第123話
リシャールと名乗った女から視線をそらしがたくて、横にいるクリフを突っつく。
「こういう場合、どうしたらいいの?」
「とっても偉い方がいるからね。声をかければ部屋くらい貸してもらえるよ」
「それは不安すぎる」
主に、衛生面が怖い。
クリフの衛生管理は心配いらないが、食中毒微やら、食中毒小を発生させるお屋敷の人を信用できなかった。
「わたし、クリフがお茶を用意してくれない環境は耐えられない」
「今だと、お茶よりお酒だね。この場所が不安なら、後日場所を用意するのがいいかな」
「当店に来ていただければ歓迎いたしますわ」
今すぐここで、という話にはしなくて良いらしい。
「街は改善されたの?」
「街全体として見るとまだまだ流通量が足りない。でも、ほら、今の時期だと雪が隠してくれるから」
拒絶感が顔にモロに出たようで、向かいにいた二人は笑うのを我慢したかのような困った顔をする。
「なら、家に呼ぶか。会場を出て獣車で話すかくらいしか僕には案がないよ」
「わたくし、隣国と取引があります。隣国は定期的に勇者を招く国ですから、異世界の方が何を嫌っているか理解しておりますわ」
そうか、勇者連中もエイコと同国人ならば、嫌がるはずだ。元々が水洗トイレ。人によってはウォシュレットも標準仕様だ。
それに、この世界はトイレットペーパーも売っていない。エイコは自力で作れるが、この世界の標準仕様は葉っぱとか茎とか、植物そのまんまだ。
裕福な人だと布になるらしいが、この辺りの文化は馴染めない。エイコは馴染む気もなかった。
郷に入れば郷に従えと、思いはするが無理なものは無理。むしろ悪習は撤廃すべきだ。
「異世界の方を誘える環境を準備してからお声をかけさせていただきました」
店と店周辺は大丈夫だと説得され、この場に長居したくないこともあり、誘いにのることにする。
何しろ本日の夜会の課題は、クリフ以外とおしゃべりしてきなさいだ。課題が達成された今、長居する理由はない。
それぞれに乗ってきた獣車に乗り込みお店に向かう。特に店の名前は言われなかったのに、有名らしくクリフは知っていた。
獣車で二人きりなってからエイコはクリフにどんな店がたずねる。
「娼館」
「ン?」
「かなり高級な娼館。周辺も高級な店だから、衛生環境は悪くないはずだ」
娼館、あるとは聞いていたが実物は見たことがなかった。そういう意味では興味はある。客としても従業員としてもお世話にはなりたくないが、好奇心は刺激された。
「ところで、リシャールさんって、いくつ?」
「知らない。僕の子どものころに国一番の娼婦ってウワサがあったね。一攫千金当てたら、リシャールに会いたいって冒険者にも言われていた時期があったらしいよ」
「子ども頃が幼少期か成人間際かでけっこう違うと思うんだけど、二〇代前半はないんだ」
「幼少期だから、三〇は超えてるだろ。四〇いっている可能性もあるが、問う勇気はないね」
それは勇気じゃない。無謀だ。
「若返りとか、老けない系のスキルあるの?」
「そういうスキルはあるが、リシャールは持ってないからおかしい。あと、戦闘職とか魔力多い人も老けにくいって話はあるよ」
なんの加護もスキルもなく、最低でも十数年外観の変わっていない女。ついでに、娼婦現役時代は複数人の男を破滅させ幾度となく殺傷騒ぎが起きている。
血と不吉に彩られた人生らしく、劇の題材になっているそうだ。
さて、何を作らさせられるのだろうか。すでに主導権は相手に取られているし、これから取り返せるとも思わない。
犯罪関係でなければ、応じる意思はある。
職業からすると、媚薬だろうか。
クリフと話している間に獣車は止まった。窓を開ければ、敷地内に引き込んで獣車を停車させるようになっており、整えられた庭に灯りがともっている。
悪臭がしない事に安心して、エイコはクリフにエスコートしてもらいながら獣車を降りた。
「こちらですわ」
リシャールに案内されて店の中に入る。入り口には従業員も男しかいなかったが、奥へ進むと着飾った女たちとすれ違った。
貴族や富裕層の着るドレスに比べれば圧倒的に露出が多い。けれど、元の世界のキャミソールやミニスカートに比べれば隠れている所は多かった。
スリットというか、チラ見せに重点を置いてそうな衣装で、安っぽさはない。生地の質や飾りを思えば、お金はかかってそうだ。
何人かの女とすれ違ったあと、エイコは顔をしかめる。
「何か問題がありましたか?」
「香水が苦手なだけです」
悪臭ではないが、好きじゃない。香りもまた、ここの女たちにとっては自らを飾り立てる武器の一つ。
清潔の魔術を使えば解消できる程度の不快感だ。
案内されてたどり着いた部屋は応接室らしい。落ち着いた色合いの重厚さのある家具は鑑定すれば全て最上級品質になっていた。
傷一つでもつけたらヤバイ品しかない部屋に案内され、席を勧められても落ち着かない。
落ち着かなくても座るしかなく、腰をおろす。出されたお茶は花の香りがして、ほのかに果物の甘さを感じさせるお茶だった。
凝りすぎて高尚なお茶なんだろうけど、味としてはエイコの好みではない。たぶん、こういうのの良さがわかるのが、上澄みに生きている人なのだろう。
合わない。
わかったふりして取り繕うのも疲れるし、主義じゃなかった。叙爵、今からでもナシにならないだろうか。
夜会に出て、関わりを増やせば増やすだけ、自らの場違いさと向いてなさを実感する。
「最近売り出されました
狙いは風呂か。売る分には問題ないが、問題は仕様。そして、歴代勇者は同国人か類似文化圏の人と思われる。
「大きさと機能によりますが、素材と値段の折り合いがつけば作ることができると思います」
あと、衛生管理しっかりしてくれるならいいが、バイ菌繁殖槽にするなら手を出して欲しくない。
「管理できるなら、スーパー銭湯がいいけど、娼館なら色恋用よね?」
ぶつぶつとエイコは思考を垂れ流す。ラブホの仕様なんて聞きかじった知識しかない。年の功でトミオに聞けばいいのだろうか、それとも彼女持ちだったユウジの方が詳しいだろうか。
ショウならプロを利用したことあるかもしれない。そっちの方が詳しいか。
悩むエイコに同席していた三人が困った視線を向けていた。
「エイコ。お風呂ってそんなに種類があるのか?」
「商業用と家庭用は別でしょ」
「わたくし、店の子たちの病気予防になるとうかがっておりましたの。でも、商業用なんて物もあるのですね。ぜひ、詳しくうかがいたいですわ」
獲物を狙う目で、うっそりと笑われ、エイコは身体をビクッと震わせる。作るのも売るのも問題はないが、情報が足りない。
一旦持ち帰って、ラダバナにいる男たちに相談しよう。メイには浴衣と見せる用下着の見本を作ってもらって、可能なら水着も頼むことにする。
「語るのは難しいので、見本を作るので、できるまで待ってほしい」
なんか、ここで話し合うと全部応じてしまいそうで、物理的な距離と時間をおきたい。なので、今は魔導具というほどではない魔術具を提供しておく。清潔の魔術が使える道具を作ったら、洗浄も欲しいと言われてそっちも作る。
面倒なのでどっちもレシピのある魔石のブローチだ。装飾品としての価値は高くないが、魔術は問題なく発動する。
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