移動準備中
第110話
雲の上はいつでも晴れ。
問題なのは、快適な環境を維持するための魔石消費量くらいなもの。人は空でも住めるし、空にいる魔物は今のところ魔導ゴーレムや魔導自動人形で対処できている。
襲ってきた魔物の魔石は動力に、皮や骨、毛や羽は解体されて保管。食用に向かない血肉は肥料。魔物を構成するすべてに使い道があり、対処できる範囲ならもう少し襲撃があった方がいいくらいだ。
とりあえず今は、魔石の消費量を減らすべく、エイコの魔力を注ぐ。いずれは、エイコが管理する必要がない状態にしたい。
錬金術でパーツを作り、ゴーレムで組み立てられた家に、住人はまだいない。住人となる奴隷たちには、ここで農作業をやってもらう予定になっていた。
おそらく、力仕事はゴーレムでやることになるだろう。空いた時間があれば、それぞれのスキルに合わせて何かやってもらうかもしれない。
雪景色より、晴れた空の方が好きだと思う。視界に移る動く物は魔導具ばかりで、ここはどこまでも静かだ。
その気になれば、空で、自給自足できる。けれど、それは孤独すぎた。
貴族なんて面倒なものには関わりたくないが、世捨て人にはなれそうにもない。
人と関わらないで生きていくのは寂しすぎる。
自由でありたいと思う。けれど、孤独な自由は嫌で、楽しく自由でいたい。
ここの管理はラウに丸投げするとして、魔力の余った奴隷には環境維持のために魔力を注いでもらおう。
通信用とか観測用の小さいなら、空気中の魔力を吸収する魔法陣だけで対処できるが、大きいのはそれでは足りない。ゴーレムや自動人形も魔力を必要とする。
魔力持ちの生き物を発電機のように組み込んだら、この世界の倫理観や道徳感はどうとらえるだろうか。奴隷なら問題なさそうで、一度やらかしてしまうと人体実験が是となりそう。
なにしろ、神経と接続可能な義肢のレシピが魔導具にはある。これと自動人形と人体を組み合わせるとサイボーグ的な物ができそうな気がしていた。
孤独にいたら、動物というか、魔物実験を行なって、いきつく先が人体実験。人体実験が成功して魔導の極みだとか言いだしたら、悪の科学者的な者になれそう。
なんとなく、魔王にはなれそうな職業スペックにエイコは自制心を試されている気分になった。
いつタガが外れるかわからない自制心より、監視されている方が抑止力としては強いか。何度目になるかわからない、逃走と首都行きを天秤にかけ、エイコは逃げないままでいた。
逃げる先としては、安全に獣人の国にいけるなら行きたい。けれど、今の社会情勢では難しそう。リクシンは取引があるみたいだから、相談してみてもいいかもしれない。でも、獣人奴隷を買ってしまったから、友好的に見てもらえそうにない。
獣人が暮らしている街や村がダメでも、ダンジョンだけなら行けないだろうか。なんかガチャからこっちとは違う物が出そうで、試してみたい。
一通り浮遊させている広場の点検が終わると、エイコは二人乗りの手漕ぎボートに気球がついたような飛空船に乗り込む。操作は上昇、下降、右、左の魔石のスイッチがあり、出力はスイッチに流す魔力で行う。
少しだけ上昇させて広場から離ると、ゆっくりと大きく旋回させながら下降し、地上へ向かう。
急下降もできなくはないが、ジェットコースターのような激しい動きは好きじゃない。安定と安全を重視した運用をする。
現在雪で覆われている畑に軟着陸させると、収納アイテムにしまう。雪の間はいいけれど、どこで離着陸させるかは問題だ。
操縦技術が有れば、今の大きさらな庭でも大丈夫そうだが、飛空船は大きい物の方が多い。
奴隷の扱いをクリフに問われ、ラウに丸投げと答えると、難色を示される。
「まとめ役にするのはいい。けどな、対外的に対応できる奴隷じゃない人がいる」
「トミオさん?」
リビングで話していたので、書類仕事をしていたトミオに声をかける。
「コータの方がよくないか?」
「豊穣の女神の加護があるから、特殊環境で畑やるなら向いているかも知れないけど、対人能力を求めららても困る」
「空の上なら、ちょっと近くまで来たからなんて突然やってくる人はいないだろ? 事前に誰が来るかわかっていればカンペでも用意しておけばいい」
できるか心配しているコータを、トミオとユウジが説得してくれた。どうもカレンが結婚まで持ち込む気まんまんなので、コータに定期収入ができる仕事につけたいらしい。
妊娠出産、育児に対する行政支援なんてここにはない。幼稚園や保育園もない。地域の相互支援の輪の中でもよそ者扱いで、相互扶助できるのが同一世界出身者というゆるいつながりしかなかった。
この世界で、妊娠後に旦那がダンジョンに行きっぱなしだと、奥さんの負担は相当大きく、ワンオペ育児なんてさせたらノイローゼになってもおかしくないそうだ。
トミオは仕事が煮詰まっていた頃に、子どもが幼稚園に行っていれば専業主婦は遊んでいられる的な発言をして大ゲンカになったらしい。子どもがいない間にこそやらなくてはならない家事はいくらでもあり、主婦に土曜も日曜も祭日もないとブチ切れられたそうだ。
「親類縁者がいないんだ。旦那がそばにいられるかどうかは重要な事だ。旦那がいないと、相談する相手は女友達だぞ」
「女友達の意見は男に優しくないです。メイなら話を聞いてくれるだけでいいですが、エイコは解決策を模索しそうですよね?」
「あっ、うん。エイコの解決策よりは、こっちに相談して欲しいです」
トミオとユウジによる説得に、コータは仕事を引き受けてくれた。けれど、結婚はまだ先でいいとぼやく。
先でいいなら、コータはカレンを拒否していない。それなら、カレンの望むままに進むだろう。
しかし、カレンはよく子どもを産むなんて考えられるものだ。エイコはクリフとそんな未来を描けないし、自らが母親になる事を想像するのは怖い。
ダンジョン品の薬が高性能な分、ここは医学が軽視されているのも不安要素だ。
妊娠出産で役に立ちそうな薬は思いあたらない。病気じゃないからこそ、薬で対処できないのだろう。
なんの問題もなく出産できたとしても、産後に母体の死亡もあるのが出産といものだ。そう考えると、この世界での妊娠出産は元の世界よりリスクが高そう。
カレン、メンタル強いな。
エイコには現状選べない選択肢を、カレンは将来の予定としてもう組み込んでいる。そのあたりに夢を見られないからダメなのだろうか。
クリフと子どもなんて、エイコは望みたくない。クリフにはエイコの隣で食堂でもやってくれるのが一番いいが、クリフは軍属だ。食事処の店主にはなってくれない。
エイコの結婚しようのお誘いも、最近は逃げられ気味。お断りはされていないけど、話を進める気は全くなさそう。エイコの方も当初の勢いをなくしてしまっているが、美味しい食事は手放したくない。
もしかして、これが倦怠期?
そんな疑問を持ったら、そんな気がしてくる。恋愛しているみたいだど、エイコはニマニマと倦怠期に思いをはせた。
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