第149話

 どことなく困ってそうな少年に、答えられるならでいいんだけどと、問いかけてみる。


「仕事時間いつからいつまで?」

「朝依頼を受けにきた冒険者が出かけてから、夕方冒険者が帰って来たあとくらいまでです」


 何人かそういう人がいて、お金を貸している相手から最低でも利息の回収してくるのが仕事らしい。

 この仕事は最近やり始めたばかりで、療養中のパーティメンバーが復帰したら冒険者に戻る予定らしかった。


 そんな話をしていれば、少年の警戒も緩んできて、ステーキが届く。エイコがお金を払い、どうぞと食事を促すと、嬉しそうにかぶりついた。

 なかなか素直でかわいい少年だ。餌付けを趣味にする人がいるのもわかると、エイコはにこにこする。


 そして、エイコは餌を与えた以上、芸をしてもらわないと、とも思う。


「回収したお金渡す相手もここに来ている?」

「夕方の混雑時なら来ていますが、今は事務所です」

「じゃ、そこ連れて行って」

「へっ?」

「だって、この酒飲み信用できないもの。お金の話はお仕事できる人としたいわ」

「えぇ、ボクゥも道案内くらいできるよー」


 ケラケラ笑いながら、酔っ払いが追加の酒を頼む。

 だいぶ酒臭く出来上がっているのでこの男、今日は仕事にならないだろう。本人は酒が飲めて、満足そうではある。


 食事が終わった所で道案内してもらい、なぜが酔っ払いもついてきた。

 冒険者ギルドを出てすぐ細い道に入り、二回角を曲がった所で足を止める。看板は特になかった。

 入り口に数人人が立っていて、酔っ払いが客だと告げる。こいつ、紹介手数料目当てでついてきやがった。


「借金希望?」

「両替か、物品買取希望」


 入り口にいた一人の男に声をかけられて、答えたら奥に引っ込む。さほど待たされる事なく中へ通された。


「いくらご入用で?」


 簡素なテーブルを挟んで、背もたれのない丸椅子に座れば、そんな声をかけられる。


「のんびり首都まで行くのに、いくらかかる? これで足りる?」


 一◯◯万エルの札束を収納アイテムから出してテーブルの上に置く。


「そういうのは商業ギルド持っていけ」

「嫌よ。ギルドに痕跡残したら仕事が追いかけてくるもの」

「見栄張りたいお年頃か?」


 収納アイテムから男爵に叙されたときの書類を出す。手に持ったまま広げて相手に見せる。


「げっ、マジもんじゃねぇーか。応接室に移動しましょうか」

「めんどい」


 その内神殿に持って行かないといけない書類なので、汚さないうちに収納アイテムにしまう。


「さようですか。しかし、立場があるならそれなりに持っていないとよろしくないですな」

「ですよね」


 こればっかりは面倒だからとケチるとウワサが怖いらしい。稼げていないならともかく、あるなら使うのも仕事だと思えと貴族教育中にも言われた。


「両替か買取で、ここでいくらまで対応できます?」

「四〇〇〇万エルで、五〇〇〇万ポス」


 エイコはちょっとだけ考え、うつむく。


「エル三〇〇〇万で五〇〇〇万ポスって言えばいいのかしら?」

「三五〇〇がお望みか?」

「それでも二〇〇万以上は利益でてますよね?」

「手数料に一割は欲しいんですがね」


 それだと、三七〇〇万くらいかな。


「それじゃ食堂のおつりと同じじゃない」

「両替より、買取に何を見せてくれるかが気になっておりまして」


 エイコはため息にをつく。


「それなら応接室がいいわ」

「それは楽しみですね」


 仕方なく先を立ち、メイを連れて店の奥へ移動する。


「よく暗算できるわね」

「影の中で計算させてる」


 電卓を使っているというか、組み込んだ魔道人形に計算させている。その結果を影から指を出してもらう。小数点以下二桁くらいわかれば判断材料としては足りた。

 ここに来るまでにあったお店の二重表記になっている値段から、手数料とか考えなければエルの価値はポスの一.五倍くらいだ。

 冒険者ギルドでのおつりは一.一から一.三くらいだと思われる。こっちは正しい金額というより、渡しやすいお釣りを近似値で持ってきていたようだった。


 応接室は個室というだけで、簡素なものだった。メイと並んで座り、エイコはポーションと属性付きのナイフを出す。

 メイは布見本の変わりに素材の違うハンカチを三枚出し、ポーションとドレッシングを追加で出した。

 エイコはメイが出した物を見て、ぬる傷薬にドライフルーツ、微妙に幸運になる木札をテーブルの上に置く。


「どの系統の物に興味がありますか?」

「待て。今鑑定しているから待て」


 興奮した様子でテーブルの上に並ぶ物を男は見つめる。


 保存容器に入れたドライフルーツを出してはみたものの、売る気はあんまりない。むしろ在庫を増やしたいので、そのためのダンジョン情報が欲しかった。


 ポーションは二人合わせて二〇本までと言われたので、全部メイから買ってもらう。首都に行くなら首都で、それより南に行くならなるべく南で売れとお勧めされた。

 もうこれ、この国の常識なんだろうな。

 木札とドライフルーツとドレッシングはお仕事ではなく個人で買いたいと言われたので、ダンジョン情報と交換した。


「ナイフとハンカチは少し待っていてくれ、上の人と話してくる」

「ナイフは武器見本のつもりなんだけど?」

「ハンカチも服とか布見本だよ」

「あー、こっちの要望にある程度答えられるのな」


 男はドアをあけ、大声で部下にお茶を準備すらように声をかけると、どこかへ行ってしまった。

 目につく所すべて鑑定してみたが、特に監視されている様子もなく放置されている。


「貴族ってやっぱりお金使わないとダメなのか。高い宿や泊まって居心地悪いのは辛い」

「風呂とトイレが文化の違いを感じるよね」

「今の時期ならまだいいけど、部屋の温度管理もね」


 エアコンがないのが辛い。冷房と暖房に使える魔術具や魔法陣はあるが、使われている場所は限定的だった。


「もうダンジョン泊ってことにしよう。よっぽど相性のいい宿屋があれば泊まるくらいで」


 素材にお金かけるのはいいが、メイも不快になる宿にお金をかけたくはなさそうだ。

 今までに泊まったことのないくらい料金の高い所に宿泊しに行けば、衛生面も治安も問題ないかもしれない。でも、高いだけに外れた時のがっかり感はより酷いことになる。


 宿屋って、そんな博打みたいなものだったかしら。


 貴族としてケチというウワサはない方がいいらしいが、ムダ金を使うのはストレスだ。もう開き直って、成り上がりの守銭奴になってしまおうか。

 ケチなのはいいが貧乏だと思われたら、欲しい素材あっても買えなくなりそう。足元見られても面倒だし、やっぱりある程度使わないとダメか。


 男爵って、どのくらい旅先で使うのが普通なのだろう。家を出てくる前に聞いておけばよかった。

 考えてもわからないことは、軽く頭を振って棚上げする。それよりももっとわかりやすい事に意識を向けた。


「昼ごはんどうする?」


 冒険者ギルドにいた時はまだ昼には早かったが、ここを出た頃にはいい時間になりそうだ。


「通りを歩いて食べたい物があればでいいんじゃない? なければ、そのまま街の外に出て持っている物で何か食べればいいし、ダンジョン行きたいんでしょ?」

「うん」


 ダンジョンに行けばダンジョンで泊まればいいから宿泊先に悩まなくてよくなる。


「エイコ、ダンジョン好きよね」

「メイだって新しいレシピ欲しいでしょ」

「まあ、ないよりはあったほうがいいし」


 だらだらと二人で話していたら男が戻ってきた。

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