第一章――③
反省などカケラもしないまま、三日間を懲罰房で過ごした。
てか、反省することなんか何もないし、やってたことと言えば今後の参考にするために『聖魔の天秤』のイベントを掘り起こしてたことくらい。
モブもなにかと巻き込まれる世の中だし、用心に越したことはないからね。
まあ、イベント通りに現実が進むとは限らないけど。
それにしても……うーん、シャバの空気はうまいぜ!
日の当たる中庭の雑草をむしる手を止め、ぐっと伸びをした。
おっと、前置きがなくて失礼。お仕事の復帰第一戦は、庭の雑草むしりでございます。もちろん手動です。
毎日ダラダラと食っちゃ寝の生活をしていたので、すっかり体が鈍っている。
休日はほぼ完全なる引きこもりの私だが、家事はするし買い物も行くし、ちょっとは体を動かしている。
その反面この三日といえば、狭くて薄暗い部屋に閉じ込められれっぱなし。食事も一日二回しなびたサンドイッチが出てくるだけで、食べる楽しみすらない。根っからのインドア派とはいえ、さすがに鬱々とした気分になった。
ムショから出てきたヤクザみたいな感想を漏らすのも、無理ないと思って欲しい。
あー……でも、草むしりって腰にくるわぁ。
ただでさえ硬いベッドのせいで全身バッキバキだっていうのに、この中腰体勢は結構負担かかる。
ファンタジー世界だし、風魔法でズババッと刈って、火魔法で燃やしてしまいたいところだが、モブは基本魔法が使えない。転生じゃないからチートじゃないらしい。
……ああ、電動芝刈り機が欲しい。
などと内心文句を垂れ流しながら、たぎる恨みを雑草にぶつけてザシュザシュ景気よく引き抜いていると、きれいにカットされたトピアリーの影から、癇に障るせせら笑う声が聞こえてきた。
視線だけ向けると、私と同じ服を着たザ・モブといった風体の侍女たちがいた。
モブの分際で小馬鹿にした様子でモブの私を眺め、聞えよがしに陰口を叩く。
「ちょっとぉ、見て見て。雑草女が雑草を抜いてるわ」
「まあ。仲間を刈り取るなんて、なんて無慈悲な女なの?」
「ホントよねぇ。あんな悪女をいつまで置いておくつもりなのかしら」
「ここだけの話、実家の身分を笠に着て、辞めさせないよう侍女長に圧力をかけてるって噂よ」
「やだぁ。権力振りかざすなんて最悪じゃない。雑草女のくせに生意気ぃ」
内容が低俗過ぎて怒るどころか、逆に貧相な語彙力しかない脳みそに同情が湧くレベルだ。勤め先の正社OLたちの方が、もっと精神を抉る悪口を並べてくるぞ。真似しなくていいけど。
学生時代も根暗なオタク女子として陰に日向にリア充どもにディスられていたから、それなりに精神的苦痛に対する耐性はあるし、経験上こういうのは反応を見せると逆につけあがるのも知っている。
こういうのは無視だ、無視。
陰口で盛り上がる彼女たちを華麗にスルーして、ブチブチと無心に雑草を抜いていると、風上からどこかでかいだ異臭が漂ってきた。
「……みんな、たとえ私のためであっても、誰かを悪く言うなんてダメよ。心が穢れてしまうわ。私のせいでみんなのきれいな心が汚れてしまうなんて、とても耐えられないもの」
出た! アリサ!
まるで狙ったようなタイミングで出てきたけど、まさかこの侍女たちもあんたが仕込んだんじゃないでしょうね?
さりげなく前髪の隙間から睨んでやるが、自分に酔っているのか気づかない様子でとうとうと台詞を並べる。
「それに、この人は何も悪くないわ。こんなブスが聖女に選ばれて、憎まない女の人はいなもの。仕方ないことなの。でも、いつか私が世界を救えば、彼女だって分かってくれると信じてるわ。だから、あなたたちもつまらない悪口はやめて。ね?」
羽扇で半分顔を隠しつつ、精一杯けなげさアピールするアリサ。
私からしたら芝居臭さが半端ないんだけど、そのご高説に侍女たちは感涙がにじむ目で彼女を見つめ、口々にほめそやした。
「さ、さすが聖女様でございます! なんと清く正しいお心なのでしょう!」
「己の矮小さに恥じ入るばかりですわ!」
「ありがたきお言葉に、いたく感動いたしました! 私、アリサ様に一生懸命お仕えしますわ!」
「ありがとう、みんな。そう言ってくれるだけで私は頑張れるわ」
「ああ、アリサ様ぁ……!」
おおお……なんなんだ、この陳腐な寸劇は。
開いた口が塞がらないというか、呆れてものも言えないとはまさにこのこと。
幼稚園のお遊戯かよ。付き合ってられん。
白けた私は草むしりの場所を変えようと立ち上がった。が、
「ちょっと、雑草女! アリサ様がこうもおっしゃってくださってるのに、黙って逃げるつもり?」
アリサ様のありがたいお言葉に感涙していた侍女の一人から、きつい声で呼び止められた。
え、私もこのクソな寸劇に参加しろと? 冗談じゃねぇっつーの。
けど、ここで波風を立てるとあとから面倒なことになりそうだし、ひとまず取り繕っておくか。
「……逃げるつもりはありませんでしたが、アリサ様のお言葉があまりにありがたく、また矮小な己を恥じて、合わせる顔がないような気がしてならなかったのです。誤解させるような態度をとってしまい、申し訳ありません」
「ふん。しおらしい顔してるけど、私たちの二番煎じばっかり並べてるだけじゃない。ちっとも反省なんかしてないんでしょう?」
「口では何とでもいえるわ。きっちり態度で示してもらわないと」
そう文句を並べ立てた彼女たちは、息の合った仕草でくいっと親指で地面を指さす。これも仕込みか?
ん? え、地獄へ落ちろってこと? 仮にも女子がそんな下品なサインを使うもんじゃありません……というわけではなく、もしかしなくても土下座しろってことか。
アリサはいじらしく「もういいの」とか「ひどいことはしないで」とか口では言っているが、目では明らかに「さっさと土下座しろや、クソ女」と脅してくる。
目は口ほどに物を言うとは、まさにこのことだ。
ああもう。それこそ冗談じゃない。もう今度こそ付き合ってられん。
仕事が終わらなかったら、サボったと勘違いされてまたあのお局侍女(あんな奴に敬称はいらん)に怒られるじゃないか。
毅然とした態度でお断りしなければ。
「態度で示せと言われるのでしたら、私は私の本分である侍女の役割をまっとうすることで、誠意と忠誠をお示しすることにします。では、アリサ様。まだ仕事が残っておりますので、御前を失礼します」
もっともらしい理由で土下座を拒否した私に、アリサはわずかに片眉を吊り上げたが、ここで私を深追いすればボロが出ると思ったのか、それ以上は何も言わなかった。
しかし、従順な取り巻きと化した侍女たちは納得しなかったらしく、去ろうとする私の肩を掴んで引き留め、地面に組み伏せ、無理矢理土下座フォームへと持ち込もうとする。
「ちょ……いだっ! やめなさいよ!」
「いいから謝れ! 謝れよ、雑草!」
「あんたのせいでアリサ様がどれだけ傷ついたと思ってるの!?」
「聖女様に対する不敬を働いたんだから、本当は命を差し出して償っても償い切れないっていうのに、土下座で済ませてやろうって言ってんのよ!」
全部冤罪なんだから、謝る必要ゼロだっての!
つーか、お前らの方がよっぽど無礼だ! こっちが土下座を要求したいくらいだわ!
てか、ここで嘘でも非を認めて土下座してしまっては、私(ハティ)は完全に悪役の烙印を押されてしまう。
でも、逆らえば本当に不敬罪に問われて処刑ということもありえるし……どっちを選んでもいいことなんかありゃしない! もう、どうすりゃいいのよ!
「ああ……みんな、もうやめて! 暴力はよくないわ! 私はそんなことしてほしくないの! お願いだからやめてちょうだい!」
涙ながらに止める声を出しながらも、アリサは一歩も動かない。
両手で顔を覆って、子供のようにイヤイヤと首を振るだけ。
どうせ泣いてるように見えても噓泣きで、心の中では満面の笑みで手を叩いて「土・下・座! 土・下・座!」と、楽しげにコールをしてるんだろう。
ふざけるな。こんな奴に下げる頭はない。
三十路の意地と人間としての尊厳をかけ、力いっぱい頭を押さえ付けてくる侍女たちに抵抗するべく、手足をばたつかせて暴れてやる。
「誰がやるかっつーの!」
「くそっ、いいからおとなしく――!」
「……そこで何をしている」
必死の攻防を繰り広げていると、低い男の人の声が響いた。こ、この声は……!
オロオロと私から遠ざかる侍女たちの拘束から解き放たれ、自由になった頭を上げると、そこには戦国時代の軍師のような陣羽織風のベストを身にまとった、私の大大大推しキャラ――ユマがいた。
女神から聖女の教育係という役割を与えられた、無表情で朴訥とした性格のサブキャラだったが、ストイックな生き様と不意打ち笑顔が私を含めた一部女子から絶大な人気を集め、移植版で攻略対象に格上げされたのだ。
うわああ、本物のユマだ! 二次元もいいけどリアルはもっといい!
こっそり推しと対面した感動に打ち震える私をよそに、アリサはほっとした顔でユマに駆け寄り、しな垂れかかるように体を寄せた。
おいいい! 臭ぇ体をユマにくっ付けるんじゃねぇぇ!
私の大大大推しが穢れるだろぉぉぉ!
という血のにじむような魂の叫びは、すんでで飲み込んだ。
伊達に長年社会人やってませんよ。派遣だけど。
「ユマ! よかった、助けて」
私が激情を押し殺している中、アリサが弱々しい態度で(自分の都合のいいように捻じ曲げた)事情を話すと、ユマはひとつうなずいた。
「分かった。あとは俺に任せて、アリサは部屋に戻っていろ」
「ええ。でも、あまり叱らないであげて」
「善処しよう」
短いやり取りを終え、アリサは後ろ髪を引かれるような仕草で立ち去った。
が、一瞬目が合った時、憎々しげな光が宿っていたのを私は見逃さなかった。もうちょっとそういうのは隠した方がいいぞ。ま、それが若さってもんですが。
「あんたたち」
アリサを見送ったユマが、無表情に私と侍女たちに向き直る。
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