつくやら複雑な気持ちだが、ユマの言う通りここから先は私がやらねばならない仕事だ。

 走り続けて体力ゲージはレッドゾーンだが、ユマが道中の露払いをしてくれたおかげで魔力ゲージは満タンに近い。特大魔法をぶちかましてやる。


 次々と広場に集まってくる魔物たちを前に、気合を込めて杖を握り直し、こいつらを一気に殲滅できそうな魔法を思い出していると、案の定勝手に呪文が脳裏に浮かんだ。


「日の雫、月の涙、星の粒……集え、聖なる光! 邪悪なるものを滅っせよ!」


 うああ! 相変わらず恥ずかしいな、呪文の詠唱って!

 初級魔法だと「炎よ!」とか端的に属性を発するだけで終わりなんだけど、こういう大魔法は厨二が好きそうなフレーズが多くて、三十路の精神を抉ってくる!

 声優さんってこの羞恥心と戦ってるのか。偉大だわ。


 内心悶絶しながら詠唱を終え、杖の底で石畳の地面を軽く突く。

 穿たれたその一点から光のラインが縦横無尽に伸びていき、魔物が群がる広場一面に魔法陣のような幾何学模様を描いていく。

 やがてそこから真っ白な閃光が弾け、魔物が断末魔の悲鳴を上げながら消滅していく。


 光が完全に消えるまで一分くらいはかかっただろうか。

 眩しさに目をショボショボとさせながらあたりを見回すが、魔物は一匹もいない。

 だが、遠くで戦闘の音が聞こえるから、こちらに誘導しきれなかった残党がいるようだ。


 早く加勢しに行かないと……と焦る心とは裏腹に、足元がおぼつかない。

 ふらりと体が傾いで倒れそうになったが、ユマが肩を支えてくれた。


「魔力切れだ。あれだけの数を殲滅したし、あとは自警団だけでもなんとかなる」


 だといいんだけど、大丈夫かな?

 ユマに半身を預けるように立つのがやっとの私に、できることはないだろうけど。


 てか、この体勢……すっごい役得感満載だけど、恥ずかしくてたまらない!

 押しのけるのはもったいない、でも今すぐ離れないと心臓が死にそう。

 この二律背反、どうしてくれようか!?


「被害状況を確かめるまで屋敷に戻るわけにもいかないし、近くのベンチで休むか。あんた、歩けるか? 無理なら運んでやるが」

「は。運ぶって、荷物じゃないんですから……」

「別に無造作に持つわけじゃない。こうして……」


 そう言ってユマは、ひょいと私を抱き上げた。うええ、お姫様抱っこですとぉ!?


「あ、ああ歩けますから! 降ろして、お、降ろしてくださいぃ!」


 足がもげてても歩きます! なんなら匍匐前進しちゃいます!

 このままじゃ今度こそ恥ずかしくて死ぬっての!

 年齢=カレシいない歴の三十路オタク喪女に、お姫様抱っこはハードル高すぎです! こういうのは妄想だけでお腹いっぱいですよ!


 体が重いのであまり大きくは動けないが、じたばた手足をばたつかせて抵抗して、ようやく地面に降ろしてもらう。

 ユマは何故か不服そうに「軽いから別に構わないが」とつぶやいていたが、そういう問題ではないのだ。クソ、鈍感イケメンめ!


 ふらふらの体を引きずって広場に点在するベンチに腰を下ろすと、落ち着いたのを見計らったかのように自警団の面々が集まってきた。


「ユマ様。市街地の魔物の掃討、完了しました」

「ご苦労。残党や第二派を警戒し、安全が確保されるまで巡回は怠るな」

「負傷者は多数確認していますが、死者は今のところゼロです」

「そうか。街の病院で手が回らないようなら、屋敷に連れてこい」


 心身ともに重苦しい私は、ユマと自警団員たちのやり取りをぼんやり眺めていた。

 よく見たら、みんな女性だ。十代か少なくとも二十代前半の、いわゆる嫁入り前と思しき若い女の子ばかり。

 聖女が戦う姿に憧れ、自警団に属する女性が多いとはゲームでも描かれていたが、頬をピンクに染めながらお互い押し合いへし合いし、我先にユマの前に出ようとする彼女たちを見ていると、果たしてその動機が正しいのかと疑ってしまう。


 そりゃあ、ユマは見ての通りのイケメンだから、年頃の女の人が夢中になるのも無理はない。騎士のようにアリサにべったりではないから近づきやすいし、妥当な理由があればどんな相手でもちゃんと対応するから、好感度も上がるのも分かる。


 でもこうして眺めてみると、なんだか面白くない気分になる。

 推しのアイドルの熱愛報道に嫉妬するファンのような心境だろうか。


「ところで、そちらの方は?」

「聖女様のお召し物を着ていらっしゃいますが、アリサ様ではないようですね」


 うお。私に会話の矛先が向いた。女性たちが胡乱げな目で私を見ている。

 そこにはあからさまな嫉妬も浮かび、お姫様抱っこの現場を見てたんだろうなと、いたたまれない気持ちになりつつも、薄っすらと優越感も湧く。


 ……おっと、危うく脳内お花畑の勘違い女になるところだった。


 それより、どうして私に聖女の真似事をさせたのか説明を受けてなかったから、何がどうなっているのかさっぱり分かってない。どうしたものかとユマに視線を送ると、


「彼女は先代の聖女だ。街の危機に女神が特別に遣わした」


 先代? まあ、聖女伝説っていうのがこの世界には各地にあるって話だけど、あくまで神話やおとぎ話のレベルで、実際に聖女がいたかどうかなんてゲームでも明言されてなかっ――


「まあ! それじゃああの伝説は本当だったんですね!」

「まさか伝説のお方にお会いできるなんて! 光栄です!」


 彼女たちは疑わしげな態度から一転、手のひらを返したかのように顔を輝かせて私の傍に跪き、感動と畏敬の念を口々に伝えてくる。

 聖女なら使徒であるユマがお姫様扱いしても不思議ではないし、ユマを思慕しつつも同時に聖女という偶像に憧れている彼女たちからすれば、嫉妬の対象から外れるのだろう。


 感謝されるのは悪い気はしないけど、変わり身の早さはいただけないし、蜘蛛の糸に群がる亡者みたいでドン引きだ。


「皆の気持ちは分かるが、まだ仕事が残っているだろう。持ち場に戻れ」


 ユマが私たちのそっと割り込んで静かに一喝すると、自警団の女性たちは名残惜しそうにしながらも私に頭を何度も下げ、興奮冷めやらぬ様子で広場を出て行く。

 やれやれ、嵐がようやく去った感じだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る