第137話
困っていますといった態度を崩さないまま、エイコ小さくため息をつく。
「アルベルト様はおそらく、趣味、苦労ですわよねぇ。こう仕事を抱え込んで面倒なことばかりしておりますから。わたしもあと一週間は迷惑をかけるでしょうし、なるべく早く後任の方を紹介していただけたらとは思いますわ」
隣にいても、刺される事のない方でお願いします。今みたいにからまれるのも嫌だが、社会的立場のある人はだいたいモテる。それでも、アルベルトよりはマシではないかとエイコは期待していた。
しかし、なぜ一緒にいるのはお仕事と何度も言っているのに彼女たちは怒るのだろうか。あなたが愛されているわけではないとか言われても、その通りとしか言いようがないのに、同意したら怒られてしまい、扱いに困っていた。
「あなた、ふざけているの!」
「真面目に答えてますよ。そばにいるだけで刺されるような方の隣にいたいとは思えませんから」
どうしても生産職は戦闘職に比べて物理的な防御力が低い。ここにいる冒険者の多くは、通常の刃物では傷つかないほど頑強だ。
刃物が凶器にならない人がいる一方で、それが死因になる者もいる。エイコは肉体的には弱者である自覚があった。
「あの方と一緒にいたいと望むなら、徒党を組むのはお勧めしませんわ。あの方は花なんて見飽きている。群生した花を個々として見分ける事はしないでしょう」
一人の男をめぐる女の連帯なんて、機会が有ればみんな出し抜くだけだとしても、集団として存在されるのは邪魔だ。
数は力。オマケに背後には親の権力もある。
「どうもああいう方が恋する相手というとは世界が変わっても変わらないようですからね。群生する花には見向きもしないでしょう」
この発言をするエイコは、元の世界の恋愛知識は一回プレイして挫さした乙女ゲームと何冊か読んだ少女漫画だ。何もかも見透かしたような態度で、根拠にしている物は薄い。
しかし、エイコは異世界の知識とこの世界で得た職業により、富を得て男爵なった実績がある。
彼女たちが知る異世界人はエイコの他にウワサで聞くマナミだけ。奴隷でありながら数々の男を手玉に取った恋多き女。
「わたしのいた世界には恋愛のための
エイコは嘘なんてついていない。そういう本があるとは知っている。ただ、興味がなくて読んだ事はない。
集団であるからこそ、嘘を見抜けるスキル持ちくらいはいる。だからこそ、エイコが嘘をついていないのだけは彼女らはわかってしまった。
「ああいう方が興味を持つのは野に咲く一輪の花ですよ。でも、普通に咲いているだけなら見向きもされませんけどね」
嫉妬を向ける対象が持つ言葉に彼女らは聞き入ってしまう。エイコのスキルに話術も詐術もないことから、スキルによる否定ができないでいた。
そんな彼女らにエイコはにっこりと笑う。
「わたし、便器男爵という呼び名は嫌いですけれど、もう一つの呼び名は嫌いではないの」
守銭奴。
金を得て成り上がった者たちは、だいたいそう呼ばれたことがある。そして、気づいた一人が緊張しながら口を開いた。
「そういえば、お守りを売っているそうですわね。ぜひ買わせていただくわ」
「これは恋愛に役に立つものではないのですが、そうですね。買っていただいた方には近いうちに恋愛に効果のあるお守りをご紹介させていただきますわ」
嫉妬に染まっていた女たちも、それを見ものしていた周囲の人たちも、にっこり笑うエイコに黙る。そんな沈黙を破るようにコロコロと笑い声が響く。
「フィオーレ男爵さま、商談でしたらわたくしも混ぜて下さいな」
美しく笑っいらながら、リシャールがやってくる。そばに男はいないので、誰かに連れてきてもらった後、別行動したいるようだ。
「あなたに必要だとは思えませんが、わたし、同じ物ばかり作るの好きではないの。数量限定で販売委託、取りまとめしていただけたら嬉しいです」
「そうですわね。女の秘密のお話ですから、特別な方だけお招きすればいいかしら」
嫉妬をそらすため守銭奴を公言した新米男爵と男を次々に破滅させた過去を持つ娼婦。
周囲の視線は何とも言えないものになった。
レパードは一人心中で、今年も女難から逃れられそうにないアルベルトを憐れむ。
そして、エイコの見た目の儚さに夢をみた若人の傷心から、そっと視線をさらす。人生経験の少ない者ほど被害は大きそうだ。
散財されるよりは守銭奴がいい連中や、それなりに女性経験の多い者は平然としているが、純粋な者ほど重症そうでレパードは目頭をおさえる。
お守りを買って、淡い思いを抱いた警備担当者の被害が大きい。
減給と傷心どちらの警備担当がマシだったのかと思案していると怒声が響いた。
怒声に怯える事なく、エイコは冷めた目を向ける。そこそこ離れており、少々暴れられたところで危険を感じるほどではない。
警備担当者や慣れていそうな人たちは、突然のことに動けなくなっている人を誘導して距離を取る。
明瞭な言葉としてははっきりと聞き取れないが、貴族側がからんで冒険者が怒ったようだ。怒っていても武器を出さないだけ冒険者は理性があり、顔を真っ赤にして喚いている貴族がより滑稽に見える。
「移動しよう」
騒ぎにまぎれて戻ってきたアルベルトが、周囲の視線を集める前にと腕を引っ張られた。
「あなたに思いを寄せた方々にからまれたわ。後始末は協力いただけますよね?」
嫌そうな顔はされたが、黙って頷かれたので手加減してあげることにする。
騒ぎをムシして向かった先は王族のいるあたりで、最初に向かったのは第二王子のウィリアムのところだ。
なんか、見たことある人。でも、あちらは名乗ってないし、初対面ってことでいいはず。
なので、お初にお目にかかりますという定型文からあいさつさせてもらった。
どうやらアルベルトはウィリアムのご学友になるべく、幼少の頃から付き合いがあったらしい。本来なら今頃ウィリアムの側近か騎士だったそうだ。
そんな二人の予定をぶち壊した王子の妹は、めっちゃにらんでくる。さっきの騒ぎと似たような距離があるのに、こっちのが静かに怖い。
「アルベルトさま、もう別れましょう。わたし、あなたのそばにいるなんてもう耐えられない」
悲しにみに暮れながら切々と主張したのに、つかんだ腕を離してくれない。
「逃がさない。お前の
盾職には劣るが、攻撃主体の前衛と同レベルらしい。ただ、生身の部分を狙われたら致命傷になりかねないので、油断はできなかった。
「女を盾にするなんて、ヒドイ」
嘆き悲しんで見せるとアルベルトはため息をつき、ウィリアムは声をたてて笑う。
「アルベルトが女を追いかける側になるとはねぇ」
「こいつはまだ余裕がある。追い詰められている感触はない」
さすがにこの会場でどうこうされるとは思わない。ただ、どんどん顔つきがヤバくなっていっており、そちらの方を向けなくなってきていた。
「そこまで情熱的な恋ができるとは、羨ましいですね」
エイコの中にはそこまで激しい思いがない。上手くいかどうかとは別に、人生を狂わせるような強い思いなんて誰もが持てものではないし、大恋愛なんて恋にのめり込める才能がいる。
そんな思いが得られたなら、国ぐらい壊してもいい。世界を壊すには力が足りないが、国なら一つか二つくらいはやれそうな気がする。
情熱的になれない自らをエイコは憐れみ、寂しく笑った。
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