第4話

 ゴルドがエリオットへと投げてよこしたのは一振りの剣――ついさっきまでハルカが対話していたアマリリスであった。

 アマリリスがエリオットの手に渡ることは、別段おかしな話ではない。

 どのような形であれ、彼は先代より当主の座を継いだのだから。そしてアマリリスは当主としての証。よってエリオットの手に宝剣アマリリスが渡るのは至極当然の流れなのだ。


 しかし、ハルカの目には異なった光景として映し出される。

 先程まで泣き喚いていたエリオットだが、宝剣を手にした途端すぐに歪んだ笑みを浮かべた。

 片や通常の打刀、片や属性付与武器エンチャントアーム……武器の性能面で比較すればどちらが有利かなど一目瞭然だ。

 だが、そんなエリオットとは対照的に、彼の右手の延長にある宝剣……アマリリスは今にも泣きそうな顔でハルカを見ていた。



『ハ、ハルカ……!』

「アマリリス! おい彼女は関係ないだろう! この場に持ってくるのはいささか無粋じゃないか?」

「まーた、お得意の幻覚? ……前々から鬱陶しいと思ってたんだよ、剣に向かってべらべら話しかけるなんて不気味で気持ち悪いったらありゃしない!」



 語るまでもなく彼女の姿を認識できるのは、この場においてはハルカのみ。

 アマリリスと刃を交えるという事実に狼狽するハルカに、エリオットの下品な笑い声が浴びせられた。



「まぁ、どの道この宝剣さえあればお前なんかすぐに殺せる。忘れたわけじゃないよね? 属性付与武器エンチャントアームを持った人間は魔法が仕えるってことをさぁ!」

「エリオット、お前……!」

 属性付与武器エンチャントアームの所持者は、自らの精神力と同調シンクロすることでその武器に付与された属性ちからを行使することが可能となる。



 その力は、かつて存在していた伝説の種族――魔法使いに倣って、魔法と呼ばれる。


――アマリリスの力は、確か雷だったはず……。

――四大元素以外の属性は扱いにくいものが多い反面、使いこなせれば非常に厄介な武器になる。

――でも、こいつにアマリリスを使いこなせるのか?

――う~ん……どう考えてもエリオットが魔法を行使するイメージができない……。

――だいたい、アマリリスがめっちゃ嫌そうな顔してるし。


 声も姿も認識できるハルカだからこそ、1つの確信が彼の胸中にはあった。

 エリオットはきっと、アマリリスを使いこなせないという、絶対的な自信。

 従ってハルカはエリオットへと肉薄する。如何に強大な力でも制御できなければ意味などない。属性付与武器エンチャントアームも単なる剣と化した現在いま、両者の力量は以前ハルカが優位に立った。



「――、クソッ! なんでだよ、なんでこいついうこと聞かないんだよ!」

『ハルカは、傷付けさせません! 絶対に……私が守ります!』

「えぇいエリオットよ! 早くそいつを殺らぬか!」

「で、でもパパッ!? くっ……なんなんだよこれ、どいつもこいつも使えないクズばっかりだな!」

『きゃっ!』

「――――」



 斬――とそれはエリオットの左腕より奏でられた。

 誰もが音の発生源を目で追って、程なくして従者の内数名がヒッと短いを悲鳴をあげると共にその顔を青くする。彼らの顔からそろって血の気がさぁっと引くのも無理はない。

 何故ならエリオットの左腕は、ハルカの打刀によって両断されたのだから。

 縦一文字……寸分の狂いもなく正確無比な太刀筋には、同等に無慈悲でもある。

 ハルカの太刀筋には明確な殺意が宿っていた。



「ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ! ぼぼぼ、僕の腕がぁぁぁぁぁぁっ!」

「エ、エリオットォ!」

「動くなっ!」

「ひぃっ!」

「くっ……ハルカ。貴様はァ……!」

「少しでもそこから動いてみろ。こいつの首が飛ぶぜ?」



 ゴルドよりも一瞬早く、ハルカはエリオットの喉元へ切先を突き付けた。

 かつてとはいえ、実の弟を人質に取るこのハルカの行動は全員に緊張感を抱かせる。

 この時既にエリオットに戦意はなく、失った左腕を呆然と見つめるばかり。ハルカの視線が己から外れているのに反撃しないのは、この少年にとって左腕の損失による衝撃の方が大きかった。


 一方でゴルドも、ハルカを前に攻めあぐねていた。

 仮に従者にハルカを取り押さえるよう命じても、素直に従わない可能性をゴルドはどうしても無視できなかった。エリオットに対する不評はゴルドも知らなかったわけではない、しかし所詮は従者の戯言として本気にしていなかった。その怠慢が今日、このような形で不幸をゴルドへもたらしたのである。



「どうだクソ親父。これがアンタが選んだ後継者の末路だ。元々俺、家督を継ぐ気なんかなかったけど、これじゃあファムランテ家の未来ももう見えたも同然だな」

「だ、黙れ黙れ! 貴様如きか……貴様のような出来損ない風情が!」

「――、さっきから出来損ないだのどうだのいってるけど、悪いけど俺エリオットよりできる方だと思うぜ?」



 いってハルカは地に座り込むアマリリスの手を取る。

 金属の塊とは思えない、女性特有のとても柔らかくて温かな温もりにドキマギしながらもハルカはアマリリスにそっと笑みを浮かべる。

 その笑みにしばし目をぱちくりとさせたアマリリスも、にこりと優しい笑みをハルカに返した。

 どうやら意図が伝わってくれたらしい……ハルカは安堵の息をホッともらした。



「アマリリス、悪いけど今回だけ。今回だけ軽~く頼むわ」

『……えぇ、わかりましたハルカ――いいえ、私のご主人様マスター

「――、雷光剣」



 アマリリスの全身から赤い稲妻がほとばしる。

 己が力を惜しみなく開放したアマリリスの雷は、バチバチと激しく放電するだけで対象を破壊する。不幸にも高級な装飾品はすべて破片と化し、床には大きなクレーターが残された。

 ハルカがアマリリスと同調シンクロした――魔法の行使を前には従者達はもちろん、ゴルドやようやく我に返ったエリオットも驚愕の感情いろを顔に示している。



「おぉ! アマリリスから赤き雷が!」

「エリオット様では行使できなかったのに……」

「し、しかし何故……だってハルカ様は今まで一度も――」

「どちらにせよやはり当主はエリオット様ではなく、ハルカ様にするべきだったのだ……!」

「ぐっ……うぅぅっ!」

「どうだ親父……いや、ゴルド。俺と取引しないか?」

「取引だと!?」

「あぁ、俺が要求するのはアマリリスの身柄それだけだ。アマリリスを俺に渡せ、そうすればこいつの命は助ける」

「なっ……!」



――やっぱりあの時、アマリリスに言っておくべきだった。

――この家にいたら……いや、このバカ弟の手にあったら必ずアマリリスは壊れる!

――アマリリスを自由にするためには、俺がここから連れ出すしかない!



「さぁどうするんだゴルド! あんまり時間はないものと思っておけ」

「ぐぅ……!」



 ハルカの提示した取引は、とても承諾できるものではない。

 名家である証を失うのも同じであり、もしこれに承諾してしまえば地位はおろかこれまでに積み重ねてきた功績(れきし)は瞬く間に地の底へ失墜するだろう。

 ゴルドはプライドの高い男だ。それ故に地位や名声を手放すことを誰よりも怖れている。

 そうと知っているからこそ、ハルカは相手側に圧倒的不利となるこの条件を提示した。

 アマリリスを手渡さなければエリオットは確実に死ぬ。そしてこの事実をハルカがもし周囲にもらせば、その時は他の名家が我こそはとこぞってファムランテの地位を引きずり落とそうとする。故にどちらに転んでも有益なのはハルカだ。



「さぁどうする!? 答えを聞かせてもらおうか!」

「――、ならばこちらからも条件がある」

「条件?」

「……アマリリスは、くれてやる。ただし貴様はこのことを絶対に公言するな」

「――、いいね。交渉成立ってことで」



 奥歯を強く噛みしめるゴルドにハルカは不敵な笑みを返す。

 しかしこの時、ハルカの心境はゴルドへの意外性も感じてもいた。

 

――プライドが高いクソ親父がまさか応じるとはねぇ……。

――てっきり、そんな交渉するんだったら俺が殺してやるぐらいは覚悟してたけど。

――息子エリオットを取ったのは自分の保身か、それとも本当に親子愛か。

――まぁ、アマリリスをこいつらの手から離せられれば俺的にはいいんだけども。


 ハルカはアマリリスの方を見やる。



「アマリリス、なんか悪いな。勝手にぽんぽんと話進めちゃって。だけど……念のために確認しておきたい。お前は俺と一緒にきてくれるか?」

『……私という存在を見つけてくれたハルカが見つけてくれたあの日からずっと、私はあなたが仕手マスターとなってくれることを心より願っていました――私の答えは決まっています』

「……ありがとうな、アマリリス」



 アマリリスの優しい微笑みに、ハルカも笑みをもって返す。

 剣に向かって笑う姿はさぞ、周囲には不気味に映ったことだろう。

 もっとも当人に自身への評価など路傍の石に等しい。大切なのは己自身の在り方で、ハルカは自分だけがアマリリスを女性として認識することを心から満足していた。まるで彼女を独占しているかのようで、それがハルカの心を満たした。



「――、さってと。それじゃあ俺はもうそろそろ行くわ。みんなも色々大変だろうけど、元気でな。おーいエルトルージェ、いつまでそこでぼーっとしてるんだよ置いてくぞ」

「……はっ! お、お待ちくださいハルカ様!」



 皆に見守られる中、ハルカはエルトルージェとアマリリスと共に館を出た。

 一瞬だけ、ちらりと周囲を一瞥いちべつしたハルカが目にしたものは、従者達の悲痛な表情かおだった。彼らは声にしなかったものの、ハルカを見やるその目は切実に彼を引き留めていた。どうかここからいなくならないでほしい、と……それに気付けないほど、ハルカという少年も鈍感ではない。

 従者達の気持ちに理解を示したうえで、ハルカは静かに首を横に振った。


――悪いな皆。皆のこと考えると、俺が残った方がいいってのもわかる。

――だけど、アマリリスを見て俺にもやりたいことができたんだ。

――それを果たすためにも、俺はここにはいられない……!


 ひしひしと背中から突き刺さる暗く冷たく悲しみに暮れた視線を一身に受けて、ハルカはそっと逃げるように扉を閉じた。



「……さてと、これからの方針についてなんだけど」

「は、はい! 私はハルカ様が行くところが地獄だろうとずっとお供しますからご安心くださいね!」

『私も同じく。仕手マスターであるハルカのためにこの力惜しみなくお貸しします』

「ありがとうな2人とも。とりあえずいろんなところを旅するのが目的だから、基本的にゴールはない。だけどその中でどうしてもやっておきたいことがあるんだ」

「やっておきたいこと、ですか?」

「あぁ。これから先、きっと俺達は色んな属性付与武器エンチャントアームときっと出会うだろう。その属性付与武器エンチャントアームをできる限り助けたいんだ」



 ハルカのこの発言にエルトルージェが目を丸くした。

 属性付与武器エンチャントアームの保護……これは言い換えれば持ち主から強奪することを意味している。極めて希少で絶大的な力を仕手にもたらすほどの代物を、交渉で手放す可能性はまずないもとの見て相違あるまい。


 それならばどうする、如何にして保護するのか? ――言葉による説得で改善すればそれでよし。失敗に終われば強奪する以外に方法はない。

 ハルカのように属性付与武器エンチャントアームを人として視認できるという話は、未だかつて上がったことがない。つまりハルカがこれより行おうとしていることは、完全に究極のお節介であり、第三者には所有物を奪わんとする犯罪者に等しい。

 最悪、大罪人としての汚名を受け誹りを受ける可能性も十分にある。


 だからどうしたというのか……ハルカの心には一点の躊躇いもなかった。

 ハルカは自分だけが持つこの技能には、何か意味があるとずっと考えてきた。

 その答えを彼はようやく見出した――アマリリスのように不遇な対応を受けている属性付与武器エンチャントアーム一振ひとりでも多く救う。小さな親切が大きなお世話になろうとも、是が非でもやり遂げる。その覚悟と使命感にハルカは闘志を燃え上がらせた。



「――、というわけだから2人とも。きっとこの先俺は色々と面倒をかけると思う。それでも俺についてきてくれる?」

「愚問ですよハルカ様。私の答えは変わりません」

『隣に同じくです』

「……ありがとう。正直言ってそういってもらえると助かる――あ、それとさ。今日から俺はもうファムランテの人間じゃないし、性の方を変えようと思うんだ」

「性ですか?」

「うん。母さんの性を取って今日から俺の名前はハルカ・タチバナだ」



 新たな名と告げるに伴い、ハルカは2人にニッと笑った。

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エンチャントアーム(読み切り) 龍威ユウ @yaibatosaya7895123

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