年末年始
第130話
一六月という馴染みのない月がそろそろ終わりを迎える。そんな頃に、料理人が戻ってきた。
「おせち料理作りにきたよ」
王都に来る前にユウジに作り方を聞いて、おせち料理の意味合いはトミオに教えてもらっていたそうだ。しっかりと食材をダンジョンで集めてきていた男にエイコは負けて、館に入ることを許可する。
お重と風呂敷はすでに作っているので、そっと手渡す。
クリフがいなければ、エイコはきんとんと煮豆を作るつもりだった。どっちも学校の調理実習で作ったことがあり、エイコは作れるつもりたが、メイは懐疑的な視線を向けてくる。
クリフが戻ってきたので、作るつもりはなくなり、エイコは錬金術で餅を作る事にした。
もち米を蒸して潰せばいいのだから、水ともち米を錬金鍋に入れればいいはず。
煮込みすぎたお雑煮に入っていそうな餅ができた。水を入れすぎたのかもしれない。
二回目はさせてもらえなくて、ユウジに作り方を聞いたメイ監修でクリフが作る。鏡餅らしき物ができたので、エイコは鏡餅を載せる台座を作った。
エイコは悲しくどろどろのお餅をおやつ的に食べ、大部分をアオイに食べてもらってなかった事にする。
「入れてよかった。ここ騎士寮より居心地いいんだよね」
話を聞いただけで蕎麦を打てる男が、年越しそばを用意してくれた。
マナミを足かがりとした情報収集は終わったらしく、さらっと料理人としては戻ってきたが、彼氏としては戻る気は無さそう。
エイコの方もすでに結婚相手としてみる気力はなく、料理人としていてくれればいい。
食堂で蕎麦をすするのはエイコとメイとアルベルトとパトスの四人だ。エイコとメイはお箸で、アルベルトとパトスはフォークで食べている。
蕎麦を音を立てて食べるのに、拒否感を覚える文化圏の人がいると聞いたことがあったが、アルベルトたちはそういう文化圏では無さそう。もしくは、異世界人だからで許容している。
嫌な顔をされるなら蕎麦を持って部屋にこもるつもりだったが、平然としていられるならそのまま食堂にいる事にした。
「天ぷらまで作ったクリフ、マジ有能」
白身魚やキノコの天ぷらを食べながらメイはにこにこしている。エイコとしては海老がないのは残念たが、芋類や根菜もあり、食べ応えもあって満足していた。
「エイコがラダバナにいる時から住環境は良くしていたからな。ここでの生活に慣れたら、他の環境は劣悪に感じる」
なので、エイコの機嫌を取るための料理をクリフはユウジたちから聞き出していたとパトスが暴露する。明日はお雑煮を作って、七日には七草粥も作ってくれるそうだ。
プチ正月気分を味わえるとわかり、メイは着物ぽい服を作っている。正式な着物ではなくて、コスプレ的な和装を明日は着る予定だ。
もっと早くにわかっていれば、和系軍服衣装を人数分用意したかったそうで、何枚かはできたのでアルベルトを筆頭に着てもらう。
アルベルトとしては、親戚の女性たちに遊ばれるより、一着着ればいいだけのメイはかわいいもの。異世界の衣装にパトスも興味を示しており、彼らは実家に帰るつもりはないそうだ。
使用人たちの休暇は正月を過ぎてから順番に取ることになっている。何しろエイコはお城の新年会に参加しなくてはいけないため、メイドがいないと準備が整わない。
エイコが呼ばれている夜会は新年会五日目の夜会だ。お城では年末からずっとなららかのイベントばかりで、常に貴族が集まっている。
年末は別として、新年になってからは爵位やら役職、貴族の序列によって呼ばれる時間が決まる。なので、アルベルトは団長代理と実家の影響で明日の夜は晩餐会に出席しなくては行けないそうだ。
団長代理なので、服装が制服になる。制服の飾りも役職や功績で決まっているため、準備しなくてはいけない物は少ない。
「作法に大変うるさい方々がいるが、行きたいなら連れて行ってやるぞ」
女避けパートナーがいるとラクだそうで、うるさい方々は納得しないがエイコの作法は普通なので、連れて行ってもアルベルトの恥じにはならないそうだ。
どんな食事が出るか興味はあるが、面倒な思いをしてまで食べたいほどではない。食中毒の心配もある。
「女がいた方がいいなら、部下の誰かに女装してもらったら」
メイはレシピがあるから作ったが、使い道がない衣装を死蔵しているそうだ。エイコにも死蔵するしかないレシピ作成品はあるし、メイにあったところでそういう物としか思わない。
それが女装用というのは楽しそうではある。男性が着用する前提の女性らしく見せる補正下着まであるそうで、王都近郊のダンジョンで出したレシピだから、需要はるとメイは考えていたそうだ。
一番着せたいのは女装でも似合いそうな圧倒的に顔のいいアルベルトたが、着せる難易度は一番高そうだと狙いを部下に向けている。
せっかく作ったのだから、使って欲しいと思うメイの気持ちははエイコも理解できた。
女装くらいどういうこともないと思うのだが、抵抗があるらしい。女が男装するとのは違うようだ。
「それなりに需要があるかレシピになっているんでしょ。自らの望むまま着ればいいじゃない!」
在庫処理を狙うメイは熱が入っている。
デザートを持って食堂に入ってきたクリフは、メイドにデザートと渡すと素早く食堂から出た。
現在、食堂にアルベルトの部下はパトスしかいない。即、逃げたクリフにパトスは顔を引きつらせる。
「オレに女装の趣味はない。アルベルト様も女装した部下を連れて陛下の前には出れないでしょう?」
「上司思いな部下だと語ってやる」
キラキラした笑顔でどんなに不味い女装でもパートナーとしてエスコートしてみせるとアルベルトは請負う。
「どんだけ一人で参加するのが嫌なんですか」
「晩餐会には王女か参加するからな」
あー、とうめいてパトスは頭を抱える。
リスクヘッジのため、王族全員参加ではないそうだが、直系王族の半分ほどは参加するそうだ。
王都出禁になっていたアルベルトが、今回王都に戻れたのは問題の王女が婚約するから、最後に合わせてくれと願ったためらしい。
婚約のお披露目もすでに終わっており、春に結婚するそうだ。
身分が上の女性というのは相手にするがとっても面倒なのだそうで、合わずに結婚してもらってもなんら問題がない。むしろ会いたくもない相手だが、アルベルトは相手側からは面会を熱望されていた。
「愛情が重たい方?」
「妄想の中で作り上げた恋人を現実に押しつけてくる方だ」
「えーと、あれよ。もしかして、
幼少期はアルベルトの婚約者で、王家のために別の相手と結婚しなくてはならなくなったと思い込んでいるそうだ。
家の跡取りでもないアルベルトは王女とは婚約できないし、王女のために兄を押し退けるつもりもない。
新たに公爵家を作るという話もあったが、実家の権勢が強くなりすぎると流れたそうだ。
思い込みが激しくてヤバイと、国外には出せない王女。行き遅れになると醜聞になるため、最近力を落としている公爵家を支援するかわりに、忠誠を示してもらうことになったらしい。
その公爵家、次世代に真っ当な跡取りが育ってくれればいいが、母親似の子どもが生まれたら大変そう。
王都周辺のダンジョンからやたら薬物のレシピが出る理由の一端にエイコは触れた気がした。
正確な時間を刻む時計もなく、ここは除夜の鐘もならない。起きていたところで、新年会までカウトダウンできるわけもなく、夜はいつものように寝た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます