第133話

 テーブルは酒を飲まずにはいられないアルベルトとパトスに提供し、畳と炬燵を出してエイコとメイは移動する。クリフはついてきたので、やさぐれているウワサの恋人たちは放置するようだ。


「クリフ、ウワサの情報まとめてほしい」

「興味ある?」

「カレンが好きそう」


 正当な報酬は払ってはいるが、陶器製のトイレ作りには協力してもらっている。発注をかけた量が冷静になるとなかなかヒドイ数だったので、ご褒美ボーナスを用意したい。


「メイも同意見?」

「うん、まあ、カレンは喜ぶんじゃないかな。ウワサの相手が誰か言わなくても上司と女装部下で喜んでくれるよ。ラダバナいれば真相なんて知らなくてもいいし」

「たぶん、近いうちに物語になるから、本になったら買ってあげたらいいかもな」


 クリフの予想では劇にもなるし、そのうちラダバナでも公演されるそうだ。

 結婚させてしまうまでは、絶対に犯人に黒幕がいる知られたくない王家が流行を作りに情報統制しにきているので、主要都市で公演されるのは確定らしい。


 さすがにウワサの真相を本人に直接聞きにきたら、黒幕以外のことはアルベルトたちも話せるが、わざわざ聞きにくるなんて人は多くなかった。強く否定できないこともアルベルトのストレスになっていそう。


「クリフ、わたし、もしかして上司と部下で恋愛中のところに割り込んだ女になる?」

「世間的にはそうなるが、黒幕からすると、部下のための身代わりか、部下が本命のための予行練習だったと見るか読めない」

「部下の身代わりの方がマシ。本命に見られると殺意が上がりそう」


 黒幕側の親族だって黒幕は大人しくさせたい。婚約者だって大人しくしていてほしいし、アルベルトだってこれ以上ウワサのネタにはされたくなかった。


「女であるだけで、エイコとウワサになった方がいいかもな」


 酔っ払いが暗い目をして、なんか言っている。

 アルベルトは実家に、せめて劇と本物語の部下は女にしてくれと交渉を頼んだらしいが、あんまりいい反応ではないそうだ。女の部下より女装部下の方がインパクトがあるので、犯人の存在より意識が向くのがいいらしい。


 実家もどうせ今すぐアルベルトは結婚できそうにないからと、強く交渉してくれないそうだ。すでに政略結婚の駒としては難扱いされてもいる。

 それでも金持ちの女傑やら未亡人に売り渡さないだけ、実家からの温情らしかった。


 結婚相手連れてきたら、実家は全力で動いてくれるそうだが、その婚約者を作れないのが昔も今も黒幕のせい。

 顔が良くてモテても、幸せにはなれない男として最近では同性からも嫉妬より憐れまれていた。


 パトスの方も現状結婚は絶望的らしい。何しろ上司に片思い中の女装男子だ。

 昨日の今日で異性枠ではなく同棲枠で、女性から応援してますと言われたパトスの心の傷は深かった。


 どちらも男とウワサでいるより、エイコと偽装結婚するのはありだそうで、男色のイメージを消したいらしい。

 アルベルトはさすがに女性からの応援はなかったが、男色家からの誘いはあったそうで、酒量が増えている。


「エイコ、冗談じゃなく、本気であり得る話しだからね」


 一人だけ飲んでいないクリフによると、お披露目で妙な男に目をつけられたら必要な処置になる。


「女性側がまったく望んでないのに結婚させられたなんて事は毎年発生するくらいにはよくあることだから」


 絶対に嫌な相手には、偽装結婚がいいそうだ。新婚の早々花嫁が儚くなるなんて事もままあるらしく、闇の深い問題があるらしかった。


「今ならどっち選んでも、男の恋人隠すために選ばれた哀れな花嫁になるけどな」


 他人事のクリフはどこか楽しそうで、エイコはイラッとする。


「クリフ嫌い」

「ぼくは好きだよ」


 にっこりと告げるクリフの言葉をウソだとは思わなかった。けれど、その言葉のどこにも色めいたものはなくて、お仕事としても終了したのだと納得する。


「なら、おやつはどこまでねだっていいの?」

「お望みのままにどうぞ、男爵さま」


 ぜんざいを作ってもらう。作り方はユウジに問い合わせた。塩は絶対に入れろと注意書きがついていた。


「あと、餡子も作ってほしい。保存食として持っていたい」


 より正確にいうと、団子とおはぎにしてほしい。エイコが羊羹もいけるだろうかと、和菓子に意識を向けていたら、メイのそばでうろうろしていたシルクが幼体になった。

 シルクは赤黒く毛のある手のひらより大きな蜘蛛。


 エイコは仲良くできそうにない見た目だとひいていたが、メイはシルクを鑑定して糸生成があると喜んでいた。


「メイ、余裕できたら蜘蛛の糸ほしい」


 蜘蛛は好ましくないが、蜘蛛の糸は錬金術の素材として必要としているレシピがある。ダンジョンのレシピではなく、グラムじいさんの錬金術書の方なので、どのくらい有れば成功に至れるのか不明なのが辛いところだ。


「成長すれば作れる量が増えるみたいだから、ちょっと待ってて」


『ダンジョンに連れて行って育てたらスキル増えるよ』


 自力でスキルを増やしたアオイがそんな主張をするので、お披露目が終わったらどこかしらのダンジョンへ行く事にする。


「アルベルト様、昨日の夜は直感スキル働かなかったの?」

「直感スキルでパトス連れて行った方がいいって感じたらしいよ。お陰で死傷者はいないんたが、ね」


 どうもメイが男性用補正下着の話をした時に直感スキルが発動したらしく、何もない夜にはならないとアルベルトは覚悟はしていたらしい。

 けれど、今のように飲んだくれるしかない状況になるほどの覚悟はかなったそうだ。


 だらだらと過ごしていると、ぜんざいができた。味は問題ないが、白いぜんざいは何か違う。

 それでも、エイコもメイも食べはする。今回使った豆が白いからなのだけど、お餅がまったく目立たない。


 酒飲みとおやつ中の人しかいない執務室にモルグがやって来る。どうやらお披露目の返礼品の仕様が決まったようだ。

 モルグに説明してもらいつつ、メイに布を用意してもらう。


「食べたら作ります」

「なら、わたしは下着とドレスの強化ね」

「あー、付与する余地は残しておいてほしい。物理耐性と魔術耐性くらいはドレスにも付けておきたい」


 前回が刺突だからと次も刺突だとは限らない。何が起きるかわからないなら、特化装備よりは万能に網羅できる方がいいはず。

 特化装備は当たればいいが、外れるとリスクが高い。自らの安全をエイコは賭けにしたくなかった。


「エイコさ、これだけ食べてばかりの正月ごっこするなら、明日ダンジョンに行った方がよくない? あと二日食べてばかりでドレスがサイズ的に大丈夫か不安なんだけど」


 ちょっとは生産活動しているとはいえ、座ってばかりで魔力消費はほぼ錬金術を使うだけ。それに対して、昨日の朝から三食プラスおやつどころではなく食べている。一回あたりの量は多くないが、常に飲み食いしていると言っていいほど口の中に何かが入っていた。

 メイはシルクを強化させたいだけだとわかってはいるが、運動は必要だとエイコはダンジョン行きに同意する。


 酔っ払い二人も酒飲んでばかりよりいいだろうと、クリフの提案で混合ダンジョンに向かうことまでは決まった。


「ウワサが気になるなら、人のいない方がいいし、妖精の工房?」

「あそこ素材集めにはいいよね。技術はすごいんだけど凄腕職人の作ったアイテムの方がガッカリする」


 枯れ果てできた伝説の針子が作ったドレスがメイはトラウマになっているらしい。ガチャから出たのを持ち上げただけで崩れ、触るだけで壊れる。なのに、壊れていないところは目を惹きつけるほど美しい総シースルーレースのドレスのようだったそうだ。

 あっという間に壊れたので、現物はメイとパトスしか見ていない。なかなかヒドイ仕様らしかった。

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