パーティーに行きます
第122話
黙って座っている分には問題はない。それが貴族の所作を覚え始めた頃の、エイコの評価だった。
ドレスを着た時の歩き方から直され、立ったり座ったりを繰り返す。それから、ダンスの基本だけは最低限覚えて覚えておく必要があると言われて、エイコ逃走した。
「エイコにしては頑張ったよ」
逃走について来たクリフの案内でダンジョンに向かい、一泊二日でダンジョンを楽しんだ後、練習に連れ戻された。
ダンスはあれだ、エスコートしてくれる相手が上手ければどうにかなる。そのくらいの仕上がりで、夜会行きが決定した。
お勉強熱心ではないことと、やる気のなさを看破され、あとは実践あるのみと圧のある笑顔でアルベルトの姉に送り出される。反論の余地を与えられないまま、まずは小規模の夜会に参加した。
夜会の参加資格は招待状を得ているかどうか。送り状の名前の人以外にも代理人やパートナーも参加できた。
貴族であることは絶対ではなく、エイコはクリフのパートナーとして参加する。
職業パートナーや高級娼婦、豪商なんかも夜会に参加しているそうで、エイコは顔繋ぎするなら貴族よりは豪商がいい。というか、商人はとっても積極的に寄ってきてくれる。
要は魔導具を卸せだ。今以上に稼がせてやると息まかられても、ノルマがきつそうというか、面倒そうな契約なんてしたくない。
お金は大事だが、必要な分プラスゆとりがあるくらいあればいいので、仕事に忙殺されてまで守銭奴になりたくない。
あまりの押しの強さに、商人との縁ももういいかと思ってしまう。
その点、ラダバナの商人はよかった。気が向いて作ったら持っておいでくらいだったし、欲しがる量も百とか千の単位でもない。
今すぐ金策はもうしなくてよくなったから、商人を使いたい時はラダバナでお願いしよう。首都に支店のあるらしいし、リクシンならいいように取りまとめてくれるはず。
ダンス練習がてら一曲踊り、本日のノルマ達成。食事やお酒も用意されていたが、衛生面が不安でどちらも手を出していない。
何しろ鑑定結果が食中毒微。お腹が痛くなるかも、となっていた。
あと、庭におまるでポイの方がいるらしく、庭やバルコニーにも出たくない。かなり頑張ったのに、まだ貴族に行き渡っていないようだ。
携帯用の浄化機能付きおまるの魔導具も山のように作ったのに、まだ足りないらしいし。
「首都にいる貴族にはだいたい行き渡っている。ただ、側付きの分まではないから、そっちは旧来の方式になっている」
侍女や従者、誰もついてきていないなんて事はない。会場内にいないだけで獣車で主人の帰りを待っている人もいる。
「清潔魔術くらい使って欲しい」
あれは魔力コストが軽い。ケチる必要なんてないはずだ。
せめて手だけでもやってくれていれば、食中毒微になっていない。
「もう帰りたい」
そして二度と参加したくない。着飾って、キラキラと装飾品を身につけていても、ばばっちいと思うもお近づきになんてになんてなりたくなかった。
「毒耐性アイテム身につけていれば大丈夫だよ」
「何も大丈夫じゃない」
お腹痛くならなければいいなんて思えない。嫌な臭いしたらひたすら清潔魔術使っているけど、精神的にツライ。
「ねぇ、お風呂ってどのくらいの頻度で入るの?」
「個人差があります。あま、そのなんだ。お風呂より香水にお金をかけている人が多いね」
「もう帰る」
イヤイヤ期幼児並みにごねて帰路に着く。獣車に乗り込み、生活魔術をエイコは自分とクリフにかけた。
「お風呂はね、入る人はまめに入っているんだよ。軍の寮だと大浴場もあるからね」
お風呂は入らなくても死なないが、風呂を沸かすのに魔力を使って部屋を暖められなくなったら凍死する。経済及び時間に余裕がないと風呂には入らないと諭された。
一度目の夜会の反省を活かし、手袋に清潔魔術を付与する。耐性アイテムは常に身につけているが、毒耐性品を増やしておく。
基本、食中毒微なんて食べたくないが、食事の必要が出た時のために対策は必要だ。
「夜会はイヤだー」
「じゃ、一日中練習する?」
ヒドイ二択を突きつけられて、エイコは再び夜会に向かう。短期間に次の夜会に参加できるなんて、メイはかなりドレス作り頑張ってくれたようだ。
ドレスがないから参加できないなんて口実は使えないようで、メイの優秀さが憎い。
ドレスは一度人目に触れたら着ない方々もいるが、それは貴族の中でも上位に位置する方のみ。少し手直しして使う人の方が多い。
それを見越してメイは襟や裾、袖に付ける飾りを着脱前提で作っているそうだ。
エイコは服へのこだわりは強くない。よほど嫌な物でなければ、拒否することもない。任せておけば、メイもメイドも頑張ってくれる。
お人形のように着飾らせてもらい、エイコは二回目の夜会に臨んだ。
ものすごい美人がいる。会場中の視線を集めるような女性で、ちょこっとリメイクなんてものとは無縁なドレス。自らを魅力的に見せ、注目を集める。
装飾品だけでなく、ドレスの生地にも宝石や魔石が縫い止められているようで、キラキラ輝いて見えた。
「こんな所にいるような人じゃないんだがな」
下位の貴族が夜会を開くと、関係のある上位貴族に招待状を送る。贈るのがここの作法なだけであって、ほぼお断りの手紙が届く。代理人を寄越してくれたらいい方で、爵位持ち本人がやってきたら驚きを持って迎えられる。
そんな場違いとしかいいようのない男に連れられて、とっても目立つ女がエイコを見た。目があった気がするが、きっと気のせい。
「ねぇ、なんか、こっちに来てない?」
「来てるな」
「逃げよう」
なんかこう、明らかに強者感がある。ダンジョンなんかで戦って強い人じゃなくて、精神的というか権力的か経済的強者。
背を向け、逃走しようとするエイコをクリフが腕をつかんで止める。
「なんで止めるの?」
猛禽に目をつけられた小動物の気分なのに、逃がしてくれないクリフに拗ねた視線を向けた。
拗ねている間に相手がやって来てしまい、にこやかな笑みを向けてくる。優しそうに見える微笑みなのに、エイコは怖いと感じてしまう。
「わたくし、この町で商売を営んでおりますリシャールと申します。隣の男はこの会場に入るための通行手形になっていただいただけですから、気にしなくて大丈夫ですわ」
明らかに高位の貴族を通行手形扱いして微笑む女。これ、絶対怒らせると危険な相手だ。
男の方も笑って済ませ、怒る様子はない。それだけで親密な様子が見てとれる。
「わたくし、あなたと商談がしたいですの。お時間いただけるかしら?」
お伺いしてるように見せかけて、まったく逃してくれなさそうな雰囲気だ。
「契約になると、保証人の許可が必要になりますので、この場で応じる事はできません」
「今日、ここで契約を交わすつもりはありません。わたくしの欲している物をまずは聞いていただきたいの」
エイコが作れるようなら商談となり、契約が発生するのはその先となる。
「なぜ、わたしに声をかけたのでしょうか?」
「直感があなただとささやくからかしら?」
わずかに首を傾げて微笑む。
「異世界人は綺麗好きなんてウワサは昔からありますのよ」
異世界人の中で物作りしている人を探し、その中から直感スキルでエイコを狙ったようだ。
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