第129話
マナミとしても発言さえ制御してくるエイコといるのは嫌らしく、娼館所属もよしとした。
どうも客さえ選べるなら悪くないと、積極的ですらある。それだけエイコといるが嫌なのか、奴隷解放の夢を見たのか不明だが、やる気を出してくれたなら、勇者から金を巻き上げてくれるだろう。
通常料金というか、マナミが買われた場合に発生するお金の取り分は奴隷の所有者であるエイコが六割で、店側が三割、奴隷のマナミが一割となる。
基本、奴隷の取り分はゼロなので、これでも破格の待遇ではあるそうだ。
しかし、これではいつまでたってもマナミは奴隷から解放されない。
でば、なぜ娼館の女たちが奴隷から解放された事例があるかというと、客からもらう贈り物のおかげだ。
これの取り分が奴隷が六割、店が一割所有者が三割となる。ただし、この取り分がだと、マナミは日々の衣食住を自ら贖わなくてはならない。
高額な贈り物なりチップなりをもらい続ける自信があるなら、取り分は減らして衣食住の面倒をみてもらうよりは手元にくるお金が多い。
どちらがいいかは本人の才覚による。
それはそれとして、贈り物でもチップでも本来なら奴隷の主の物である、取り分がある事に感謝して励めとリシャールはマナミを教育する。
店からすれば大抵の女は若いうちしか大きく稼げないし、やる気を出さすための取り決めで、仮に奴隷解放されてもその頃には投資分の回収も利益も出た後だそうだ。
今回、店側は仲介するだけとなり、受け取るのは手数料感覚らしい。売り込み相手が隣国にいるため、売り込むにはそれなりにの金がかかるが、ハマれば利益は大きい。
リシャールの直感はやれると判断しているらしく、アルベルトの直感も悪い感覚はないそうだ。
エイコとしてはマナミを側に置かずにすんで、面倒をみなくてすめばそれでいい。
お金は稼げるなら稼いでくれといった感覚だが、勇者からぼったくってくれれば楽しいくらいは思っている。
何しろ記憶がないとはいえ、こっちは死んでいるのにあっちは勇者としてチヤホヤされているのだ。
戦争になんか参加させられたくはないが、勇者たちもちょっと苦労すればいいと思う。
元の世界で憧れだか、初恋だったかはしらないが、少なくても好意を持っていた奴隷に落とされた女とこの世界でハニトラかまして妊娠したのまでいるらしい女たち。
勇者はどっちを選ぶだろう。
当然、勇者のそばに送り込む時はマナミのスキルを使用禁止になんてしない。耐性アイテムを渡すのは店側の人に対してだけとなる。
勇者なら、耐性スキルくらいあるかな。でも、元がマナミに対して好感度高いし、耐性スキルがあっても防げるとも限らないか。
恨みというほど強い感情はないが、勇者の幸福を願えない程度にエイコは狭量だった。
自らの器の小さなを残念に思うが、ハーレム勇者なんて女難で困ればいいとも思っている。
そう、ちょっとばかり不幸になってくれればいいの。それでも死ぬよりはマシだし、マナミの面倒はみてくれと願う。
「勇者の興味を得られる物はないかしら?」
リシャールの持つ隣国へのツテは、勇者に直接繋がるものではない。何かあるならば、時間、労力、金、すべての節約になるそうだ。
エイコは少し考えてから、収納アイテムからトイレットペーパーを一ロール取り出す。
「これ、隣国にある?」
「わたくしは見たことはございません。おそらくないと思われますし、あったとしても広く流通している物ではないでしょう」
「たぶん、見たら反応すると思う。見れば使い方もわかるし」
女よりは使わないとはいえ、葉っぱやら茎やら布では落ち着かないはず。現物があるなら欲しいと思うだろう。
「この世界にあったの!」
驚きの声を上げるマナミに、エイコはうんざりする。
「無いから作ったの。叫ぶなら、話すの禁止にするよ」
「ちょうだい」
「一つ、一万エルなら売ってあげる」
「ぼったくりじゃない」
「作るの面倒なの」
嘘だけど、魔石と草でも木でも植物ならだいたい錬金術一回で作れる。ただ、消耗品なので、広く流通させると生産が追いつかない。
モラルが回復する前にギルド登録して流通させれば、町の美観はより損なわれるだろう。
「使い方、教えていただけるならお金、貸しますわよ?」
リシャールの誘惑にのせられ、マナミは一〇万エルの借金を作った。
「勇者なら相手なら、一つ一〇万エルでも売れるかな?」
「それは、なるべく高く売れるようこちらで鋭意努力させていただきますわ」
リシャールは商人としてはとっても頼もしい対応を約束してくれた。どういう結果になるか、期待して待つ事にしよう。
部下が契約書を作成するのを待つ間に、マナミの情報が書かれた紙を見て、リシャールがぽつりとこぼす。
「女を不幸にしやすい三大スキルの内二つをお持ちとは、神様の加護があるのも良いことばかりではありませんね」
「どれのこと?」
手にしていた紙をリシャールが机の上においたので、エイコも視線を向ける。
「美貌と魅了ですわ。一見異性にチヤホヤされて良さそうなスキルに思えますけど、自ら恋をすれば、自らが好かれているかスキルが好かれているか悩まれる事が多いようです」
かつて同僚にそんな悩みを持った人がいたそうだ。
「スキルを含めて自らだと、自己固定できる方は悩まれやないようですが、男を手玉に取れるスキルは男に食い物にされやすいのです」
「わたしは男にいいようにされてなんかやらない」
ギラギラした目をして、威嚇するようにマナミが笑う。認めたくはないが、そういう顔をするとマナミは綺麗だとエイコは思ってしまった。
「さすが肉食系女子。わたしなんて男にそばにいられたら怖くてしかないわ」
「あ゛⁉︎ 可愛子ぶるのやめてくれる? キモいんですけど」
「はぁ〜、これだから繊細さとは無縁な人は嫌ね。会話にならないわ」
エイコとマナミの会話を驚きを持ってアルベルトは見つめる。直感スキルが強く主張しており、絶対に口をはさまないと決意した。
「誰もが強くは生きられないのよ。わたしなんて、つい自害用の服毒薬作ってしまったくらいよ」
鑑定結果非常に不味いとなっていたので、完全に飲む気は失せている。
「あんた、死ぬ死ぬ詐欺のかまってちゃんだったの? 引くわ。死ぬ気もないのに死ぬ死ぬ発言できる図太さはさすがよね」
「クラスメートを自殺未遂に追い込んでも罪悪感すら覚えない相手に図太いなんていわれたくないわ。繊細さがかけらもないから、繊細な人が理解できないのよ」
二人の口喧嘩は、契約書にサインが交わされるまで続いた。
リシャールは物置と化しているアルベルトににっこりと微笑む。
「女は誰しも儚く繊細ですのよ」
強く見えるのは、それだけ過酷な環境に置かれたせい。か弱いままでいさせてくれなかった男が悪いとリシャールは断じる。
「あなたも?」
くすくすと女は笑う。
「よい男に育つにはまだまだ時間がかかりそうですわね、坊や」
この場で戦闘職種なのはアルベルトだけ。直接的な力では、圧倒的強者だ。けれど、そんなことこの場では何の役にも立たない。
沈黙こそが友だ。余計な一言を発したのをアルベルトは後悔する。
肉体的か弱さだけなら、すんなりと認められるが、繊細さについてだけはどうあっても飲み込めなかった。
ここで求められるのは、正直な誠実さではない。偽りでも、繊細さを前提とした発言だ。
しかし、この場にいる三人の女にふさわしい虚言をアルベルトは見つけられない。だから、直感スキルは沈黙せよと主張するのだと理解した。
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