第108話

 雪が舞う。視界を覆うほどではないが、今より天候が悪化すると出歩くのは危険だった。

 それなら帰宅は明日にするかと、先延ばしにしたら、翌日はより悪天候になった。その翌日も悪天候で、エイコはリクシンの家に三泊させてもらう事になり、宿代をどうすればいいか困る。

 悩んでいるよりはと、朝食の席を一緒にさせてもらった。


「どうしたらいい?」

「先行投資だぁ。将来回収するからぁ、今は気にしなくていいぞぉ」


 めちゃくちゃ気になるし、将来何を求められるわからなくて怖い。リクシンがいい笑顔なのが、より不安を誘う。


「そんなに不安そうにするなよぉ。首都に行けばいろいろ必要になるからなぁ。首都にも店があるからぁ、そちらもご贔屓にってだけさぁ」


 そのくらいならいいし、ほかの店なんてわからないから利用させてもらう。でも、冬場の食糧が貴重だと夏場から言われ続けているし、何もナシというのも落ち着かない。


「あっ、絵本改造したんだけど、どう?」

「絵本はぁ、改造できるのかぁ?」

「飛び出す絵本って感じ」

「わからんなぁ、現物見せてくれるかぁ?」


 収納アイテムの中に入れていたので、そばにいたメイドに預ける。

 絵本は買った現代語ともらった古語で、内容のかぶったものもあった。一回読めば内容は把握できたし、繰り返し読み返すこともなさそうで、魔導具にしてみた。

 本を開くと絵本の絵が幻影で立体的に見えるだけ。引きこもっている間に、ちょっと違う物も作りたくなって、手慰みにやった。


 現代語の方で試しに作ってみたので、驚いてくれればいいと思う。できれば子どもで試してほしいが、リクシンは子どもがいるだろうか。

 幼児より大きいくらいなら、雇っている人はいそう。


「まだ改良はしたいんだけどね」


 内容は把握できたので、買ってきた絵本で試すより、ユージかカレンに絵を描いてもらった方がいいかも知れない。

 画材も厚紙も錬金術で作れるから、家に帰ったら頼んでみよう。


「ラウの一族って、楽器演奏できる人いますか?」

「確認しておくよぉ」


 朝食の選択肢に昨日からお粥が増えている。泊まった翌日から昼食はクリフに作ってもらっていたので、米好きなのが知られたようだ。

 それですぐ、用意してくるのはさすが商人というべきか。米の品質が高いあたり、接待の本気度が怖い。


 売買用以外で、ほかに作った物はなんだったかエイコは考える。


玩具おもちゃの剣は興味ある?」

「刃がない剣のことかぁ?」

「刃はないし、光るよ」


 魔物を退治する英雄の絵本を読みながら、怪人を倒す変身ヒーローぽいと思って、幼児向けの玩具のようにピカピカさせたみた。効果音は音源がなかったので、変わりに風魔術で風切り音とそよ風を感じるようにしている。


「それもぉ、見てみないとわからないなぁ」


 それならばと、メイドにそっと渡しておく。


「あと、光る指輪もある」

「指輪型の照明かぁ?」

「そんな実用的な物ではなくて、ピカピカ光るのを楽しむ感じ」


 囚われのお姫様が英雄に助け出され、めでたしめでたしとなるところで、指輪の絵が光っていたので試しに作ってみた。幼女なら、気に入ってくれるかもしれない。


「それもぉ、見せてくれるかぁ?」


 指輪のあと、幼女が好きそうな玩具アクセサリーとして首輪や腕輪も作ったので、まとめてメイドに渡す。


「エイコ、絵本読みながら何やっていたのかな? 大人しく本を読んでいるって言うから、昼ごはん作りに行ったんだよ」

「静かに長椅子に座って大人しくしていたわよ?」


 何でクリフに責められるかわからない。


「あなたも生産職だぁ。何かしら作らなくてはいられない職業の影響をぉ、理解しているはずだがぁ?」

「それはわかりますが、希少職種の作り出す物と食べたらなくなる料理では、影響力が違い過ぎる」

「本人の主張じゃぁ、玩具を作っただけだぁ。そう怒ってやるなよぉ」


 深々とクリフはため息をつく。


「あなたは楽しそうですね」

「あぁ、エイコに出会えたのは今年一番の喜びだぁ」


 うっそりとリクシンが笑う。思いのほか、リクシンからの好感度が高かったようだ。


「億超えの取引きができる相手は、商人としてはさぞ楽しいでしょうね」

「商売せずにはいられない職業ですからぁ、楽しいですよぉ」


 クリフはリクシンに笑顔でいなされる。悔しそうな様子で、最近お疲れ気味なクリフは余裕がない。

 胃薬はもうあげたし、何かいい物はないだろうか。

 元の世界で、ストレスを解消させる手の平に握り込めるボールがあった気がする。アレ、重要なのは感触なのだろうか。ムニって柔らかいのと、硬くて握りしめると手のツボを、押してくれるのがあったはず。


 どっちも作れそうだが、クリフが喜んでくれそうな気がしない。使ってくれる物って、考えると消耗品扱いの投げナイフだ。

 けれど、疲れているクリフに贈る癒しグッズにお仕事で使う実用品はナシだと、エイコは頭をひねる。


 何もしないのが一番クリフの負担が少ないという答えに、エイコがたどりつくことはなかった。




 午前中に冒険者ギルドへ行き、ポーションを納品する。それからフレイムブレイドの依頼分を冒険者ギルドに渡し、時期、期間未定でラダバナを離れるかもと伝言を頼む。

 そしたら受付担当者に、ラダバナを離れるときは冒険者ギルドにも連絡が欲しいと言われた。


「冬場の移動は大変ですよ」

「保証人さまの意向なので」

「お貴族さまの意向ですか」


 仕方ないとばかりの態度で、それ以上の言葉はなかった。

 冒険者ギルドで買える魔物素材を買い取るが、品質のいい物はない。良い物はだいたいオークションに出品されるか、取引先がある。

 それでも、ないよりはいい。


 冒険者ギルドを後にすると、昼食を食べに行く。食後は商売ギルドへ行き、魔物素材と奴隷の受け入れに必要そうな物を購入してから帰路につく。

 食料がかなり値上がりしている。これからまだ上がるらしいので、次の晴れ間にはダンジョンへ行こうかと思う。


 家に着くとリビングにみんないて、エイコはメイの顔を見て微笑む。


「何?」

「一緒に王都に行こう」

「はぁ?」


 ご機嫌のよろしくない顔をされたがエイコは気にしない。


「別れた男のいるラダバナでうじうじしてないで、新しい出会いを探しに人の多い王都に行こう」

「しゃべったの誰?」


 キョロキョロとメイは周囲を見るが、全員共謀だ。みんなメイから視線をそらす。


「メイは職業的にも流行の発信地でもある王都に行った方がいいでしょ」


 作法を覚えるにしても、貴族の方と付き合うにしてもそれような服がいる。服屋を探すより、メイに流行を覚えてもらって作ってもらった方がエイコは楽だ。


「クリフ、説明して」


 エイコに聞くより早いと、メイはクリフを選んだ。


「本人の自己申告によると、やるなと言われたお空にすでに畑ができるような物が浮いているそうです。その管理に大量の奴隷購入予定もありまして、今まではエイコの意向を優先してきましたが、この度、陞爵してもらうことになりました」


 陞爵の根回しはアルベルトが実家に頼むことになっており、いつ首都へ向かうかはその対応次第となっている。


「わたしにエイコのわがままにつき合わすつもり?」

「メリットもあるよ。畑の中の店より、首都の方がメイは向いているし、わたしと一緒なら貴族のコネが使えるよ。貴族になったわたしがメイのお客さんにもなるし、ね?」

「エイコが社交をすれば、メイの服の宣伝にもなるだろうな」


 エイコの見張りは多い方がいいと、クリフもメイの説得にまわった。

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