勇者召喚した国

第147話

 日が西にだいぶ傾いた頃、自治都市を出る。今からでは野営確定の時間だが、自治都市の周辺には街の宿に泊まるより野営を選んだ者がそれなりにいた。

 エイコとメイはそんな人たちに混ざらないように、自治都市が見えなくなるまで歩く。人目をさけ、街道をわずかにそれ、キャンピングカーで寝泊まりする。


 自治都市の宿、値段ほど質がいいように感じなかった。なんというか、建物の中に泊まれるのが最高の贅沢みたいで、金額と衛生環境にエイコとメイは折り合いをつけられなかった。


「たぶん、今このへんだと思うのよね」


 夕食が終わったところで、エイコは航空写真をテーブルの上に並べる。街道を閉鎖するようにある大きく長い壁がおそらく国境で、そこから一番近い自治都市との間をエイコ指さす。


「で、たぶん、勇者は首都か戦地いるよね?」

「知らないわよ。でも、勇者が戦場に出たせいで獣人の奴隷が増えているなら、戦場にはいそう」


 まあ、ほぼノープランでここまで来ている。勇者が有名ならどっかでウワサくらいの聞くだろう。


「だいたいなんで勇者に会いたいのよ?」

「マナミ押しつけようかと思って」

「マナミは奴隷落ちして所在わからないっていってなかった?」

「あー言ってなかったっけ? ちょっと前に異世界人奴隷の扱いに困っていたみたいで押しつけられた。今、娼館に預けている」

「はっ? えっ? 娼館?」

「めっちゃ稼いでるみたい。毎月貢ぎすぎて破産する男がいるみたいだし、場所が娼館ってだけで、キャバクラ的な接待で稼いでいるらしい。好みの相手はつまみ食いしてるみたいだけど」


 そのあたりの詳しい情報は欲しくなかったので、収益報告だけ受け取るようにしている。


「せっかく職業歌手なんだから、ヤバイ感じの地下アイドル的に稼げばいいのにねぇ」


 こう被害者人数増やして、破産する人を出さない方針にはならないのだろうか。男に金を出さすことに関して、エイコがマナミに言えることはないので命令してまで禁止するつもりはないが、悪名が知られるようになってきている。

 リシャールからの報告では、悪女はダメだが美しい悪女ならマナミ的にはありらしい。


「男を破滅させる美しい・・・悪女として人気らしいわ」

「あー、うん。その評価ならノリノリでやってそう。ってか、マナミの天職ぽい」

「早ければ今年中に解放奴隷になりそうだから、制御できない自由の身にする前に勇者に押しつけたい!」


 自由になったとたん刺しに来られそう。それもマナミ本人じゃなくて、マナミに乗せられた人に。

 延々と奴隷と主人の立場が逆転するまで嫌がらせしてきてもおかしくない人なだけに、国外に捨てておきたい。


「えーと、奴隷って解放させたくないならいくらでも足引っ張れるよね?」

「それやったら恨むでしょ。所有者になっているだけで恨まれてそうなのに、これ以上の恨みはいらない」


 身の安全を考えるなら、マナミの生存を許さなければいい。けれど、そこまでやりたくはなかった。

 どこか遠くで、エイコに関わりなくいてもらえればいい。


「エイコはマナミと相性悪いよね。逆の立場ならマナミは絶対エイコを奴隷の立場から解放しないよ」

「それはなんとなくわかるけど、マナミと同じになりたくない」


 自分でできないなら、誰か雇ってマナミを管理させればいい。それくらいの収入はある。

 けれど、もうマナミの存在は側にあるだけで負担に感じてしまう。良くも悪くも関わることが苦痛だった。


 どう言えばいいか迷い、お茶のカップに手を伸ばす。カップの水面を見て、エイコはまぶたを半分下ろした。


「メイが面倒みたいなら、譲渡するよ? マナミ」

「やめて! エイコ以上に恨まれるから絶対、やめて」


 即答、早口、大声の拒否にエイコはメイを見る。


「エイコが思っている以上にマナミグループのお友達関係は殺伐としているから、仲良しこよしじゃないから」


 この様子ならまだ、エイコ一緒にいてくれるようだ。マナミとの友情を優先して、メイがいなくなる可能性も考えていただけに、エイコはひっそりと息をついた。

 マナミの気分次第で、いじめっ子がいじめられっ子になるお友達関係。仲のいい組み合わせは多くはないだろうし、全員が全員と仲良くもなかっただろう。

 それでもクラスの中心は彼女たちで、いつだって楽しそうに見えたし、常に教室で女子グループ最大派閥を維持していた。


 学校に通っていた日々はすでに過去となり、今いるのは別世界。それでもかつての日々の記憶に振り回される。

 マナミは奴隷で、エイコは男爵。敗北者と成功者のはずなのだけれど、どうにも勝ったという気分にならないし、勝ちたくもないと思ってしまう。


「加虐趣味でもあればよかったのかな?」

「その趣味は迷惑だからなくていい」

「でも、メイのお友達の共通点って、困ったちゃんだよね?」

「エイコ、その中にあんたも含まれているってわかっている?」


 にっこりエイコは笑う。


「お友達と思ってくれれて嬉しいわ」


 だってわがままって言われても、わがままなんて言っているつもりはない。けっこう気をつかった学生生活していたはず。

 気配りに疲れて、学校行きたくなくなってサボっていたわけだし、わがまま姫なんて酷いあだ名だ。


 まあ、付き合えないことには付き合わないし、無理してお友達ごっこやらないだけって、わがままなのかな。

 こっちの世界に来てからだって、やらなくてはいけない仕事だけはちゃんとやっているし、犯罪を犯しているわけでもない。


「メイの許容範囲がマナミなら、わたしの困ったちゃん度合いなんてささやかなものよね」


 人と関わっていて、なんの迷惑もかけていない、なんてことは思わない。でも、自立して生活しているんだし、もうわがまま姫は返上させてもらってもいいように思う。


「どのへんがマナミよりいいと思ってんの?」


 座った目でメイが問いかけてくる。


「マナミに比べたら温厚で寛容だよ」


 気も長い。


「そうね。エイコが短気じゃないのは認めるわ。でもね、問題はそこじゃないから。思いつきで行動するところよ」

「そこは同罪じゃない?」


 一緒に気ままな旅行に出かけてしまったのだから。メイは黙った。


 旅行先でも仕事はしているが、新規受注がないだけで、気分はかなり楽になった。途切れることなく注文があるのは商売としてはいいのかも知らないが、プレッシャーになっていたみたい。

 追い詰められるような仕事がなくなり、今はとっても気楽だ。


 気楽になったから、夏までにプール作って、南国リゾート地のような空間も作りたい。衣装系はメイ任せたらいいけれど、それっぽい植物が足りないと思う。

 どこかで入手できればいいのだけれど、あるだろうか。

 

「果物の出るダンジョンに行きたい。できれば、栽培用の種とか苗が手に入るとこ」

「そこは、入国してから冒険者ギルドで調べるしかしないよ」


 メイは南国リゾート施設を作るなら、帽子の新しいレシピがほしいそうだ。実用的な帽子じゃなくておしゃれ用。ただ、メイがおしゃれ用に作っても、エイコは実用的な付与をする気まんまんだった。


 航空写真からざっくりとした地図を書き上げる。あまり正確な地図は作らない方がいいとトミオに言われていた。

 地図と天気は軍事情報らしい。エイコはそのあたりのことを理解できてはいなかったが、トラブル防止に表に出さない方がいい情報と位置付ける。


 入国したら、ダンジョン情報と勇者の情報集めよう。でも、勇者の情報ってどうやって集めようか、悩む。ダンジョン情報ならギルドで調べればいいが、勇者は新聞でも買えばどこにいるかわかるだろうか。

 こういう時、クリフの利便性を思い出す。彼氏としてはもう熱は冷めてしまったが、有用性までは否定できなかった。

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