お城の新年会

第134話

 一月五日。

 年明けからお城で延々と行われている新年会最終日の夜会にエイコは参加する。貴族の新成人たちのデビュタントぽいものが一月三日な事を思えば、成り上がり貴族の扱いは貴族底辺だと知れる。

 ちなみに本日の夜会には高位ランクAランク以上冒険者も呼ばれており、マナーに厳しく声を上げないでいられない方は不参加を推奨されてもいた。


 生まれながらの貴族たちのような教養のない人たちの貴族社会への顔見せが目的ではあるが、誰もが友好的に振る舞えるわけではない。主催者からすれば参加は強制ではないため、嫌なら来るなと主張しているのに毎年やらかす貴族が現れる頭の痛い夜会でもあるそうだ。

 強者である冒険者にやらかした貴族がでたら、死者が出ない様に鎮圧するのが騎士のお仕事でもあるそうで、警備担当者ではないがアルベルトも騎士として動かなくてはいけない可能性はある。


「貴族側に過失が大きいと、一度切らせてから鎮圧になる事もある」


 武力で成り上がった冒険者をガチギレさせるバカのために、アルベルトは積極的には働きたくないそうだ。

 何しろ今回は警備担当者ではない。ついでに数日前にパートが狙われた実績まである。パートナーとしてエイコを優先させる理由もあるため、仲裁する気はないようだ。


 お城勤務の騎士にとっては、とっても不人気な警備仕事らしい。護衛も請負う冒険者は対人特化の人もいるそうで、騎士の誰もが制圧できるとはかぎらなかった。

 そして、問題を起こす貴族は地位か職責か、コネかカネかはわからないがなんらかの力を持っている。煽って怒らせたあげく、不利益を被ったら理不尽な責めを警備担当者に負わせてくることがあるそうだ。


 警備担当者からすると、自らに圧倒的な武力がなければ、あとは運だのみの仕事になる。仕事の担当が決まったとたん、ほとんどの騎士が幸運アイテムと不運避けアイテムを買いに向かうそう。


「運気微増なら作れるけど、売れるかしら?」


 幸運の女神の魔法陣を刻めば作れる。何かと組み合わせた方がもっと上がるのだろうが、さして運気なんて気にした事のないエイコは調べていなかった。

 ダンジョンガチャでも引の強いエイコは、自らを不運だと思うことはほぼなく、効果があるかどうかあやしいアイテムに頼る人の気持ちがわからない。


「微増でも会場で顔色の悪い騎士に声をかければ高額で売れるだろうな」

「騎士がすぐ身につけられる物って何?」

「ポケットに入って動きを阻害しない物」


 メイがいれば大量のハンカチを作ってもらうのだが、現在はお城へ向かう獣車の中だ。何で作ろうかなんて迷っていたら到着してしまう。

 エイコは木片と魔石を収納アイテムから出すと名刺のようなちょっと良さげな紙を錬成する。それからインクを投入して幸運の女神の魔法陣と描く。

 あとはきっちり魔力を流して魔法陣を発動状態に付与すれば出来上がりだ。


 できた物を鑑定すれば、幸運のお守り(微)となっている。ないよりはマシ程度の気休めにはなるだろう。


「運気微増でできたけど、いくらで売れると思う?」

「上手く売れば今夜なら一万エルても売れるが、悪名もつきそうだからな。千エルにしておけ」




 車の外で獣車を操りながら聞き耳を立てていたクリフは、夜会の会場で商売したら値段の問題ではなくウワサになると思いはしたが止めはしない。

 エイコはすでに便器男爵と呼ばれており、アルベルトは女装部下とラブロマンスというウワサがある。

 それらに比べればお守り販売で小金を稼ぐくらいかわいいものだ。


 本当にやってはいけない事ならアルベルトの直感が反応するという信頼のもと、クリフはこれで夜会が嫌になっている二人の気が紛れるならと放任した。




 一泊二日のダンジョンダイエットがどの程度成功したかは不明だが、ドレスは問題なく着れている。

 スキルを使われなければ、だいたいの攻撃は防げが、武技まで使われたらどこまで防げるのか不安だ。


 即死しなければ、どうにかなるだけのお薬は用意してきてはいるが、買収されている冒険者がいればかなり危険。なるべくアルベルトから離れないようにするつもりだが、それはそれで人の視線がツライ。


 落ち着くため、深呼吸を三回してからアルベルトのエスコートで獣車を降りる。獣車を降りれば人の視線が集まり、さえずられる。

 一日に見たお相手はないとか、今日は本物の女かしらとか、アルベルトを中心に見られていた。情報通らしいき人は成り上がり男爵とか便器男爵とも囀ってはいるが、ほぼアルベルトのオマケ扱いだ。


「お勧めの騎士の方はいるかしら?」

「そうだな、まずは夜会の参加者の騎士に声をかけて様子をみてみようか」


 小声で互いに微笑みながら会話していれば、きっと会場に溶け込むように見えているはず。仮に読唇できる人がいてもまだ商売の話だとは思えないだろう。

 どこか一点を見るわけでもなく、周囲を見渡せば、貴族と冒険者の違いは明らかだ。

 さすがに武器を下げているのは騎士だけだが、大抵の戦える人は収納アイテムに武器を所持している。


 なんらかの収納アイテムは貴族や高位冒険者にとって持っているのが当たり前でもあり、冒険者にとって最も高価な服は戦闘服で、武器だけ外した高級素材姿の人たちは冒険者だと判断できた。

 そして、目立つ事に価値を見出しているのか、わざわざ原色に染めている者も多い。黒一色で、自分に酔っていそうなのも複数いる。


 貴族側にも黒のタキシードで女性をエスコートし、原色色のドレスを着ている女性もいるが、冒険者たちとは空気感が違う。

 

「ちょうどいいのがいた。移動する」


 アルベルトにエスコートされて向かった先は会場の奥の方で、王族の入ってくる扉からは少し離れていて、近くに冒険者がいない辺りだ。

 談笑しており、パートナーを連れている人もいるが男性率の高い集団になっている。


「レパード、少しいいか?」

「アルベルトか。よく夜会に来れたな」


 アルベルトより長身の男が機嫌よく応じる。今まで談笑していた相手にはウワサの上司だと紹介し、アルベルトは貼り付けたような笑みでわずかに目を細めた。

 レパードと呼ばれた男たちを鑑定すれば、身につけている物はいい。おそらくアルベルトと貴族としては同程度の立場にはある。


「お前に鑑定してほしい物がある」


 アルベルトに視線で促され、エイコは作ったばかりの幸運のお守りを見せた。


「幸運微増だね。良い物をお持ちだ、お嬢さん」

「会場の騎士に売っていいか?」

「どういう事だ?」

「作ったのは彼女だ。去年最後の男爵といえばわかるだろ」


 アルベルトのオマケとして見ていた男がちゃんとエイコの方に向き直って自己紹介してくれる。

 近衛騎士八番隊の隊長で、新年早々にパトスが刺された事件の犯人を押しつけられた人でもあるそうだ。

 警備担当だったばかりに事件が起きた事で減俸処分をうけている。


「売り物なら買わせてもらおう。いくらだ?」

「一つ千エル。つりの用意はないぞ」


 一万エル札を出した相手にアルベルトはつりがないことを主張してくれた。なくわないが、準備がないのも確かだ。


「一〇枚渡したらいい?」


 収納アイテムから追加で九枚出して見せれば、そばで談笑していた人たちが驚いた様子を見せる。


「あー、作って売るなら数はあるのか。部下にも配るから三〇枚くれ」


 新年そうそう不運に見舞われたので、部下たちにあげるのだそうだ。

 お城の勤務はいろいろと理不尽な事がある。誰が悪いわけでもないが、誰かが責任を取らなくてはいけないという事も多々あり、運のあるなしは大きいそうだ。


 どこか遠くを見るような悟った瞳が大人というものだろうか。エイコは大人の悲哀について思いをはせた。

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