第136話

 もう一曲なんて踊りたくないから、ダンスフロアから出るのはいいが、アルベルトはまだ戻って来れそうにない。かといって、既婚者のレパードど長々と二人でいるのも良くなかった。


「妻を紹介させて下さい」


 奥様は奥様で社交をしており、そちらへ向かう。


 すごく美人でもとても可愛いでもない普通の人。でも、なんか内側から幸せが溢れていて目を惹く。旦那さまに愛されて幸せな奥さまだった。


「妻のステビアだ」

「フィオーレの名ををいただいて男爵となりました、エイコです」


 現状変わっていないが、国王名の入った授与書を持って神殿で手続きするとステータスがエイコ オトナシ フィオーレ男爵になるらしい。

 今のところ手続きするつもりはないが、手続きすると貴族であると証明しやすくなるそうだ。


 手続きしなかったら貴族ではないという事でないし、鑑定待ちの人相手に貴族ですって看板をぶら下げて生活するのも好ましくない。

 関わる人だけが知っていればいい事だ。


 エイコはレパードと一緒に、ステビアたち奥様方の集まりに取り込まれる。どうもレパードはこの集まりが苦手なようで、別行動となっていたようだ。

 ステビアの旦那さまはいい男ねと、褒めながらベタベタ触る奥様方はファンの集いのみたいで、怖くて邪魔はできない。


「レパード様。人気なんですね」


 嫌な顔はしないて困っている。困りながらもちゃんと相手をしているから、胃薬が必要になるのだろう。

 あとで、贈らさせてもらいます。


「あなた、アルベルト様と一緒にいらっしゃられた方よね」

「幼い頃は可愛らしかったですけれど、いい男に育ちましたこと」

「あの方と一緒に会場に来られたらな、同年代の同性のお友達を作るのは難しいですわね」

「内に秘めて思っているお嬢さんは多いですもの」


 止まることのない奥様方の言葉にエイコは圧倒される。こういう時は、にこにこと黙って邪魔をしないのが一番だ。


 しかし、貴族のお嬢さまは強いようだ。隣にいるだけで刺されるリスクのあるアルベルトに、内に秘めた思いを抱き続けられるらしい。

 それともみんな戦闘職種で、刺しに来られても対処できてしまうのだろうか。


 いかにもわかっていますという態度で少し困り顔をしているエイコの恋愛偏差値は低い。

 食欲からクリフと付き合い、初恋が成就しないって本当だとわかった気になっている。出席しなくてはいけない夜会なんてなければ、彼氏を奪われた哀れな女の子としてエイコは傷心旅行に出かけていただろう。


 やらなくてはいけない事があるからと、いつもどおりに過ごし、泣く事もなかったエイコは何にもわかってはいない。

 恋焦がれ、狂おしいほどに求めた王女の煮詰まった嫉妬なんてエイコの理解の及ぶ範囲にはなかった。


 アルベルトの姿を視線で追うことすらしないエイコ。そのくせ、一緒にいてダンスまで踊った。

 一生に一度、叶わぬ恋の終わりにダンスだけでもと夢を見る乙女たち。その筆頭が恋に狂った王女というだけで、嫉妬の炎に焼かれた女は一人や二人ではない。


 そして、今夜はいつもと違う冒険者なんていう来場者までいて、会場の空気が違っていた。

 冒険者の振る舞いにケチをつける貴族。お前の先祖が優秀なだけで、お前自身の力じゃないと貴族を蔑む冒険者。

 仲良くするには互いに労力を必要とする。相互理解とまではいかなくても、相互不干渉で、争わない程度の歩み寄りは持たなくてはいけない。


 モンスターや魔獣といった、人以外からもたらされる脅威に対して冒険者と貴族が手を取り合う事もある。そういう時に協力関係を作れるように、年に何回か冒険者が参加出来るイベントが用意されていた。

 仲良くするための下準備の場で、仲良くできなくて争いが起きる。いつものことではあるが、警備担当者は流血する前に仲裁しなくてはならない。


 貴族と冒険者が接触すれば、警備の意識はどうしてもそちらへ向いてしまう。

 先祖伝来の貴族ではあるということに誇りを持つ者と、自らの力で栄誉も金も手に入れてきた冒険者。冒険者から貴族になるなら貴族に追従ついしょうもするが、どの国にも帰属意識のない者になると貴族であるだけでは敬意を持たない。


 あまりに生き方の違う者たちが一緒にいれば、口論ぐらいはいくらでも起きる。同時多発的に発生し、警備の意識はそちらにばかり向いた。


「叔母様、ご紹介してくださいませんか?」


 そんな声がけをした貴族令嬢を筆頭に、奥様方にエイコを紹介してほしいという令嬢が、群れを成してやってくる。こうなると拒否する事も無視する事もできなくて、きちんとあいさつするしかなくなる。

 実家の力込みで考えれば、エイコより上位になる令嬢たち。けれど、彼女たちだけを見れば爵位を持たない貴族令嬢でしかなく、地位という意味では爵位を持つエイコが上位者となる。


 こういう相手の時に気にしなくてはいけないのが、彼女らの親だ。子どものする事にどこまで口をやら手を出してくるかが問題になるが、エイコは何一つ情報を持ち合わせてはいない。

 ただ、こうやって強気に出られるのは、親に愛されて大事にされているからだろう。


 ずらずらと自己紹介されたところで、すべてを記憶する頭はない。ならば外部記憶に頼ればいいと、少し前から胸の飾りに使った魔石に魔力を流している。

 何回か実験して確認しているので、相手の顔と一緒に録画できているはずだ。


「あなたは自分の立場をどのようにお考えですの?」

「立場ですか? 勉強中ですね」


 何聞きたいのかわからない。ただ、ちょっぴり目つきが鋭くなったので、誤回答なのはわかった。

 だからといって、正解なんてわからない。


「あなたがいることで、迷惑をかけているとわ思いませんこと?」

「良くないとは思われませんの?」

「何についてでしょうか?」


 困ったわ、と首傾げしつつ表情にも出してみるが、相手の苛立ちが強まっていることしかわからない。


「貴族の方の言葉は難しいですね」


 会話困難。ムリーと叫びたいところだが、やったらダメだと言われている。仕方なく、のらりくらりとした返答しか出来なかった。


「エイコさま。お嬢さまたちはアルベルト様との関係を聞きたいのですよ」


 奥様方の一人から助言をもらい、やっと理解できた顔をして、エイコは微笑む。


「アルベルト様はお仕事しているだけですわね」

「それは本当にあの方がなさらなくてはいけない仕事ですの?」

「あなたのわがままで拘束しているのではなくて?」


 次々に問いかけられ、エイコは面倒になる。たぶん、何をどう答えても彼女たちは満足しない。

 無駄な労力を使わさせられると、エイコは出そうになったため息を飲みこむ。


「最初の予定ではアルベルト様の部下とご一緒する予定でした。けれど、部下の方が別の仕事を優先されましたので、仕方なくといったところでしょうか」

「部下でいいなら、部下の方といればいいでしょ」

「そうよ、部下なら代わりがいるわ」


 声が大きくなり、怒り出した。

 エイコは冷めた目で彼女らを見やり、口元の笑みだけはどうにか維持する。


「年末年始の仕事の調整は大変そうでしたから、部下に過重労働させない為に自ら動かれたのではないですか?」


 新年初っ端から女装で刺される仕事は十分ヒドイが、たぶん、きっと、上司としていろいろ配慮している。

 横暴というには、アルベルトは部下たちから慕われており、女難については部下たちからも心配されていた。

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