第102話
ラダバナへはクリフと一緒に行く。移動方法は空も飛べるソリをアオイに引いてもらう形になった。
アオイの巨大化スキルが安定して使えるようになったらしい。けれど、騎乗していきなり空を飛ぶよりは地面すれすれ飛行でまずは短距離から。安全確認が終わるまで騎乗して空高くは飛ぶなと、みんなに小言をいただいた。
エイコがアオイに乗って空高くを飛ぶ日が来る前に、アオイに魔導人形を乗せて練習させろとも言われいる。自由に空を飛べる日は、まだまだ先らしい。
町について最初に向かうのは、錬金術の本を紹介してくれた、剣なんかの装飾店。上手くできているかどうか見てもらいたいし、何なら買ってもらえるかも知りたい。
店に着くと、まだ商品が店の外にでていなくて、近隣の店はまだ閉まったままだ。
「えらく早く来たな。嬢ちゃん」
店主はいつもより早く店を開けた方がいいと、直感のままに開店準備をしていた。エイコたちを連れて店の中に入ると、残りの開店準備はいつもどおりにすると従業員に指示を出す。
エイコはゴロゴロと、加工魔石をカウンターの上に出す。
「作れたか」
店主はエイコが雑に出した加工魔石を手袋をして、柔らかそうな起毛のあるトレーの上に置く。
「全部二層魔石か。上手いもんだ」
「他のもあるよ?」
黙ってカウンターの上にトレーを出された。作る時は素手で触っていたのだが、店主の態度を見て、柔らかい布手袋をしてから三層魔石を取り出す。
「トレー、あと二つある?」
そっと出してくれたので、四層魔石と五層魔石を並べた。
「今のところ、ここが限界」
素材の質上げたらそれ以上できるかもしれないけど、媒体の質の上がらない。魔石はダンジョンガチャで質の高い物も出ているが、媒体の素材がガチャから出てくれない。
ダンジョンガチャで出たレシピじゃないからだろうけど、素材集めは今のところ冒険者ギルドと商業ギルド頼りだ。
「ちょっと待ってろよ」
店主が一度奥へ下がり、収納袋を持って戻ってきた。それから店を閉め、カウンターの向こうに座り直す。
腰を落ち着けると、店主はカウンターの上に札束を積み上げ始めた。
二層魔石、一つ三〇万エルから八〇万エル。値段の差は品質のさで、三層魔石が、六〇万エルから一七〇万エル。
四層魔石、三〇〇万エルからで、五層魔石は七〇〇万エルから。
「四層魔石と五層魔石はオークションで買うなら倍はするが、ここで売るか?」
「安く買った分、出どころを秘密にしてもらえると思っていい?」
「半額以下の値で、売るつもりか?」
驚いたようにクリフが問いかけてきた。
「自分で使うならまた作ればいいし、よそに移動して作れるのを知られることを増やすよりはいいんじゃない?」
何より面倒だし、赤字になるわけでもない。高額すぎる値に、現実感がないというのもある。
一万エル以下なら、五割増しや五割引きについて一喜一憂もするが、合計金額が七ケタを超えてくると、損してなければいいくらいの感覚にしかならない。
それに今回は、質の違う加工魔石を並べてどのくらいのできの物まで買ってもらえるのかを知りたかっただけ。あまり質の良くないのも、買ってもらえるとは思ってなかった。
これなら家に引きこもって作るのは、ポーションより加工魔石の方が稼げる。けれど、稼いでどうすればいいのだろう。
練習にいっぱい作ったので、在庫はまだある。できのいい物は魔導ゴーレムや魔導自動人形にも使ったが、質が悪い物程残っていた。
自分では使う気にならなかった物でも、最底値が三〇万エル。大量放出すると値崩れするだろうか。
費用は一つ当たりのかかった値段じゃなくて、失敗分の費用もプラスしてだから、積み上げられたお金すべてが純利益ではないのはトミオやクリフから習った。
「素材になる魔石を買ったとしても、赤字にならないと思うんだけど?」
すんなり賛成してくれなかったクリフに、何がダメなのか問うようにエイコは視線を向けた。
「驚いただけだよ」
作り笑いのクリフを見やり、エイコは首を傾げる。クリフが何を考えているかわからないまま、店主との商談を終える事にした。
「このままじゃ不釣り合いだからな、これを受け取ってくれ」
どうやらカウンターに置かれたお金は、突発で発生した商談で使えるこの店の限度額だったらしい。小さい店だが、即金で五千万エルだ。
この町で店を構えるには、それくらいできないとダメなのだろう。大店の店主たちが、カレンのやらかした被害を軽微と判断した一端をエイコは知った気になった。
「現金の方がいいなら手形を出すが、嬢ちゃんはこっちの方が好きだろ」
そうして二つの箱を開け、大きな牙が二本入ったものと、複数の大きな硬貨が入った物を見せてくれる。
牙の方は昔この辺りに生息していた大きな牙が特長の魔物の物。鑑定によると二百年くらい前の物となっていた。
古い物だが劣化はなく、保存状態はいい。
「昔はこの牙で作った剣を持つことが強者の証だったんだが、魔物が滅んでからこの牙の価値がわからない者が増えてな」
「えーと、不良資産?」
「物自体はいいぞ。不良品ではない」
嫌ではないはずだと、店主が直感スキルに任せて選んだ物だそうだ。実際、嫌ではないが、価値がある物ができるかどうかは微妙なところ。
楽しんで使えればいいとする。
「硬貨はかつて魔術大国として繁栄した亡国の物だ。これも昔は飾りとして人気があったんだが、人の欲にまみれると呪いの品になると廃れてしまった物だ」
こっちも不良資産だ。
「確かに、なんか枚か呪い? みたいな鑑定になるわ」
「おぉ、鑑定できるのか?」
「特殊金属なのがわかるくらい?」
精霊金貨、精霊銀貨、精霊銅貨あたりはたぶん問題ない。問題なのは妖霊金貨、妖霊銀貨、妖霊銅貨の何枚かに状態異常、邪があることだろう。
そして、この邪。エイコと相性が良さそうな感覚がある。邪神の加護のおかげか、まったく悪い物のように思えない。むしろ、闇魔術を使うための媒体にするととても良さそうな気がする。
「こっちも気に入ってくれたようだな」
店主とエイコは互いにいい取引だったと、気持ちよく商談を終えた。にこにこと店を出て、次の目的地である本屋にむかいながら、エイコは思い出す。
「ナイフ売るの忘れた」
「今度でいいだろ? どうしても売りたいなら、冒険者ギルドでも商業ギルドでも買ってくれると思うよ。オークションでも扱ってもらえる」
「今度にする。あそのこ店主の評価が知りたいし」
買い物をするための現金は手に入った。今すぐ金策する必要はないし、次の機会にする。
クリフの案内で、のんびりと街を見ものしながら本屋へ向かった。
狙いは娯楽本とあるなら魔導具の本。魔術の本もいるだろうかと、ちょっとだけ意識の隅に置いておく。
移動中、アオイが影から出てきた。スリがいたらしい。
「スリって手袋しないの?」
「たぶん、スリをする時に外しているんじゃないかな。かじかんでいると指の動きが悪いからね」
スリってこの寒空の下でも活動するのか。街中にいるより、ダンジョンに行った方が暖かいし、犯罪なんてリスクもない。
「こんなとこでスリになるくらいなら、星一つのダンジョンにでも行った方がマシじゃない?」
「そんな考えをしている人は職業スリにはならないし、真っ当な仕事もしている副業スリもいるからね」
お金目当てのスリもいれば、盗むことが目的のスリもいる。それから、カモがいたから手が出たというタイプもいるらしかった。
犯罪に手を出す人がみんな貧困ではないし、ラダバナは近くにダンジョンが多いので五体満足な健康体なら犯罪に手を出さなくても日々の糧は得られる。
どうもエイコを狙うスリは元気いっぱいで、試す気はないが、施しに金を渡せば怒るらしい。そんな人たちは、アオイのしっぽでぶっ叩かられても自業自得。罪悪感はわかなかった。
アオイが数人撃退した頃、目的の本屋に到着した。
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