冬が来た

第101話

 一三月。馴染みのない月の響きに、違和感を覚えている間に雪が降り積もった。

 景色が白く染まる頃、覚えた感想はただ一つ。


 寒い。


 自重。きっと君はいいヤツだ。けれど、寒さの前にはお別れするしかない。


 元々、雪に閉ざされるような地域に住んでいなかった。何より、エアコンのない冬がこんない辛いなんて知らない。

 魔石の温存とか魔力の消費量とか、小利口なことを考えなきゃ対処はできる。家全部温める方向で、暴走させてもらう。


 家の中は天井も壁も窓も床も扉も、どこもかしこも魔術が刻まれ、断熱、発熱、冷却、保温、保湿、除湿が必要に応じて反応する仕様に三日でした。

 とってもがんばったのに、クリフは誉めてくれない。頭を抱えてるうなだれてしまった。


「家って、魔導具になるんだな」


 乾いた笑い声を響かせたクリフの肩を赤い服を着ているトミオが叩く。


「トミオさん、結局その服着ているんだ?」

「暖かいんだよ。これ」


 この家限定クリスマス。そんなイベントの日にカレンは町にいる彼氏に会いに行き、浮気現場に遭遇したらしい。

 元ネタのわからない相手に、サンタのコスプレをさせる予定が、渡すことさえないままトミオに横流しされた。


 そんな彼氏とは別れろとしか言えないエイコは、メイからそんな話は聞かされていない。慰め相手には向いていないと理解されており、食事の時間に一緒になっても、まったく話題に出してこなかった。

 メイを慰めているのはトミオとユウジらしい。恋人持ちと、恋愛経験の低そうなショウは話し相手として除外されたようだ。


 それなのに失恋話をエイコが知っているのは、「余計な発言はしないでくれ」「そっとしておいてやれ」とトミオとユウジに諭されたため。今必要なのは共感して一緒に嘆き悲しんでくれる人らしい。

 理解はできなかったが、メイがエイコに何も言ってこないこともあり、助言に従っている。


 対処方法のわからないメイより、今は雪の対処の方が重要だ。ゴーレムと自動人形で雪かきをさせている。

 重点を置いているのは屋根の上。雪っていうのは重いらしく、定期的に屋根から落とさなくてはいけないらしい。

 かなり重労働らしくて、滑り落ちる危険もあり、なかなか大変らしかった。けど、戦闘職なら、屋根から落ちても平気そうな気もしている。


 屋根が潰れて屋根裏部屋がなくなっても嫌だし、魔導具で対処できるなら問題ない。

 快適な環境を整えてしまえば、ヤバイほどヒマだった。


「娯楽がなさすぎる」


 スキルを使って生産活動かするくらいしか、やることがない。


「恋愛小説でよければあるけど読む?」

「読む」


 そのうち本を買おうと思っていたのに、忘れていた。カレンはしっかりと買っていたらしく、読み終わっている分を持ってきてくれる。


 トミオとユウジのおすすめは新聞。ラダバナ新聞と首都の新聞があるそうで、首都の新聞は二週間遅れくらいでラダバナでも売られているらしかった。

 どっちも月一で発刊されており、トミオがラダバナ新聞、ユウジが首都の新聞を買っている。読み出したら結構面白くてこの世界の常識も知れると、バックナンバーを読ませてもらう。


 ショウとコータは、建国譚や英雄譚と言った物語の本を買っているそうだ。カレンによると、メイは服飾ギルドの会報誌を買っているらしい。服飾ギルドは、会員じゃなくても買える広報紙があるようだ。


「なんで魔導具ギルドはないの?」


 魔導具新商品情報とか楽しそうなのに。


「人口が少ないからね。錬金術や道具系のギルドか、商業ギルドに含まれるんだよな」


 会員にならないと会報誌を変えないギルドもあるが、コネと権力を使ってクリフが魔導具が載っていそうな会報誌を集めてくれるそうだ。


「とりあえず、晴れたらラダバナへ行こう。帰ってくる前に天候が崩れても泊まるところあるから、本屋にも行ったらいいよ」

「行くなら早い方がいいな。次に晴れたら、明日にでも行ってきたらどうだ?」


 クリフの誘いをトミオが勧めてくる。トミオたち男連中も交代で晴れたらラダバナに行くつもりらしいが、雪が今より多くなったら商売でラダバナに向かうのは辞めるそうだ。

 月初めに積もった雪が、思いのほかひどくて、近距離でも遭難の恐れがあると危機感を覚えたらしい。


「家でヒマしているより、ラダバナでデートしてきた方がいいですよ」


 ユウジもにこにこと、遊びに行くのを賛成してくる。


「お前、家でヒマしていると何やらかすかわからないもんな」


 笑いながら告げたショウを、トミオとユウジがリビングから連れ出す。

 クリフの誘いも、トミオとユウジのお勧めもそういうことかとエイコは拗ねた。


「家の住み心地が良くなるのになんの問題があるのよ。冬場にエアコンいるでしょ」

「うん、そうだね。エイコのおかげで凍えないてすんでいるよ」


 カレンの言葉にコータが隣りでうなずく。クリフはお茶を淹れなおして出してくれた。


 みんなしてそんな時態度なら、黙っていよう。何しろ自重は家出してしまった。吹雪の悪天候に使えるかどうか実験するために、かなりの数の魔導が上空に飛び立っている。

 屋根裏部屋から屋根に出て、雪かき用のゴーレムや自動人形の作動実験と並行していっぱい放出した。今のところ、落ちたという連絡は来ていない。


 相当遠くで落ちたら、結果がわかるまでに時間がかかるだろう。だが、今のところ正常作動中と、こちらで知れる範囲はなっていた。

 探知機が正常作動しているかどうかも実験段階なので、異常がないことがいい事かどうかわからない。けれど、常設運用を目指すなら、失敗という経験もいる。


 トライアンドエラー。失敗する余力を持つこと。それが成功へ至る道。現状、レシピ通りに作りさえすれば失敗はないが、より良い物を望めば改造過程には失敗が積み重なる。

 何しろ希少職業は先人がいない。導いて手を引いてくれる相手も、真似すればいい相手も、いなかった。


 失敗したところで衣食住に困らない今こそ、大胆な実験に物資をつぎ込める。エイコにだって、食事するのも困るくらいの貧困状態になったなら、実験より食糧調達を優先するくらいの考えはあった。


 そうすべては、ヒマなのと余剰資金が悪い。自分の中で責任転嫁先が見つかると、エイコはにこっと笑う。


「ラダバナに遊びに行くなら、売れる物を何か作った方がいいよね?」


 たぶん、今の時期だと冷凍庫に需要はない。そうすると、保温機とかポットだろうか。

 確実に買い取ってもらえるのはポーション。あとは、耐性アイテムもまだ買ってもらえるかな。


 作る物を考えているのも、暇つぶしにはなる。ポーションさえあればどうとでもなるだろうし、気楽に作る事にした。




 翌日の朝は曇りで、天候がどうなるかわからなかったからラダバナ行きはやめておく。結果としては雪は降らなかったが、ここには天気予報の発表なんてなかった。

 天気予報をするには情報の蓄積が必要だと、エイコはぼんやりと考える。


 翌々日、朝から晴れており、クリフとラダバナへ向かった。

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