「夫婦」という関係(5)

 6月2日 


 おばあちゃん、訳が分かりません。

 好平さんには愛している人がいます。

 それは私ではありません。

 なんで、どうして私と結婚しているんでしょう? 

 

 きっかけは一冊の手帳でした。

 いつものように北の部屋でクローゼットの奥の段ボール箱に入ったアルバムを見ていた時です。入っていた写真はあらかた見てしまったのでアルバムをしまいなおしていたら、奥にも同じような箱があるのが見えました。

 まだ見ていないアルバムがあるのかと思って引っぱり出してみたら、思いのほか軽かった段ボール箱の中身は女物の衣類や歯ブラシやコップといった雑貨でした。

 そして、いつも好平さんが使うのと同じ手帳も入っていました。

 黒い手帳の表紙に金の箔押しで、去年の年号が入っています。

 跳ねるような胸騒ぎを押し殺し、好平さんが帰ってくる時間ではないことを確認してから手帳を開きました。

 前の方のカレンダーにはお仕事のスケジュールや家族の集まり、旅行先の情報がいつもの固い筆跡でちらほらと書かれていますが、後ろの方のフリースペースのページは9月ごろから書き込みが増えています。

 それを辿ると、どうやら十五夜の夜に出会った女性に好平さんは恋心を抱いたようです。

 10月の十三夜に再会して好平さんが女性に告白し、両想いになったことが弾むような文字で書かれています。

 「あまね」という名前の女性が頻出し、そこからデートを重ねて、11月にそのあまねさんがこの部屋に住みはじめます―――。

 そこまで読んで、いったん手帳を閉じました。

 好平さんは34歳の大人の男性です。

 今までお付き合いした人だって何人いてもおかしくありません。

 だから、この部屋に女性が来ていたっておかしくないのです。

 私は深呼吸を繰り返して、改めて手帳を開きました。


 『あまねと寝た』


 手帳をパチンと閉じました。

 言葉の意味は分かります。

 重ねて言いますが、好平さんは34歳の大人の男性です。

 今までお付き合いした人が何人いてもおかしくありません。

 だから、この部屋に女性が来ていたっておかしくないし、そういう関係を持っていてもおかしくないのです。

 心臓が壊れそうでしたが、それでも、ぎゅっと歯を食いしばって手帳を開きました。

 好平さんの甘い書き込みはまだ続きます。

 あまねさんは家事ができない方のようですが、好平さんはそれすらも愛おしいと思っている様子です。二人で日々の家事のあれこれを分け合ったりして、工夫を重ねて楽しく暮らしている様子が事細かに書いてあります。

 12月に入って、好平さんはあまねさんとの将来を考えだします。

 家族構成も過去も何もわからないあまねさんを、それでもあきらめきれないという熱い思いがつづられていて、とうとうクリスマスの夜、意を決してあまねさんにプロポーズをしました。婚約指輪を渡して家族に紹介したいと言った好平さんに、あまねさんは「待って」と言ったようです。

 何かを強く思い悩んでいる様子のあまねさんは、12月の末に「少し考えてくる」と、置手紙を残して姿を消しました。

 その先どうなったのかはわかりません。

 何枚かページが破り取られた痕跡があって、真っ白なページが残るばかりです。


 気が付いたら北の部屋はすっかり夕焼けの橙色の光に照らされていました。

 慌てて段ボール箱を片付けて手帳を私の部屋に隠しました。

 リビングに戻ってみれば、ダイニングテーブルにも、ソファにも、家じゅうのそこかしこにあまねさんが居たのだと思って、胸が苦しくなりました。

 そして、今、すべてに見なかった振りをして帰宅した好平さんに接しています。

 何も知らないはずの好平さんはそれでも私の態度に不審を感じたのか、いつものように夕飯の片付け中にくっついてきて「何かあった?」と尋ねてきました。

 私は「少し頭が痛くって」と返して、早々に部屋に帰りました。


 頭が痛いのは本当です。

 もうどうしたらいいかわかりません。

 でも、今の好平さんと私の関係がおかしいのだけはわかります。

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