第107話
エイコはじっとアルベルトを見る。
「閉じ込めるのはナシじゃなかったの?」
「国内にいるか、国の枠組みの中にいるならな」
軟禁された後、逃走したら暗殺者が送られるそうだ。
自衛できるとは思えないが、アオイは暗殺者に勝てないだろうか。空まで逃げればどうにかなりそうだが、逃げたあとは地上に降りれなくなりそう。
「陞爵するのが一番自由度が高いよ。魔導具師は希少性が高いから、悪い扱いにもならない。作法を覚えるのは手伝うから、ね」
クリフにも勧められ、エイコは悩む。軟禁のリスクとお勉強なら、学ぶしかないと思いはしている。
たが、しかし、やりたくない。
なんとか回避できないものかと悩むエイコに、アルベルトが冷笑とともに告げる。
「勉強から逃げる子どもを強制的に勉強させる方法を知っているか?」
問いかけはしたが、答えは待っていないようで、アルベルトは言葉を重ねる。
「期間奴隷に落として命令してしまえば逃れようはない」
チラッとエイコはリクシンをうかがう。
「公式書類ナシ口止め料コミの美味しい仕事だねぇ」
拒否ったら強制勉強。絶対やらされる。
「勉強、します。覚え、ます」
イヤイヤ答えて、エイコはぐったりとイスにもたれかかる。異世界のいいところなんて学校に行かなくていいところくらいなのに、勉強しなくてはいけないなんてヒドイ。
作法なんていらないダンジョンに引きこもりたい気持ちでいっぱいになった。
「エイコより耐性アイテムが持ち込まれていますがぁ、購入されますかぁ?」
エイコを放置してアルベルトとリクシンは商談をはじめる。パトスはアルベルトの補佐についた。
クリフはエイコのそばにいたから、ささやくように問う。
「耐性アイテムもっと作った方がいいの?」
「あればあるだけいいよ。使用人に持たせる分と予備も欲しいそうだから」
マナミのいる首都勤務の人の分が足りたら、領地の使用人にも持たせたいそうだ。諜報対策に魅了耐性アイテムは上級使用人には持たせているが、大量購入できるなら全員に持たせたいそうだ。
「リクシンさん、部屋貸して。増産する。とりあえず、彼の料金分くらいは作りたい」
「素材足りているか?」
「少しはあるけど、用意してもらえるなら欲しい」
リクシンは従業員を呼んで手配してくれる。作っている間に、手続きは終わらせてくれるそうだ。
クリフと奴隷はエイコと一緒に別室に移動する。
「ねぇ、名前、なんて呼んだらいい? 呼びやすく短いのでお願い」
鑑定したら名前が長かった。そして、どの部分の名前を呼んだらいいのかもわからなかった。
「ラウ、とお呼び下さい」
ファーストネームの愛称ぽい。
「買取に必要なお金ができ次第買うので、受け入れるにあたり必要な物、書き出しておいて」
案内されたのは大きなテーブルといくつものイスがある会議室らしきところで、紙とペンを渡してラウをイスに座らせる。
「準備でき次第、素材はお持ちいたします」
リクシンの従業員は茶器一式をクリフに渡して、部屋を出て行く。
今、お茶を飲むかと問われ、断る。飲んだばかりなので、今はいらない。
材料をどかどか出して、魔法陣て錬金術を使う。一度に一部品を大量に錬成し、必要部品を作り終わってから付与を行う。
付与魔術は、錬金術ぼど同時に大量生産できない。そのせいで、この作業が一番時間のかかる工程になっていた。
付与魔術を使っている間に、素材が届く。素材の納品書はパトスに渡してあるそうで、その内会計処理をしに家の離れに来てくれるだろう。
「どれだけ作ったらいいのかしら?」
「それはアルベルト様が求めている数か? リクシンが欲しい数か?」
「ラウの買取用」
付与の終わった部品を、組み立ててくれていたクリフが手を止める。そらからなんとも言えない視線を向けてきた。
「店の従業員用に買うなら、作らなくてもお金は足りてる」
「足りてるなら教えてよ」
「アルベルト様が実家から頼まれていたから」
これだから仕事人間は。エイコはクリフに、仕事と恋人どっちが大事なのなんて問いかけない。問うまでもなく、クリフの優先順位一位は仕事で上司だ。
「夜ご飯は蒸し寿司と天ぷらが食べたいです」
拗ねて告げれば、クリフは余裕で笑う。
「家に帰れたら作るよ。もしくは台所が借りられたらだね」
いつの間にか部屋には灯りがついており、窓の外は薄暗くなっていた。クリフが提案できる今日の宿は、リクシンの家か騎士団の寮の二択。探せば泊まれる宿もあるかも知れないが、あるかどうかわからない宿なんて探したくない。
「冒険者ギルドと商業ギルドに行く予定が消えた」
「明日晴れたら行こうか」
「雪なら?」
「外出られないかもね」
気を使わなくてもいいのは騎士団の寮。ただ雪で閉じ込められた時に楽しそうなのはリクシンの家。
「明日の天気はどっち?」
答えられる人は誰もいなかった。
「あっ、冒険者ギルドで借りていたとこにしよう。調理器具も寝具もあるから」
借りたままほぼ放置状態だけど、収納アイテムで必要な物は持ち歩いていた。あそなら気を使わなくてもいいし、雪で閉じ込められても好きにできる。
「それなら調理器具と食材出して、ここで作るから」
料理している間に、耐性アイテムの続きを作れってことらしい。まだお買い上げになっていないのに、ラウは組み立てを手伝ってくれた。
クリフがご飯を炊いて、蒸し寿司の具材を用意し終えた頃、リクシンがやってくる。店を閉めるからと移動を促された。
アルベルトとパトスはだいぶ前に帰っていたらしい。エイコが気づかなかっただけで、パトスが廊下からクリフに声をかけて帰ったらそうだ。
「エイコは集中していると、音が聞こえないもんな。物作りに対しては真摯で手も抜かないし、不良品を売ろうともしない」
「褒めてくれてる?」
「褒めてるよ。エイコは職業に対して真面目だし、作る物は優秀だからね」
褒め終わると、エイコを見つめていたクリフはラウに視線を移す。
「ただまあ、職人として優秀な事と、人間性に因果関係はない。常識がない方が自由な発想で作れる」
「素直な方だと思います。良い悪いといった二元論で語れる人ではないでしょう」
「何にも染まってない子だ。それを悪意にそめるなら、排除する。一族の者にはちゃんと言い聞かせておけ」
「獣人に対する悪意がない主というだけで、奴隷に落ちた我らにとっては得難い人です」
テーブルの上を片付けてながら、エイコはぼんやりと夜ご飯が遅くなると思う。
家に帰るというリクシンに連れられて獣車に乗り、お持ち帰りされた。夜ごはんは要望通りにクリフが作ってくれてので、あとは気にしないようにする。
食後に作業用のお部屋にと、客間とは別の部屋に案内され、夜も作れとエイコは受け取った。
作るのはいいが、同じ作業ばかりでは飽きる。夜は単価の高い魔石にしよう。
失敗の危険のある五層加工魔石はやめて、質のいい素材で安定して作れる四層加工魔石を作り、それ以外で三層加工魔石を作る事にする。
加工魔石は、作り始めるまでの準備の方が時間がかかってしまう。媒体を作る方が大変だった。
ダンジョンガチャで覚えたレシピなら、細かい調整がいらない。けれど、本を読んで覚えたレシピだと、素材ごとに異なる品質やら魔力含量を調整しなくてはいけない。
こればりかはなんとなくではどうにもならなくて、専用の記録ノートに詳細に記している。そこまでやっても、高品質な物は多くできない。
錬金術師としてはまだまだだと思い、いや魔導具師だし、と失敗を前にエイコは自身を慰めた。
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