「あまね」という女(3)
おばあちゃん、実家に帰ってきました。
私は、あまねさんの
好平さんと私は
あたまがおかしくなりそうです。
あの後、なんとか苦いコーヒーを飲み終えた私は、トランクを引きながら駅前広場を抜けていくことにしました。
通勤時間を過ぎて人通りが少ない広場に、トランクの車輪音がガラゴロと響きます。
駅の入り口に向かって半円状になっている駅前広場には何個かベンチもあって、バスを待ったり近くの商店が開くのを待つ人が腰掛けたりする姿もありました。
その一つのベンチの前を通り過ぎようとしたときに、手に白い杖をもちサングラスをかけたおばあさんが突然立ち上がって「ヤッコチャーン!!」と叫びだしました。
それだけならまだしも、おばあさんは「早く来てっ、ヤッコチャーン!」と叫び続けながら私にしがみついてきたんです。
あまりのことに心臓が飛び出るくらいびっくりしましたが、白い杖を持つ人は視覚障害のある方だということをとっさに思い出して身動きできませんでした。
周りの人目を気にしながら叫び続けるおばあさんとおしくらまんじゅうをしていたら、通りの向こうから介護施設の名前の入ったジャンパーを着た女性が飛んできました。
「見つけた、この人よ! 間違いないわ! 生きてた! 生きてた!!」
「マスさんっ、本当にこの方なのね?!」
「絶対よ、この鈴、このトランク、この足音」
焦りながら問いかける女性に、おばあさんが私のトランクと足元を指さしました。
「私を助けてくださった方に間違いないわ! よかったあ」
おばあさんは私の手をさすりながら泣き崩れてしまいました。
時間をおいておばあさんが落ち着くのを待って、私はお二人に詳しくお話を伺うことができました。
おばあさんはこの駅前のデイサービスに、隣駅から電車で通ってきているそうです。
そして昨年の年末、いつものように帰りの電車に乗るべくエレベーターでホームに上がろうとしたのですが、運悪く機械点検中でした。
その為、いつも使わない階段でホームに向かわざるを得なかったのです。
「視覚障害のある方が普段と違う道順で行くと、方向感覚が狂うことがあるんですよ」
介護施設の職員さんだという女性が解説してくれます。
言うまでもなく、駅のホーム上で方向感覚が狂うなんてとても危険なことです。
行く先を見失ったおばあさんは電車が入線するアナウンスを耳にして、安全なホームの内側に急ごうとしました。
しかし、その行く先はまさしくホームの端、線路の方向だったのです。
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