「私」という私(1)
あまねはいつも何かと戦っていた気がする。
いつもは飄々としているのに、ふとした瞬間、見えない影に敵意をむき出しにしていた。
例えば、あまねは家事ができなかった。
単純な「下手」や「苦手」とは違う。
子供でも出来るような「電子レンジで飯を温める」とか「エアコンを好みの温度設定にする」とか、そんな初歩的なことを知らなかった。
洗濯もセーターとワイシャツを同じ洗濯コースで一緒に洗う始末で、唯一任せることができたのは掃除機をかけることくらいだった。
あまねでも家電製品を安全に使えるように取扱い説明を本体に貼ったり、押すべきところを押すべき順番通りに番号を貼ったのは、二人で考え出した自衛策だ。
そんな家事下手のくせにあまねがやりたがったのは、よりによって「料理」だった。
手料理と言っても、作るまでの手間や作りすぎなどのロスでコストはプラマイゼロだと考えれば、外食や購入食も悪くはない。
俺がそう説得しても、あまねはとにかく料理ができるようになりたいと言い張った。
とは言いながら、俺よりも包丁の扱いが危ういあまねに一人で火をつかったり、料理の練習なんてさせられるわけがない。
だから「二人で一緒に味噌汁を作る練習」から始めることにした。
俺だって料理なんてしたことはない。そんなスキルのない者同士で台所に立ち、味噌と乾燥わかめと片手鍋を囲んでああでもないこうでもないと頭をひねってようやく味噌汁をこさえた。
出来上がったのはカンカンに煮えた湯に生臭いわかめが浮かび、遠くに味噌の香がかすかに残る、味噌汁と言うのもはばかられる汁だ。
とても飲めたもんじゃない出来栄えの、お椀になみなみと注がれたそれを口にした途端、俺はふっと笑った。
一生懸命二人がかりでこさえた初めての出来上がりがこれで、これから二人の味を作っていくんだと、先が楽しみだったのだ。
あまねと目が合ったら大爆笑に違いない。
いつものように吹き出して「やっちゃった」なんて、頭を掻くだろう。
そう思って顔を上げたら、あまねは口をへの字にして立ち上がり、お椀の中身を流しにぶちまけていた。
「こんな味じゃない、こんなのだめっ」
俺の分まで流しに捨てようとする手を取って引き寄せると、かぶりを振りながら必死な目で俺を見上げてくる。
「こんなのが飲ませたかったんじゃないの、私はもっとちゃんとできるはずなのにっ」
いつも朗らかで誰も責めることのない女が、自分をしたたかに責めていた。
それを見て腑に落ちた。
―――あまねが戦っていたのは、他でもない「自分自身」だったんだ。
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