第128話

 家に連れ帰りたくない程度には、マナミが嫌いだ。そばにいられる事に負担を感じるし、極力関わりたくない。

 そんな相手を、同じ異世界人だからとよこされても困る。迷惑だ。


「マナミ、今どこにいるの?」

「貴人用の牢屋です」

「奴隷なのに貴人用?」


 答えてくれた式典官に、エイコは聞き間違いかと確認する。


「一般用の牢に入れましたところ、他の囚人たちを魅了してしまいましたので、隔離措置としてです」


 看守も魅了されたらしいが、こちらはすぐに対処され、その後は耐性スキルか耐性アイテム持ちの者で様子見をしているそうだ。

 これは、家に連れ帰ったら確実に使用人を魅了して面倒な事になる。


「奴隷ならスキル使用禁止できるのでは?」

「どうも奴隷の首輪の強制力が低いようでして」


 奴隷の首輪は新しいのを作ろう。それでダメなら、スキル封じのアイテムを効果があるまで身につけさせるくらいしか対処方法がわからない。

 とりあえず効果があるか試してみて、ダメならダメで考える事にする。


「マナミ、いつまで預かっていてくれるの?」

「今日にでも引き取っていただければありがたいです」


 お城でもマナミは持て余しているようだ。


「連れ帰りたくないのよね。そもそもなんで牢にいるの?」

「奴隷の持ち主が失脚して接収された結果だ」


 嫌そうにアルベルトが教えてくれた。失脚理由の一つにクリフも関わっているそうで、クリフはマナミの取り巻きとしてきっちりと情報を抜き取ったらしい。

 メンイで動いていたのは別の人で、そちらは数年がかりの内偵らしかった。


 マナミを買い取ったオークション代金が不正の結果だそうで、異世界人でなければ売り飛ばして現金化されていたそうだ。

 過去にやらかした異世界人たちのせいで、畏怖心のある人もおり、気にする人と気にしない人の扱いの差が激しい。


 畏怖する人ばかりなら、マナミは奴隷から解放されただろうけど、気にしない人もそれなりにいるから奴隷のままだ。


 さて、目を離すと何をするかわからないが、身近にも置きたくない相手をどうしてくれようか。

 たぶん、マナミを一番高く買ってくれるのは隣国にいる勇者たちだろう。コータによればハニトラに引っかかっているみたいだが、マナミへの思いがすべて消えてなくなったわけではないはず。


「ねぇ、男ってヤレる女と高嶺の花、どっちが大事?」


「人による」


 仏頂面でアルベルトが簡潔に答え、困ったように式典官が口を開く。


「手に入らない女の方が燃える方もいますね」

「そうよね。みんながみんなヤレる女がいいなら浮気する人なんていないか」


 釣った魚にはエサをやらない男もいるらしいし、落とすまでがよくて落とした後は興味が薄れるなんて男もいるらしい。

 人による。アルベルトの言葉がその通りすぎて、勇者連中がどっちがエイコの恋愛経験値では判断できなかった。


 なんらかの情が残っていると信じて、勇者にマナミの面倒をみてもらう方法を考えよう。コータとリクシンは隣国にコネありそうだけどどっちもラダバナだ。

 今日、今すぐとなると王都在住な人でなくては間に合わない。そうなると、心当たりはリシャール一人しかいなかった。


 こんな事になるとわかっていたら、リクシンの王都の店に一度くらい行って置けば選択肢は増えたかもしれない。リシャールに断られたら押しかけるつもりだが、引き受けて欲しい。隣国にコネがあると言っていたし、奴隷の扱いも知っている職業だ。

 きっと、どうにかしてくれるはず。


「リシャールに会いたいって連絡してほしい。できれば、今日すぐにでも」


 アルベルトに向かって要望を出し、部下を動かしてもらう。それから、その場で奴隷の首輪を作る。

 それから、嫌々マナミに会いに行く事にした。


 マナミがいるのは城の外れの方で、それなりの距離を歩かされる。ちょっとばかり、目にしたくない物を目にし、まだまだトイレ普及にがんばらなくてはならないと思う。


「これでも昔よりはかなり良くなった」


 昔を知るアルベルトにとっては、今はだいぶ歩きやすいそうだ。

 モラルは一度失うと取り戻すのが難しい。しかもやらかしているのは集団。自らの行動が恥ずべき事だと認識する事すらしていない可能性すらある。

 気楽に街歩きできる日は遠いと、エイコは曇天の空を見上げた。


 マナミが入れられていた牢は一般用の牢屋の上にあり、貴人用としてはもっとも格が低い。富豪や貴族ではない役人なんかも入れらるそうだ。

 爵位持ちの貴族になると建物からして別になるそうで、本当に隔離目的らしい。エイコは魅了で優遇されているのかと疑っていたが、そちらはアルベルトに否定された。


 早々にマナミを引き取ってもらいたい王宮側は、牢に奴隷商まで待機させている。何がなんでも今日中に引き取らせるという強い意志をエイコは感じた。

 念のため、奴隷商が操られていないか鑑定で確認し、異常はなかったが耐性アイテムを身につけさせ、浄化もさせる。それから、マナミの首輪を付け替えさせた。


「なんでエイコがいるのよ。笑いにきたの!」

「うるさい。黙れ。スキル使うな」


 口をパクパクさせ、声を出せなくなったマナミに、奴隷の主従契約が変更されたのを理解する。これで、この問題児の主か。

 まったく嬉しくない上に、面倒事が発生する未来しか思い描けない。


 マナミを黙らせたまま、淡々と城を後にする。城を出れば式典官とはお別れで、アルベルトは娼館へ行くのもついて来た。

 貴族令嬢やご婦人方だけでなく、娼婦もアルベルトに色めくようだ。


「いらしゃいませ。今日は娼婦泣かせの殿方もご一緒ですのね」


 アルベルトは煽情的せんじょうてきな女たちに眉ひとつ動かす事なく、店主に案内さらるまま部屋におもむく。


「これ、引き取れる?」


 案内された部屋に到着そうそう、親指で背後にいたマナミを指差す。


「引き取れませんね。ですが、所有権を変更しないまま有償で預かる事ならできますわ」


 一緒にお金をもらっているとはいえ、マナミのためにお金を使うのは精神的にとっても負担が大きい。


「客取らせれる?」

「奴隷を働かせるのは普通のことですから」

「それなら、隣国の勇者に売りたい」


 振り向けばにらんでくるマナミに、エイコは薄ら笑いで説明する。


「わたし、あんたの面倒なんて見たくないの。でもね、今のままだと、あんたずっと奴隷のままなの。この店、奴隷が自らを買い上げて奴隷から解放された事例があるわ」


 ちゃんと話は聞いてくれているようで、ほんの少しだけ目つきが柔らかくなった。それでもまだ、般若寄りの表情だが、マナミは主側がいかなる危害を加えても合法の範囲だと理解してなさそう。

 夜会に出てくるくらいだし、甘やかされた奴隷だったぽい。


「で、隣国の勇者、四人いるんだけど、四人ともあんたの取り巻きらしいわ。あいつらに買ってもらって奴隷から解放されるのが、お互いもっとも関わらずにいられると思うわ」


 しゃべろうとして声の出せなかったマナミに怒鳴らないならと条件付きで許可を出す。


「どういうことよ?」

「わたしたちが死んで異世界にいるの、勇者召喚のせいでしょ。生きて世界にたどり着いた連中が勇者なの。で、そいつらがあんたが学校帰りに一緒にいた相手だっていってるの」

「召喚された時の記憶はないけど、誰と出かける予定にしていたかは覚えているわ」


 にんまりとマナミが笑う。


「あいつら、めちゃくちゃ稼いでいるらしいのよね」


 エイコも笑みを浮かべる。


「わたしらが異世界で苦労する原因の勇者様にさ、マナミなら奴隷から解放してもらえるじゃない?」


 勇者からぼったくろうよ。そんな思いを込めてリシャールを見ると、にっこりと笑みを返してくれた。

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