「私」という私(5)

「係長、お昼買ってきましたよ」

「……ありがと」

 月末の肩書付きは自分の業務にプラスして管理業務のまとめや上司のフォローと、文字通りてんてこ舞いになる。

 普段なら外回りの用事がなければ誘い合って蕎麦屋なり定食屋なりに行くけども、この時期はそうはいかない。

 書類を机上いっぱいに広げ、足元のごみ箱にドリンク剤の空き瓶を転がす俺を見かね、自分の昼飯の調達ついでに俺の分も買ってくれた部下が渡す弁当を、書類から目を離さずに受け取った。

 パソコン用の眼鏡をはずして、疲れにかすむ目をしょぼつかせながら割り箸を割り、弁当の蓋を開けたら旨そうないい匂いがした。

 どうやら酢豚らしい。甘酢の匂いが弱り切っている胃をむずむずと刺激する。

 一口二口とタレの絡んでいる肉を口に放り込むと、どうやら唐揚げにされた豚の塊肉ではなく、皮目がカリッと焼き上げられた鶏肉のようだ。

 ―――旨い。

 はっきり言って疲れている胃に揚げ物はつらい。半ば胃もたれ覚悟で口をつけたけど、鶏肉のソテーはさっぱりしている。甘酢もくどくなくさわやかな甘さで、肉以外のピーマンやそのほかの野菜も食べ応えがあって、うまいの一言だった。

 半分に仕切られた弁当の片側も普通の白飯かと思ってほおばってみれば、シャリップチッと噛み応えがある。

 目をこすってよく見てみたら、いわゆるべちゃっとした弁当飯ではなく、粒立ちもよく炊きあげられたご飯に、白ごまと細かく刻まれた大葉が混ぜ込まれていて、さわやかで食べていて楽しくなるような弁当だった。

 久しぶりに箸がすすむ食事にウキウキしながら平らげていたら、大慌てですっ飛んできた部下が俺に頭を下げた。

「係長すいません! オレ、間違えました」

「は? 間違えたって、何を?」

 必死に言い募る部下の視線の先には、ほとんど空になっている俺の弁当がある。

「だって係長、カボチャ駄目でしたよね。カボチャ抜きで作ってもらったやつと普通の、渡し間違えてっ……て」

 確かに、よくよく見れば酢豚の野菜の中にカボチャのグリルが存在感もあらわにごろりと入っている。

 部下の手にした弁当にはカボチャのカの字もない。

「カボチャ、食べれたんですね」

 びっくりしている部下の前でぱたりと箸をおき、俺は席を立った。

「なぁ……その弁当屋、どこだ?」


 目を白黒させる部下から聞き出した弁当屋の場所は、職場から少し行ったところにあるブックセンターの近くだった。

 昔は定食屋だったのが、今じゃお婆さん一人で弁当をこさえてオフィス街の人間相手に昼食専門で売っているらしい。

 駆け足で店まで向かい、ちょうど店じまいの支度をしているところだったお婆さんを捕まえて、ゼイゼイと上がる息のまま俺は尋ねた。

「これっ」

 握り締めている弁当のレシートを、俺の剣幕にびっくりしているお婆さんに見せる。

「これを作った人に会わせてもらえませんか」

 今まで俺が食べることが出来たカボチャ料理は唯子のものしかない。

 ならば「この弁当を作ったのは唯子じゃないか」という俺の推測は当たっていた。

 弁当を調理していたのはやっぱり唯子だった。

 唯子は足を怪我して調理場に立てなくなったお婆さんの代わりに短期アルバイトとして雇われたそうで、今は公園に昼ご飯を食べに行って不在だという。

 俺はお婆さんを驚かせたお詫びとして売れ残っていた焼き鮭弁当を売ってもらい、その弁当を片手に公園に足を向けた。

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