第140話 子爵令嬢 ミストマネー
アルベルト様がいらしゃれると、そこだけ光が当たっているかのように輝かれる。同じ会場にいれば探さなくても視線がそこへ向かってしまう。アルベルト様はそういう方だった。
そんな方だから、隣に誰がいても霞んでしまう。誰が隣に立っても引き立て役にしかならない。
それに、いつも親族の方とばかりいらしゃられたから、あの方に特別な人はいないと思われていた。
新年早々に、アルベルト様の隣にいた方が刺されたと、第一報を衝撃と共に受けた。後からその隣にいたのは部下の方で、忠誠心を発揮された結果だとうかがった。
誰もが口にできなくて、ウワサにはならなかったが、誰もが元凶は最もアルベルト様に執着している尊い地位にある方だと理解している。
婚約が決まり、より思い詰めてしまったとしたり顔で語る人は多く、しばらくはアルベルト様にお相手ができないだろうと思っていた。
それがまさか、新年祝賀の最終日に女性をエスコートしてくるなんて、驚きに悲鳴をあげないのに苦労した。けれど、また部下の方よと、先に衝撃を抜けた方が語り出して、落ち着きを取り戻すことができた。
でも、部下でない事はすぐに知れた。
まさかお相手の女性が、新年を祝うお城の会場で商売を始めるなんて思わない。ある意味成り上がり男爵であることを喧伝した活動であり、お披露目に向けて注目を集めたといえる。
目立ったせいか、アルベルト様に好意を向ける活動的な令嬢には詰め寄られてしまったようだが、上手くはないが令嬢たちをいなしたみせた。
貴族令嬢だけでなく、貴族とは考えが違う人だと知らしめる言動は、好悪が入り混じる。
歴史ある名家出身ならその行動は非難されるものだが、相手は異世界人だ。そういうものだと、理解はしなくても受け流す人もいた。けれど、成り上がりというだけでなく、理解できない、したくもない存在として血統主義者からは嫌われてしまっている。
お披露目にの後ろ盾は公爵家だが、後ろ盾が良すぎるのも嫉妬されていた。
嫌ってはいても、職業魔導具師の恩恵にあやかりたい者は多く、物欲でお披露目に行く者も少なくはないだろう。
貴族として同類に見るのではなく、魔導具師という技術者としてなら、高く評価できる人。王族と言葉を交わすほど、注目もされている。
立場ある人たちは、どう扱うか考えなくてはいけないが、自らの感情を優先する令嬢にとっては、お披露目のエスコートまでアルベルト様がなさった事が重要だった。
アルベルト様の隣で霞んでしまえばいいのに、しっかりと存在感を主張する。異世界人による、異世界人のためのドレスとアクセサリー。忌避されるほど差異はないが、今までなかった物だ。
新男爵の衣装に、公爵夫人がその年代な合わせた同一系統のドレスやアクセサリーを身につけているため、衣装についての非難の言葉は口にできなかった。
エスコートしているアルベルト様もドレスに合わせたお召し物で、自分たちもあんなドレスを着てアルベルト様の隣に立ちたいと思わされてしまう。
あの異世界人、背景にならないほどには整っており、アルベルト様の隣にいるというだけでなく、視線を向けてしまう何かがあった。
年嵩の人たちの中には、視線を集める二人をお似合いだなんていう。そんなふうに思える歳でないから、二人の間に割って入ったジュリアス王子殿下に、祈る様に願ってしまった。そのまま二人を引き離してしまえと、念じるように応援する。
アルベルト様にエスコートしてもらって、独占するなんてずるい。近づくこともできなくて、ただ見ていることしかできない身ではあるが、隣に立つ女が妬ましかった。
ただ一度と夢見る人が多い中、新男爵は二度もエスコートされている。これがまだ、あきらかに女として劣っていれば溜飲を下げられるのに、アルベルト様の隣に並んで霞まないのがより腹立たしく、妬ましさを増大させていた。
そして、誰もが目をそらしたいのに、そらせない現実として、後取りではない公爵子息の相手に爵位持ちはなれる。親族なんていない異世界人は、派閥の関係で結婚お断りなんてこともない。
異世界人蔑視をする人もいるが、アルベルト様にそんな意識があるなら、最初からエスコートなんてしていないだろう。
見ていることしかできない初恋だった。
いきなり出てきて取らないで。
あと少し、この思いが過去になるまで待ってほしい。
どうかそれまでは、誰の者にもならないで。
そんな祈りと願いの混ざった悲壮な思いは、行き場を迷走させる。
異世界人による異世界恋愛講座。講師は娼館にいるか恋多き異世界人の奴隷の女だ。開催場所が娼館ということで、二の足を踏んでしまう。けれど、開催時には騎士の護衛がつくらしく、五回参加するとアルベルト様がいらしゃらるお茶会に招待される。
一回の参加費用は安くはなかった。けれど、一生に一度でいいからお近づきになりたいと願った相手とのお茶会。結婚相手は父が決めるものもと、そちらについては諦めているが、結婚前の最後のわがままだと、父を必死に説得した。
そうして開催された恋愛講座というお茶会に、新男爵は姿を見せない。五回とも不参加で、そのあと招待されたお茶会にもその姿はなかった。
アルベルト様の隣に女の姿はなく、狂おしいほどの嫉妬に飲み込まれることなく言葉を交わす。できたのは、定型文の自己紹介だけ。ほとんどの参加者がそんな状態だった。
恋愛講座でまずは存在を認識されましょうと言われたけれど、奇をてらったことなんてできない。悪いよりは良い方がいいが、認識されないくらいなら、悪印象でも記憶に残れ。
二回目以降に悪印象を払拭すれば、好感を持ってもらえる。恋愛講座ではそう教えてもらったけれど、お茶会に招待してもらえるのは一回限りだ。
自力で二回目以降を用意できなければ、悪印象を持たれただけで終わってしまう。今までも社交場で声をかけられなかったのに、あいさつをしたからと次からアルベルト様に突撃できるならずっと見ていることしかできないで過ごしていない。
せめて綺麗な思い出にしたいから、精一杯綺麗に笑ってごあいさつした。
集団の中の一人として、きっと埋没している。たぶん、覚えてなんていてくれない。それでも、大事な思い出だ。
きっと、ずっといつまでも覚えている。
終わりにするしかない初恋に泣くのは家に帰ってからにしよう。そんな事を思っていたら、警護に駆り出されていた騎士に声をかけられた。
子爵家の三男だというその人は、父にあいさつをしたいと願う。もしかして、と思いつつ父に言えば、とんとん拍子に話が進み婚約が整った。
婚約者はキラキラしていないし、目立つ人ではないけれど、笑うと普段の厳つい顔に愛嬌が出る。それからちょっとだけ、アルベルト様の事を教えてくれた。
困った女に付きまとわると、無表情にイライラしているとか、やけ酒に部下を付き合わさせるとか、遠くから見ているだけでは知り得なかったあの方の姿があった。
思ったより泣くことなく終わった恋心。涙が少なかったのは婚約者のおかげだ。
婚約者が旦那様となり、旦那様の職場の方々の奥様とお茶会をすると、恋愛講座参加者が多くいる。少し、思うことがなくはないけれど、今が悪いとは思わない。
ただ少し、そうほんの少し、アルベルト様と仲良くなれる恋愛講座ではなかったと、騙された気分になった。
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