第121話
エイコはトイレを作った。レシピ通りに作れば、簡単だし、速い。ついでにこの世界の標準規格だろう。
素材がある限り作り続け、素材を購入する必要性を感じる。道案内してもらうついでに買い付けしてもらうなら、同行者は鑑定士のパトスに頼むべきか。
お風呂はとりあえず家で使う分あればいい。けど、トイレはダメだ。周囲もきっちり対応してもらわないと悪臭と病気が怖い。
「近隣から売ってきて」
その間に素材の買い付けをと、思ってたいたのにアルベルトとモルグにダメ出しされる。
偉い人から順番に売り、次に同派閥の方に売って、他派閥は調整しながら売らないとダメらしい。軽く話を聞いたけど、エイコは理解できないとわりきる。
二大派閥が王族派と貴族派で、派閥内でさらに派閥があり、どの派閥にも属していない中立派とか、派閥に属している中立派とかもう意味がわからない。話を聞くだけ時間のムダ。
「順番なんてどうでもいいわ。そっちで必要な順に売ったらいいから、家の周囲から悪臭を撲滅させるのに必要な数を教えて。あと、そのための素材購入もしたい」
手持ちのお金で対処するなら金策が必要だが、商売用のお金を使うなら買い付けの対応はできる。
「エイコ。ごはん食べて寝ようか」
にこにことクリフがやってきて、背中を押されて移動させられた。
向かったのは厨房で、隅に置いたテーブルにご飯を用意してくれる。おにぎりとお味噌汁と焼き魚におひたし。
「徹夜したんだろ? 食事と睡眠は忘れたらダメだよ」
販売も買い付けも任せておけばいいらしい。素材が届くまでできる事はないから、ちゃんと休むように諭される。
「ラダバナって、壁の外も悪臭してなかったのに、何で城下町がおかしな事になってるの?」
「ラダバナの壁の外も序列があるんだよ。エイコが見たのは門から一番近い、一番力のある連中だ。彼らは経済的にも余裕があるんだよ」
門から離れるほど弱者が住み着くようになり、風呂やトイレを気にする余裕がなくなってくる。彼らに必要なはその日を生き延びる為の水や食糧で、他を気にする余裕なんてないそうだ。
エイコやメイの視界に入らなかっただけで、そういう社会がラダバナの壁の中にもあったらしい。
「トイレと風呂は大事だよ!」
エイコは強く主張するが、どうにもクリフに響いてなさそうだった。
「ラダバナの家も、君らのダンジョンでの野営の仕方も知っているからね。エイコにとってとっても重要なのはわかるよ」
クリフはエイコをなだめて、食事をさせた。食事が終わると部屋に連れて行き、就寝をうながす。エイコは寝るのはお風呂に入ってからと、トイレ作りに情熱を向けすぎて何の用意もできてなかった私室に寝台とお風呂の準備をした。
配置はまた今度変えるとして、お風呂に入ったら寝る事にする。
吝嗇家なのか浪費家なのか、雇われた者たちは新しい主の評価に迷う。贅沢品である風呂やトイレに対するこだわりは浪費家。けれど、人を雇う事には積極的ではない。
ここに連れて来られる前に全員、家主及び異世界人の情報流出を禁じる魔術契約書にサインして来ている。
外向きに発する言葉は注意が必要になり、内輪で家主について愚痴をこぼすしかなかった。
異常としか思えないトイレへの情熱。生産体制を整えたと、空飛ぶ船で送られてくる物資。魔導具化する一歩手前まで、よその町にいる異世界人と所有している奴隷に作ってもらっているらしい。
どちらも姿を見た事はなく、どれだけいるかはこの地で雇われた者達にはわからない。
ただ、城下町にトイレを行き渡らせるという情熱は本気だと、怖いほどの量を魔導具として作り続けている。
最初の一週間で屋敷の買取費用分の収益を余裕で叩き出し、売れに売れ続けていた。
入手困難だというだけで、手に入るなら欲しいと望んでいた人はそれだけ多かったのだろう。お偉い方々から流通したお陰で、入手していないと流行に乗り遅れるというのもある。
何より、入手していない家だけ悪臭がする状態になるのは悪目立ちしてしまう。裕福な者ほど、雪のあるうちにと入手を急ぐ。
裕福な者は雇っている人も多く、一つ入手しただけでは足りない。数十個まとめ買いなんてのも珍しくない。
城では四桁の購入があったらしく、来春は庭の美観と共に清浄な空気を取り戻すと、気合いの入っている人たちがいるそうだ。
一五月の半ばも過ぎた頃には貴族だけではなく、平民の富裕層にも買われている。装飾品一切なしで、中間層にまでは行き渡らせたいが、エイコの願いとは異なり、まだまだ装飾付きの要望が減らない。
下の者へ販売するより先に、よその町の富裕層の購入が始まってしまった。
「なんで、いつまでも買われ続けるの!」
一度そんな叫び声を上げていたが、理由を説明され、装飾付きの作成を半分に減らす。減らした分装飾ナシの作成を始め、こちらは大量購入を認めなかった。
「城下町の中間層に届けるのです」
そう宣言する姿は守銭奴には見えなかったが、今後陞爵を控えているウワサと混ざり成金男爵と思われてしまっている。もうすぐ便器男爵が誕生すると揶揄されているらしく、使用人たちは異世界人の耳に入れるなと厳命されていた。
ひたすら魔導具を作っているので、接する機会のある使用人が黙っていれば知られる事はない。
しかし、そろそろ魔導具を作るのをやめて、時間を作ってもらわないと陞爵の際の作法や貴族の作法ついて教えられないままだ。
食事の作法は王都に来る前に覚えていたそうだが、着なれないドレスでは美しく歩くことができない。家主のご友人が作成したドレスも仕上がってきており、魔導具作りはそろそろ辞めていただきたかった。
便器男爵と揶揄されようと、家主や陞爵理由は希少職業の囲い込みが目的であり、魔導具を作らないでいるのも無理だとは承知している。けれども、城に上がるなら、見た目も動作も美しくなくてはならない。
幸い、顔は大変化粧映えする。言動さえ取り繕えられれば問題はない。
「同じ物ばかり作るのを飽きた。新しいダンジョンに行きたい」
家主は唐突に告げられた。その姿は家庭教師の勉強から逃げたがる子どものようで、魔導具ばかり作っていたのも作法の勉強から逃げたかったせいかと疑念を持つ。
アルベルトは眉間に縦皺を作り、舌打ちをして一つの決断を下す。
実家のお茶会に強制連行。その場でダメ出して所作を学ばせる方法を選んだ。
課題達成のご褒美はダンジョン。
自身も実家には近寄りたくないアルベルトにとっても、息抜きのダンジョンは必要だろうと幼き坊っちゃまを知る面々は見守る事にする。
「高位貴族に会う事にも、陞爵も舞い上がっている様子はありませんね」
「どちらも嫌そうにしていますから、アルベルト様におねだりして実家に連れて行ってもらうということはないでしょう」
執事とメイド長は顔を見合わせて、お茶会よりダンジョンが好きな家主について共通認識を持った。
そんな方を、なるべく普通の貴族らしく見せるのが主家から依頼された仕事であり、主家の坊っちゃまからの依頼でもある。
引退を考えた時期に、なかなかの重労働になりそうだと思うのと同時に難題ゆえのやりがいを覚えた。
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