第109話

 触れられたくないメイのために、今まで我慢した。

 かまって欲しそうな暗い顔をしておいて、優しくしてくれる相手にだけグチをこぼす。それで元気になるならいいが、自らの不幸に酔っているだけ。そんなのメイに似合わない。


「男をとった女を満足させてやるために不幸な顔している趣味でもあるの? あぁ、マナミに男取られすぎて洗脳調教されてる?」

「そんな趣味ないわよ!」


 目を釣り上げて怒るメイをエイコは笑う。怒っている方が元気だ。


「なら、元カレなりとった女に文句でもいいに行けば? 黙って引くなんてらしくないことするからいつまでもうじうじしてるんでしょ」


 にっこりとエイコはメイにささやく。


「ラダバナでどんな醜態をさらしても、王都に行ってしまえば問題ない」

「結局、あんたが王都に連れて行きたいだけでしょ!」


 だから何だとばかりに、エイコは悪い顔で笑う。


「見る目のない男より、わたしの方が余程メイを必要としている」

「わたしは女友達より彼氏が欲しいの」

「だから、王都に行こう。向こうの方が人は多いよ」


 しばらくギャアギャア言っていたが、次の晴れの日に元カレに文句を言いに行くそうなので、王都には一緒に行ってくれそうだ。


「思春期の女の子に対するオッサンらの今までの配慮って何だってんだ?」

「ジェネレーションギャップですかね?」


 トミオとユウジがぼやきながら、しみじみとお茶をする。それでも落ち込まれているよりはいいと、夕食はメイの好きなピザを作る計画を立てていた。


「カレン、お仕事の依頼です。とりあえず千個くらい小さい壺作って。長期的にならもっといるかもしれないけど」

「何入れるの?」

「シャンプーとかボディソープとか。あとロゴも入れてね」


 閉じ込められている間に作った仕様書をカレンに渡す。


「匂い別に一部模様変更ではなくて、フタで差別化しない? 大量に作るなら全部一緒の方が早いよ。あと、ロゴは印章みたいなの作って」


 刻印の元を作るのはいいが、どんなのにするかは決めていない。カレンの作りやすいのでいいと思っていたのに、回した課題が戻ってきた。

 仕方ないので、できる人に投げよう。


「ユウジさん、デザインお願いします。トミオさんは建築の相談にのって下さい」

「ラフ画できたら見せにいくよ」

「建築って何をやる気だ?」

「奴隷が増えるので、その家。数十人予定で、詳しくは未定。三〇は下回らないはずだけど、老人と幼児が多いみたい」


 思いつくまま答えていたら、戻ってこない数日間にラダバナで何があったのか、根掘り葉掘り問いただされた。


「戦争やっちまったか」


 コータは奴隷の発生理由を知って、落ち込む。


「年明けには子どもか。召喚された時から狙われていたんだろうな」


 妊娠期間に元の世界も異世界も大きな差はない。元の世界で子持ちの男は、どこか悲しそうな顔をしていた。 


「勇者召喚された初日から女をよこさますからね。スキルで毒まみれの据え膳だとわかったから拒否しましたが、わからなかったら同じことをしていたかと思うと怖い」

「子どもに愛情がなければ人としてどうかと思いますが、愛情があったらあったで、戦争以外の仕事はあたえられないか。夢から覚めたら地獄ですね」


 苦しそうに言葉を吐き出したコータに、やるせなさそうなユウジの声が続く。


「避妊薬とか避妊具は作れるけど、今更遅いわよね? 今後のためにと思ったところで渡す方法もないし」

「エイコ、それ、欲しい」

「オレも」


 エイコの作れる発言に小声で要求を出したのがカレンで、ショウが便乗する。コータは顔を赤くして視線をそらした。


「望んでいなくてもできるときはできるからな。自衛なり計画性は大事だな」

「何種類かあるから、とりあえず使ってもらって、どれを作るか決めます。量産したらトミオさん、男性用は管理お願いします」

「いや、どれ作るなんて考えないで、全部量産してくれ。あまったら冒険者連中に売るから、月一ぐらいで作ってくれ」


 若い女の子に誰がどれを使っている何て思われるのはキツイそうで、画一的に作ってくれとトミオに頼まれる。エイコとしてもそんな管理したくないし、過剰在庫で減産を求められるまでは一括で作って渡すことにした。

 一応、女用も作って渡しておこう。トミオとユウジはまだ時間がかかりそうだが、ショウあたりは機会があればといった感じだし、予定外にやらかされるよりは薬を渡しておいた方がいいだろう。


 エイコやメイ、カレンはまだ避妊薬は必要なかった。受肉体のこの身体はまだ、妊娠できるようになっていない。おかげで月の物もなく、過ごせている。

 それについては異世界に来る前に説明があったらしいが、エイコは寝ていて聞いていない。メイやカレンの話によると、受肉体をくれた大母の女神に子どもが欲しいと願いに行けばできるそうだ。

 結婚するまではなしでいいと言っていたのに、避妊薬と避妊具を望んだカレン。コータがとろとろしていたら既成事実を作ってカレンは結婚しそう。


 月の物が始まった時用の痛み止めも、ラダバナを離れる前につくっておこう。これも何種類かあるので、カレンには必要になった時に軽いものから試してもらうことにする。


 勇者については考えたところで、やれることはない。それよりも、受け入れ準備が終われば連れてこられる奴隷の方が大事だ。

 トミオに仮設の地上の家と空で使う家を考えてもらう。離れの温室とお風呂も作りたい。

 その間に、クリフから首都で必要になる服の要望を、メイに出してもらう。


 コータとショウは、頼み事をいっぱいしたトミオを手伝うようだ。エイコは仕事を頼み事終えると、ラウから要望を出された日用品を作る。


「今更だが、エイコはどのくらい稼いでいるんだ?」


 ショウに問われて、エイコは知らないと答える。


「クリフは奴隷を買うお金はあるって言っていたから、店にかなりあったみたい」

「借金しないでいいだけだから、奴隷を買ったら現金資産はほぼなくなるよ」

「だから、ラダバナに閉じ込められている間に、お金はなる物をがんばって作った」


 たぶん、リクシンに売った魔石の代金で、リクシンを赤字にさせない値で奴隷が買える。空に上げたステーションの備品と環境整備を考えると、もう少し稼いでおきたい。


「奴隷、いくら?」


 具体的な数字を出さなかったら、ショウの好奇心は満足しなかったようだ。


「高い人が五千万エル。この家の十倍以上すると考えるとなかなか高い人だね。それでもオークションに出た異世界人よりは安いけど」


 あははっ、とエイコが笑うと、ショウは顔を引きつらせた。


「その様子だと合計金額は億超えか。建築資材用意できるのか?」


 資材の質によっては作れる物が限定されると、トミオに心配された。


「石材は結構あるし、建物は徐々に増やしたらいいから、生活に必要なとこから建てていくよ。それに、食料のことを考えたら、次の晴れの日はダンジョンに行こうかとは思っている」


 寝るところとお風呂くらいなら、手持ちの資材で足りるはず。


「地上に作る家は短い間しか使わないんだよな? それなら雪で作ったらどうだ?」


 クリフによると、ラダバナの関所の外で暮らしている人たちは冬場になると雪で家を作るそうだ。壁の内側で除雪された雪が関所の外に積まれることもあり、例年どおりなら関所の外にはもう雪の家ができているらしい。


 一度様子を見に行き、大丈夫そうなら作ってみることにした。

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