第104話
あきれたように、リクシンにため息をつかれた。
「金借りなくていいからぁ、持っている物売れやぁ」
「あっ、それならいろいろ持ってる。でも億にはならないと思うな」
今、手持ちのエルと合わせて、ギリ一億になればってくらいではないだろうか。
「エイコ、買う気なら上司を呼ぶよ。というか、来てもらわないと買えない。借金もできない。あと、一族まとめ買いなら、仕事の備品として買おうね。税金対策のためにも」
クリフが早口で、保証人の存在を主張してくる。どうしてもお金を借りないといけないなら保証人の許可がいるそうで、リクシンより保証人から借りるように言われた。
「貴族って、やっぱりお金持ちなんだ」
「億のお金が動くのは領地持ちかぁ、高い役職にいる方だけだよぉ」
それだけのお金が動くのと、お金を貸せるのは別だと注意を受ける。アルベルトの実家はきっちり返済計画を作れば貸せる貴族で、アルベルトの紹介があれば話を聞くくらいはしてもらえるらしい。
「貴族の作法に不安しかないんだけど」
そんなところで借りたくはなかった。自力でどうにかなるように頑張りたい。
「とりあえず耐性アイテム、作ったのがあるんだけど、どこに出したらいい?」
「このテーブルで足りるかぁ?」
「大丈夫そうな分だけ出します」
種類別に箱に分けていたので、箱を三段重ねにして並べた。
「エイコ、ガーゴイルの板貸して。高さ制限のかかってない方の」
「落ちたら危ないよ?」
「そんなに速度は出さないから大丈夫」
試作品の方は安全装置があんまりついていない。そのせいで、地面からの高さ制限も速度制限もしていなかった。
自由度が高い分、扱いが難しくなっているので、製作者として操作権限が高い自分用にしている。クリフはあえてそれを使いたいらしい。
「建物の上を移動して、最短で戻ってくるから、大人しく待っててね」
ガーゴイルを渡すと、クリフは窓から出ていった。リクシンも査定するより先に従業員を呼び、指示を出す。
「いいのかぁ?」
「何が?」
笑っていない目を向けられ、エイコは首をかしげる。
「奴隷、好きじゃないだろぉ?」
「なんとなく、断っても買わされそうだし、ちょっと人手も欲しかったから。それにしても、一族みんな奴隷って、災害でも起きたの?」
「戦争っていう人災が起きたなぁ。隣国の勇者が張り切ったらしいねぇ」
勇者と言われてエイコの表情が固まる。それから深い深いため息をはきだして、頭を抱える。
「戦争、春じゃないんだ?」
「あっちはこっちほど雪が降らないからなぁ。歓迎はされないがぁ、起きる時は起きるよぉ」
「よその国に戦争仕掛けるくらいなら、召喚した国を攻撃したらいいのに」
召喚した国にいいように利用されて、戦争を起こすなんて最悪すぎる。よく殺し合いなんてできるものだと忌避感と疑念がわいた。
「そうならないように女をあてがうのがぁ、あの国の伝統だぁ。早ければぁ、勇者の子どもがぁ、年明けに生まれるだろうなぁ」
「全員、女を複数囲っているみたいだから、子どもが次から次に生まれそう」
「そうなるだろうなぁ。養うために戦争以外の選択肢を与えないのもぉ、あの国の伝統だぁ」
同郷の人のやらかし。エイコには関係ないと思う部分もあるが、不快感を覚えた。元の世界の倫理観は既にこの世界に適応した勇者にはないのだろうか。
「ものすごく勇者に好意的にみて、洗脳とか魅了されている可能性ある?」
「可能性はなくはないがぁ、道具として利用されているだけだとしてもぉ、恨まれるのは勇者だなぁ」
「女の言いなりになるの好きそうだし、本人たちは満足してるかな」
何しろマナミの信奉者だ。女に喜んでもらえるなら、利用されていても気にしてなさそう。というか、バカじゃなければ女の方が上手く騙して夢を見せてあげているはず。
コータはよく逃げてこれたものだ。逃げた先でカレンに捕まっているが、カレンなら尻に敷いても戦争はしない。
「戦争奴隷ってどうやったら解放できるの?」
「分類としては終身犯罪奴隷と一緒だなぁ。恩赦以外ではぁ、解放されないよぉ。犯罪奴隷と違ってこれから生まれてきた子どもも奴隷だぁ」
「えっ、解放できないの?」
「解放するために奴隷を買うつもりだったのかぁ?」
面白がるようにリクシンが笑う。
「いや、だって、奴隷のままだと食事別にしないといけないら面倒だし、集中して作業していたら自分の食事も忘れるのに、奴隷の食事まで覚えてられる自信がない」
「カレンの時はぁ、どうしたぁ?」
「収納アイテムに一週間分くらいの保存食入れて、自由に食べてよし。で、忘れた分を補ってもらう感じで、そもそも忘れないようにメイにも気にしてもらっていたわ」
感情の読めない笑みを刻み、リクシンが対処法を教えてくれる。
「奴隷の中から料理担当者を任命すればいいよぉ。そいつに食事のことはまかせてしまえばいいさぁ。食材の在庫は業務連絡として報告させればぁ、食材の確保だけならどうにでもなるだろぉ?」
「あー、トミオさん、仕事増やして大丈夫かな。農家の人とは上手くやっているみたいだし」
丸投げしてしまえるといいな。そんな予定を立てつつ、困った顔をしている奴隷を見る。
「そういえば、食事同じでいいの?」
犬って食べさせたらダメな物があったはず。獣人なら平気なのだろうか。
「食文化ってどうなってるの? 宗教的に禁止なのとかある?」
「独自文化はあるがぁ、輸入すると高いぞぉ。特に冬場はぁ」
「ダンジョンで手に入らない? 異国の食事は気になる」
「奴隷に奴隷の食事を用意させるのはいいがぁ、所有者の食事を作らせるならぁ、雁字搦めに命令で縛らないと毒殺されるぞぉ」
エイコはリクシンを見つめて、瞬きをした。
「鑑定しながら食べたら大丈夫?」
「鑑定能力によるなぁ。毒だと鑑定できない物もあるぞぉ」
体内に蓄積する物質だと、身体に異常が出るまでは毒だと判定されない物もあるそうだ。
「そこは相談にのってくれる?」
「相談にはのれるがぁ、そういうのは軍属の彼氏の方が詳しいぞぉ」
クリフが戻ってきたら、相談することに決める。
「料理スキルとか農業スキル持ちもいるかな?」
「そのくらいならいるだろうがぁ、年寄りかぁ、幼児かぁ、病人かぁ、身体に欠損があるだろうなぁ」
「なんかすごい偏ってない?」
リクシンは少しだけ迷うそぶりを見せてから、口を開いた。
「一族全員奴隷落ちするかどうかの瀬戸際だったからなぁ。戦える者はみんな戦場に行っているよぉ。若くて健康なのは強制労働に戦勝国が確保しているからぁ、異国の奴隷商には持ち込まれないさぁ」
「じゃ、この奴隷はどの分類になるの?」
健康な若者に見える。犬顔の人相手に何歳かなんて推測はできないが、毛艶もいいし、年寄りではないだろう。幼児というほど小さくもないし、不健康そうにも見えなかった。
「取引先の商人から頼まれた例外だよぉ。それでも奴隷にしないとこの国まで連れてこれなかったがなぁ」
「リクシンさんも奴隷にしたくなかった感じなんだ?」
「あと十年時間があればぁ、一族の長になっていたヤツだよぉ。こいつが生きていることがぁ、こいつらの一族にとっては希望になるからなぁ」
「そんな重要人物売らないでよ」
さすが五千万エルの人。なんて思ってから、エイコは首を傾げた。
「ねぇ、真っ当に売り買いしたら五千万じゃ売れない人じゃない?」
「あぁ、赤字だよぉ。でもなぁ、君以外に売りたい相手がいないんだぁ。君さぁ、獣人に対して差別も恨みもないだろぉ?」
「別の種の生き物とは思うよ」
同じ種族だとは思えない。異世界らしい生き物。エイコの分類としてはアオイに近い。
それが差別なのだろうかと考えて、答えを出せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます