第一章――④
侍女たちはユマが私をガツンと叱り飛ばしてくれるのだと、期待のまなざしを向けたが、彼が発したのはまったく真逆のことだった。
「どんな争いにも、絶対の正義も悪もない。だが、それが自分の大切な人に誇れる行いなのか、今一度鑑みろ。俺が言えるのはそれだけだ」
ふおおお! これだよ、これ!
ちょっと哲学的というか中立的に物事を捉えてるというか、そーゆー大人の余裕を感じさせるところがカッコイイんだよねぇ!
これで二十歳設定ってホント詐欺だよ!(誉め言葉)
侍女たちは暗に自分たちも責められる発言に晒され、興ざめ半分気まずさ半分で互いに顔を見合わせ、何事かボソボソとささやき合っていたが、ユマに一礼だけしてそそくさと去って行った。
一言くらい謝れとは思うが、私が最初に折れていれば彼女たちがあそこまでヒートアップしなかっただろうから、こちらに非がないとは言えない。
ユマの言う通り、どんな争いごとにも、絶対の正義も悪もない。
被害者と加害者の境目は紙一重だ。
「……あんた、あれでよかったのか?」
服についた草と土を払って立ち上がる私に、ユマが静かに問う。
あれとは、侍女たちが謝罪もなく消えたことだろう。腹立たしいのは事実だが、それはもう自分の中で納得済みのことだ。
「はい。私も言葉が過ぎましたので、彼女たちが腹を立てたのも当然のことです。謝罪を受け取れる立場ではありません」
「そうか。では、仕事に戻ってくれ」
「お口添えに感謝します。それでは、失礼します」
ペコリと頭を下げ、別の場所で草むしり作業に戻る。
はあぁぁ……やっぱりユマは最高だなぁ……!
誰もいない庭の隅っこで、推し萌えに悶えて震える。傍から見たら病気の発作に間違われそうだが、その辺に誰もいないことを確認済みなので無問題だ。抜かりはない。
ゲーム中のユマもヒロインを聖女だからといって決して特別扱いせず、時に厳しく時に優しく、彼女を一人前の聖女に導いてくれるのだ。
普通ならヒロインの教師役って攻略対象になりがちだけど、女神の使徒であるユマには『色恋禁止の制約が課せられている』という設定がある。
移植版ではその
“禁断の恋”の行方がどうなるか、同じユマ信奉者たちとチャットや掲示板で何度も熱く語り合ったものだ。
……ん、恋? あの性悪聖女(個人的主観)とユマが?
いやあああ! む、無理無理無理無理!
そんな現実受け入れられない! 想像だってしたくない!
どんな手段を使ってでも二人の仲を引き裂きたい衝動に駆られるが、下手を打てば死刑になりかねないし、ユマがもし本気で彼女が好きなら応援するのがファンの務めだし、なによりあの性悪と同次元に成り下がるのは死ぬよりつらい。
一介の侍女でしかない私には、移植版の仕様でないことを祈るしかできないようだ。
「はあぁぁぁぁぁ……」
十年分の幸せが逃げそうなため息をつき、私はこれ以上何も考えまいと、ボーボーに生えている雑草を抜いて抜いて抜きまくった。
……一部抜きすぎて、顔見知りの上司の頭頂部みたいな不毛の大地にしてしまったので、慌てて移植したのは侍女長には内緒だ。
*****
ひょんなことからユマと出会って言葉を交わして、早数日。
幸運なことにアリサと関わることはなく、時々同僚の陰口や上司に嫌味を聞くくらいで、仕事は忙しいが比較的平穏な日々が続いていた。
あの侍女たちとの土下座騒動だが、咎められることも噂が広まることもなかったようで、ユマがうまい具合に処理してくれたのだろう。
大感謝だ。好感度爆上がりである。ユマにとっては嬉しくもなんともないだろうけど。
その間、私は仕事の合間にここの世界情勢の情報収集……という名の盗み聞きをしたところ、私がハティに憑依する前日に魔王が有する四天王の二人目を封印し、今は英気を養う休暇期間だという。
ゲームでいえばちょうど中盤に差しかかる地点だ。
アリサは私(ハティ)からすればとんだ悪女だが、聖女としての務めはきちんと果たしており、仲間内だけでなく巷でも英雄視されているらしい。
噂では市井の間で非公式のファンクラブが結成されており、会員数は四桁に上るという。
てかファンクラブって。
お相撲さん体型の聖女様がアイドルのように扱われることに違和感はあるけど……新手のキモ可愛系ゆるキャラだと思えば、まあアリかな?
三十路喪女がこんなこと言う資格ないのは重々承知の上だ。それでも一言物申したい気持ちも分かってもらえると信じている。
しっかし、私はこの事実をどう捉えればいいんだ?
このままアリサが頑張って魔王を封印すれば、無事にこの世界は救われるだろう。
ひょっとしたら聖女としてのプレッシャーやらストレスのはけ口として、質の悪い弱いものいじめに走っているのかもしれないが、その間中ずっと私はいびられ続けるのかと思うと気が滅入る。
かといって私が抜けてしまえば、おそらく別の誰かが標的になる。自己犠牲なんてガラじゃないけど、他人を生贄にしてまで保身に走るほどの気概はない。繰り返すが私は小心者なのだ。
だったらせめて、世界が救われるまでこの平穏が続くことを祈るばかりだ……と甘いことを考えていたが、もちろんそうは問屋は降ろさない。
せっせと廊下の窓ふきをしていたところで、唐突にアリサの部屋に呼び出された――というか、聖女様の命を受けた侍女たちに同意もなく拉致された。
儚い平穏だった。無念。
ひときわ豪奢な造りのドアの前に立たされ、私はとてつもない嫌な予感で根が生えたように動けなくなっていた。
これからどんな冤罪を吹っかけられるのか、想像しただけで胸がムカムカする。
今すぐこの場で泡吹いて失神して約束をブッチしたいが、私の図太い神経はそれを許してくれない。
いっそ私をここまで連行してきた侍女たちが、問答無用で放り込んでくれれば気が楽なのに、後ろで「さっさと入れや、ボケ」と言わんばかりにガンを飛ばしてくるだけ。
回れ右してもいいですか? ダメですよね。てか、無理ですよね?
ええい、もうどうにでもなれ! 背後に控えるヤクザもどきたちの視線を受けながら、やけくそ気味に心の中で叫び、意を決してドアをノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
不快深呼吸をしてから入室すると、そこはスイーツパラダイスだった。
段重ねのデコレーションケーキ、カラフルなマカロンタワー、瑞々しい果実がたっぷりのフルーツタルト、生クリームたっぷりのロールケーキ、クッキーやスコーンなど焼き菓子の盛り合わせ……どれも甘くておいしそうな匂いを漂わせている。
でも、そんな豪華絢爛なスイーツたちが所狭しと並ぶテーブルには、アリサ一人しかいない。
椅子もティーカップも彼女の対面に一つ置かれているだけで、来客は私一人だけと推測される。
この状況が意味するところはなんだ? どんな罠が仕掛けられてる?
「ふふ。今日のゲストはあなたよ。どうぞおかけになって」
ゲスト? 侍女の私が?
きょとんとする私に、アリサは物憂げな顔で羽扇をいじりながら説明する。
「私、あなたがどうして私に冷たいのか、馬鹿なりに考えたの。そしたら、お互いのことを何も知らないんだなって気づいて……だから今日は、親睦を深めようと思ってお茶会を企画したの。迷惑かもしれないけど、少しだけ私のわがままにお付き合いしてくれないかしら?」
親睦を深めるだぁ? こっちとらそんな気はさらさらねぇっつーの。
アリサの意図はまだよく分からないが、これまでの経験上言葉を額面通りに受け取るのは危険だと判断する。
どんな冤罪を用意してるやら未知数だ。
なので、「お断りします!」とバッサリ斬り捨てて回れ右できたらよかったんだけど、後ろに控えている侍女たち(先日の人たちとも、連行してきた人たちとも別)がものすごい圧をかけてくる。
それに……こんなにおいしそうなスイーツたちを前にして、一口も食べずに回れ右できる女子がいるだろうか!(反語)
「……かしこまりました。アリサ様のお望みのままに」
「ああ、よかった! さあさあ、座って。どれでも好きなものを選んでね」
スイーツにほだされる三十路女……我ながらなんとも哀れだが、仕方ないじゃないか。ここで出てくる食事って、量も少なければ内容も質素で全然お腹いっぱいにならないし、スイーツなんてまずお目にかかれない。
この誘惑に勝てる猛者がいたら、お目にかかりたいものだ。
アリサに促されるまま席につき、お言葉に甘えて宝石盛り合わせみたいにキラキラ輝くフルーツタルトを所望したのだが、急に彼女の顔が曇ってしまう。
「そう……おいしいものね、フルーツタルトは。私も好きよ。でも、できればこのクッキーを食べてほしかったわ。私があなたのためだけに焼いたものだったんだけど、やっぱり見てくれが悪いと食欲が湧かないわよね。そう、私と同じ……醜いものは排除される運命……ううっ……!」
「ああ、アリサ様!」
羽扇を取り落とし嘘泣きするアリサに、侍女たちが慌てて駆け寄る。
なんとも言えないデジャブだ。
てか、そういうことは早く言えよ!
こっちとら三十路だ。社会人として十二年間も『大人の都合』っていうモンに振り回されてきてんだよ。
気分だけで行動する女子高生じゃないんだから、クッソ大嫌いな奴が相手でもそれくらいの空気は読むわ、ボケ!
「……失礼しました。気が利かず申し訳ありません。では、そのクッキーを」
「いいの。無理しないで。よく考えたら、あなたのことを知るためのお茶会なのに、私の都合を押し付けてはダメね。はぁ、私ったらなんて未熟なのかしら。これでは聖女失格ね……」
アリサは目を伏せ頬に手を当てながら、小さなため息をつく。
美少女がやればさぞ絵になるだろう仕草ではあるが、造作のよろしくないお相撲さん女子高生では……いや、皆まで言うまい。
外見も人格も大したことがない私が、偉そうな口が叩けるご身分ではない。
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