第138話
アルベルトがものすごく嫌そうな顔をしてエイコを見ていた。
「あれは恋じゃない。妄執だ」
「アルベルト自身も見てないんだよね。自分の理想をアルベルトに重ねているだけだから」
仮にアルベルトと婚約させたところで、理想とは異なるため上手くいかない。より自らの理想に固執してしまうと予想され、より悪化すると判断されていた。
「恋に狂うのは楽しそうなんですけど」
エイコは自らがそんな恋をできるとは思えない。心中とか無理心中もないと思ってしまうからこそ、そんな強い感情に憧れを持つ。
誰にも会わせたくないほどの独占欲を持てば、飛空船に連れ込んで二人っきりの世界を作ればいい。そこまで思る相手さえいれば、やれてしまうだけに、やりたいとは思えない。
アルベルトとウィリアムに残念なものを見る視線を向けられ、エイコは視線をそらした。
「兄上、そちらの方を紹介して下さい」
元気な声で取り巻きを連れた少年がやってくる。ウィリアムは雑に弟のジュリアスと新米男爵と紹介した。
「はじめましてエイコ。あなたは万華鏡のように楽しい方ですね」
雑な紹介で名前を呼んでくるあたり、あちらはエイコのことを知っている。その上で万華鏡と称されて首を傾げた。
「うん。いいね。ボクのウワサを知らない感じがとってもいいよ」
にこにことジュリアスは楽しそうにエイコを見つめる。
「おい、ジュリアス。何を見た?」
「爆破される城」
「は?」
「側妃じゃなくても、城勤は向いてないみたいだね。閉じ込められていると感じたら、我慢の限界がきたところで爆破して逃げるみたいだ」
二人の王子が戯れ合う。偉い人同士の話は邪魔したらいけないから、黙っているのが正解のはず。あっているかしらと、チラッとアルベルトを見れば小さくうなずいてくれた。
「アレだね。城にかぎらず勤め人が向いていない。住み込みなんて絶対無理だよ」
お金が必要な時に働けばどうにかなる。それなら、常時働いていたいなんてエイコは思わない。
仕事が生きがいとかムリ。いや、そこまで思える仕事が見つかればできるのか。
勤労意欲にあふれた自らの姿を、エイコは想像することができなかった。
「お城に憧れでもあるのか?」
小声に問いかけてくるアルベルトにエイコも小声でかえす。
「遺跡になった頃に観光したい程度の憧れはあります」
眉間にシワを作り、アルベルトが悩む。
「それは憧れではなく、好奇心ではないか?」
「あー、そっちだね」
「遺跡が好きなのか?」
「現役のお城は作法があるけど、遺跡なら気楽に観てまわれる」
「破壊して遺跡にするのでなければいいか?」
自らの発言にアルベルトは疑問を持ちながら、自らの生きている時代に遺跡にならなければよいとする。たが、直感はなくはないと主張していた。
「彼女は壊すことのできる者たが、機嫌良くいてもらえれば作る者です」
不安がよぎったアルベルトにジュリアスが大丈夫だ笑うが、ウィリアムは懸念してため息をつく。どちらも耳はいいようだ。
「作るか者か、壊す者か、万華鏡のようにその姿を変えられたら、安心はできない」
たぶん、自分のことを語られている。けれど、エイコは自分事として聞く気になれなかった。
王族に心配されるような大それた事が、自らにできるとは思えない。破壊として考えるとゴーレムを自走させての自爆か、上空から飛行船落とすとかすれば物理的攻撃力を持つが、必要もないのにそんな事はしたくない。
広範囲に被害が及ぶ事なんて、巻き込まれる人が出ることを思えば実行したくもなかった。破壊できるからといって、破壊するわけではない。
戦闘職種なんて誰でも人殺しになれるが、誰もが人殺しになったりはしない。それと一緒なのに、やたらと警戒されるのは不満だ。
警戒されるのは、町規模で破壊できる範囲の大きさによるものだと、エイコは気づかない。
彼らの警戒は脅威度に合わせたものたが、エイコには不等な扱いに感じられた。
「より危険なのは作った物を盗まれた場合です。狙って盗まれたなら、使うためですから」
ジュリアスの発言で、危険物兼武器庫に脅威認定が更新される。
「アルベルト、人員足りているか?」
「今回は休暇も取らす予定で連れてきているから人員に余裕はある」
ウィリアムは自らの側近たちとアルベルトで話し込む。残されたジュリアスはにこにことエイコに話しかけてきた。
「面倒なことは兄上たちに任せておけばいんです。そんなことより、錬金術師の手記に興味ありませんか? 手書きなので読みにくいところもありますが、レシピを試行錯誤したのがわかる物です」
「それは興味あります」
ダンジョンレシピ以外で錬金術を使うには閃きがいる。元の世界にあるもなら、なんとなく素材がわかる物もあるが、この世界の物になるとさっぱりだ。
ある程度は魔石を素材に含めておけば調整してくれるようだが、それだけではどうにもならないこともある。
このちょっと手のかかる錬金術が、この世界で得た数少ない娯楽だった。
「ボク、異世界の料理にとっても興味がありまして、異世界の食べ物と交換しませんか?」
「どうしたらいいのかしら? 今食べ物出したらいいのでしょうか?」
保存容器に入れてある食事のストックは常に持ち歩いている。食べたいと言うなら提供くらいできるが、ジュリアスは首を横に振った。
「お茶会に呼んでいただけないでしょうか? こちらで開催してもいいのですが、お城でやるとどうしても作法にうるさい方がいまして」
「お茶会ですか?」
何それ。開催なんてムリではないだろうか。
「呼ぶのはボクとアルベルトだけだいいですし、準備は執事とメイド長に言えばしてくれますよ。エイコが決めるのは開催日と時間だけです。お勧めは急ですが明日の午後です」
「じゃ、それで」
何かわからないがいいとしよう。参加者にアルベルトがいるなら、どうにかしてくれるはず。
エイコは気楽に応じる。
後で執事とメイド長からこんこんと正しいお茶会の誘い方を説明されることになるが、エイコの意識は錬金術師の手記に向いていた。
「お兄さま、婚約者の方がダンスに誘うので、その間にお帰りになられたらどうかと」
「うーん、アルベルトを残して護衛をつければよさそうかな」
ジュリアスは飛び込んできた妹に何か囁き、ウィリアムに突撃させる。幼い王女さまは、いいように伝言役に使われてしまい、お付きの人があたふたしている。
大変そうだが、おかげで帰っていいと許可が出た。がんばれと心の中で応援だけはして、いそいそと会場を出て行く。
エイコがお風呂に入り、まったりとお茶を飲んでいる頃になってアルベルトは戻ってきた。傷害未遂事件が発生したらしく、アルベルトは疲れた顔をしてイスに座り込んでいる。
ついに男相手にも嫉妬を拗らせたようで、刺されそうになったのはアルベルトの部下。軍属の戦闘職で脅されて震える手で襲ってきた相手に怪我をさせることもなかったそうだ。
保護の意味もあり、現在加害者の女性は捕縛しているが、アルベルトの姿を見ると錯乱したように暴れるらしい。
「明日のお茶会、大丈夫?」
「はぁ?」
「ジュリアス殿下とお茶会。聞いてない?」
疲れていた事を忘れたかのようにアルベルトに怒りだす。けっこう元気らしい。
「殿下はお茶会の開催方法は教えてくださいましたが、断り方がわからなかったから仕方ないでしょう?」
錬金術師の手記もみてみたいし、仕方がない。まったくの無価値という可能性もあるが、暇つぶしになれば娯楽の少ないこの世界では十分に価値がある。
怒る事の無意味さをアルベルトは悟り、お茶会の手配に向かってくれた。
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