第141話 見習いメイド
ジェネラス公爵家から新米男爵家への転職。あきらかに格下の家への移動に、公爵家でそれなりの地位にある使用人たちは拒否感を示した。けれども、移籍に乗り気の人たちもそれなりおり、本人の希望だけでは移籍とならなかった。
将来の出世がどこまでか見えてしまってしまった者、数百人いる使用人の中で人間関係が上手くいかなかった者。それから、公爵家より圧倒的に小さい男爵家の方がアルベルト様に近づけるかもと夢見た者。
だいたいはこの三者に分類され、移籍希望理由がアルベルト様だった者は全員移籍を許可されなかった。
そのあまりの徹底ぶりや大量の契約書に、新たな雇い主は神経質でアルベルト様に執着の強い人だと想像したが、実情はだいぶ違っていた。
たまにアルベルト様が男爵家を訪れるのかと思っていたら、部下ごとほぼ住み着いている。これではアルベルト様に過剰反応する方では困るだろう。
そして秘匿を求める大量の契約書は、雇い主が異世界人というのもあるが、屋敷の至る所にある大量の魔導具も原因だろう。
生きてきた世界の違う男爵様は、身分というものがわかっていない。人に世話をされるのを嫌がる。
外向きのドレスを着るときや、その準備のための試着の時はメイドも側に置いてくださるが、そんな時はすべてをあきらめたような目をしていた。
綺麗なドレスも装飾品も嫌いじゃないが、面倒らしい。自分のために楽しんで着飾るならいいが、社交のためのドレスは状況に合わせた物でなくてはならないから、仕事着感覚らしかった。
そして、男爵本人が作った装飾品の多くはは高価すぎるらしく、質を落とすように指導を受けてもいる。そういうのが面倒で楽しくないらしかった。
ドレスはドレスで作っているのは何の実績もないこちらも異世界人。こちらもこちらで、画一的なドレスで面白みがないそうだ。
形に自由度が少ない分、色と飾りにこだわって作っているそうで、同系統の布だけで十数種類用意して組み合わせを決めていた。
昔のアイドルのステージ衣装を参考に、上品な色合いにまとめたらしい。昔のアイドルについてどちらの異世界人からも何の説明もなかった。なので、メイド見習いのわたくしたちは、支持されるまま手伝うだけになる。
公爵家に仕えたままだったら、裁縫系スキルがあってもドレス作りになんて関われなかった。そういうのは、代々公爵家に仕えている家の人とか、貴族家の生まれや人だけで、地元名士に紹介状を書いてもらって雇われたくらいの立場では触れることもできない。
だからこそ、ここにいるのは裁縫スキル持ち優遇と言われて、移動を希望したメイド見習いばかりだ。
男爵様はだいたいのことを魔導具でやってしまうから、お友達のドレス作りを手伝える人というのが、メイドに期待する部分で、今の王都の流行や常識なんかも求められている。
「最初はさ、貴族であるのを取り繕うのがやっとの貧乏貴族かと思ったのよね」
「うん。いきなりクビになるかと思った」
「貧乏でなくても吝嗇家かぁ、ってなった」
外向きにまったく情報が出せないので、仕事について思うことは同僚たちと話すしかない。
「この家、無茶苦茶お金かかっているよね」
「共用にしてもらったけど、見習いメイドにトイレとお風呂それぞれ用意する気だったね」
「現金資産がどのくらいかはわからないけど、売ればお金になる物がゴロゴロしてるわ」
魔導具を一つ盗んで現金化し、逃げ切れれば、メイドの生涯年収くらいに余裕でなりそうな物であふれている。
「支給されたメイド服も、買ったら高いわよね?」
「付与魔術付きよ。確実にお高いわ」
「肌着や下着にも付与する予定だったらしいわ。メイド長に止められてなしになったみたいだけれど」
下級貴族のドレスより高価な下着が支給品になった可能性があり、異世界人との常識の違いを埋めるのが最も大事な仕事になりそうだ。
「アルベルト様が意外と異世界人を好きにさせているのよね」
「男爵様に恋愛感情がなさすぎて、アルベルト様の好感度が高いの」
「アルベルト様、言いよられすぎて感覚おかしくなってそう」
ジェネラス公爵家の方はみなさまは顔がいい。その中でも特にアルベルト様の顔が良すぎて、問題を発生させている。そんな方だから、ちょっと酷いというか、優しくない扱いをする男爵様を気に入っていた。
娼館で開催されるお茶会、完全にアルベルト様が景品にされている。そして、そんな景品につられてやってきた貴族令嬢を嫁候補として護衛に行く騎士たち。
お茶会さんか費用が安くないため、五回全部参加できる令嬢の実家は、財務状態がいい。実家の爵位が同じでともに跡取りでなければ、持参金に期待できる嫁と貴族籍のある騎士との結婚は良縁になる。
男爵様はお茶会の主催を娼館に丸投げし、アルベルト様には参加する騎士が多いほど将来的にいいよってくる未婚の女性が減ると部下を大量に送り出させた。
そして、男爵様のところへは娼館からお礼品が届き、婚約までこぎつけた騎士からもお礼品が届く。さらに、お茶会を主催することになった娼館に送り込んでいた奴隷から売り上げが送られてる。
「男爵様、お金には困らなさそうな方よね」
「うん。金運とか幸運値高そう」
「貧乏とは縁遠そうだけど、何を始めるかわからないところが不安だわ」
何を思っての行動か理解できないまま、振り回されていたら便器男爵と呼ばれていた。なかなか酷いあだ名だが、そんなあだ名になるほど稼いでもいる。
それだけで、男爵家の中では上位にくるほど稼いでおり、稼ぎすぎて悪意のあるあだ名になっていそうだった。
そんな男爵様の影に隠れて、男爵様の友達も稼いでいる。何しろ男爵様が新年に着て行ったドレスはSランク冒険者たちの装備に引けを取らない。
そのためか、ドレス並みにお高い下着が、とっても立場の高い方々から注文が入っている。
暗殺防止様に、立場のある人ほど望む品になっていた。仲良くない相手や、遠方の相手と政略結婚する娘には必ず持たせたい物らしい。
お抱えの付与魔術が使える人がいる家はなんの付与もなく納品となり、防毒や耐刃、耐魔なんかの付与もしてくれとなったら男爵様が付与を行う。
今までにないくらいたくさんの付与が行える生地を作れるらしく、付与魔術が使える回数が増える度に値段が跳ね上がる恐ろしい下着となっていた。
作るのに多くの魔力がいる様で、量産には向いていない。嫌そうに魔力回復ポーションを飲みながらつくられているが、それでも作れる数に限りがあった。
針子として手伝えるのは、布を下着に裁縫することだけ。いかに無駄なく裁断するかに頭を悩ませていたら、端切れや糸くずを集めて男爵様が錬金術で一枚の布にしてしまった。
三回くらい繰り返すと付与できる魔術が減るかもといっていたが、それでも充分過ぎるほどの高価な品になっている。
「端切れ集めて小物作ったら人財産稼げそうよね」
「管理甘いし」
「錬成四回目以降は今のところ布として保管されているだけだものね」
今は注文してくる方が尊すぎて、最上級品しか使えない。将来的には上級品となった布も使い道はいくらでもあるが、それは今じゃない。紛失させた所で今なら誤魔化せてしまう。なかなか誘惑の多い職場だ。
「でも、良い職場よね」
「スキル使えるの嬉しいし」
「驚かされることはあるけれど、悪い方たちではないわ」
おおむね良い職場だと、今後も異世界人の主と上司を支えていこうと思った。
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