第100話 グラドは隣人を理解するのをあきらめた。

 畑に出ていれば、魔物に出会う事もある。この辺りまでやってくるのははぐれの魔物で、飢えている事が多い。

 餌場を追われた魔物が人里にやってきて、畑を荒らすか人を襲うか、その両方を成す。


 人を食した魔物は危険だ。人を餌とみなして好んで襲う。早期討伐が推奨され、冒険者ギルドに依頼する時にも補助金をつける領主は多い。

 けれど、人のを姿をして、人を食い物にするケダモノはなかなか罰せられない。食い物にされた人が血と涙を流すばかりだ。


 どこまでもその被害は拡大し、次は当家の番かと暗澹としていた頃、隣家に冒険者が移り住む。

 家と畑を買えるのは、冒険者としては成功した方だ。しかし、場所が悪い。


 この辺りの農家の一世代目は大体元冒険者で、子宝に恵まれすぎると子どもは冒険者になる。そんな地域だから、壁の中で暮らす町の住民のように冒険者だから粗暴だとは思っていない。

 ただ、そこは安穏とはいかない隣人がいると心配になった。


 しかし、そんな心配は杞憂に終わる。冒険者から転職というには若い住人たちはよいコネがあるらしく、業突く張りなケダモノを抑え込んでしまった。

 そのことを近隣住民はひっそりと喜び、周囲を畑に囲まれた場に店を開店させた彼らの為に客になりに行く。あのケダモノを抑え込んでもらうためならば、店が潰れないように買い物するくらい安い物だ。


 示し合わせたわけではないが、周辺住民はなるべく開店したばかりの店を利用する様にしている。

 何かわからない物を売っている事もあるが、特段高値をつけている事もなく、町にまで行かなくてすむと好意的な意見は多い。


 そして気がつけば、生活様式を変えるほど影響を受けていた。ゴーレムを農具として使うなんて、とち狂った話は全く信じていない。だが、一度だけならと付き合ってみた。

 上手くいかなかったとこで、大きな影響が出ない範囲で試すつもりが、どんどんやってくれと言いたくなるほどの成果が出る。

 余裕のできた時間で、子どもらはシャベルを持ってダンジョンに行ってしまった。


 おかげで冬の備えに余裕ができ、今冬は不安なく過ごせる。そういう点において良き隣人ではあるが、グラドはまだ家主と言葉を交わした事がなかった。

 遠目に移動しているのは見た事があるが、だいたい地面から浮いた何かに乗っている。子どもらは興味津々のようで、店に売っていないか何度も確認しに行っているが、それらしい物は売っていないそうだ。

 このまま売らないで欲しいとグラドは願っている。


 ゴーレムの利便性は理解するが、よくわからないものは好きではない。そんなよくわからない物で、子どもたちが空を飛び出したら嫌だ。


 業突く張りのケダモノよりはいい隣人だが、よくわからない事をよくやっている。できれば、普通の隣人がよかったが、普通の良き隣人は業突く張りのケダモノに負けるので仕方がない。

 ケダモノよりはいいと、自身を納得させていた十二月の終わり頃。隣家の様子が変わった。

 壁に囲まれた向こう側が妙に明るい。


 真っ当に道を歩いていた隣人を見かけ、声をかける。道を歩いているだけで比較的声をかけやすい判断になる隣人に思うところはあるが、業突く張りよりは害がない。


「あのよ、夜。明るくないか?」

「あー、やっぱり目立つか。すまん。数日以内には撤去させるから、待ってもらいたい」

「待つのはいいが、何やってんだ?」

「故郷の風習でな、こっちでは馴染みがないのはわかっていたから塀の上には出ないようにしていたんだが」


 冒険者によっては年がら年中移動している。数カ国離れた地からやってくる者もいるくらいだ。

 普段から奇行のある隣人に風変わりな風習があっても、グラドはそうかとしか思えなない。


「そんな変わった物なら見てみたいもんだ」

「家主に確認してみるよ」


 人に見てもらうために飾りつけたが、受け入れられるかどうかわからなくて隠していたつもりらしい。あの業突く張りのケダモノと違って、彼らには一応気遣いがあった。

 若いせいか上手くはやれていないが、努力はしている。


 しばらくしてから、トミオが見に来てて大丈夫だと知らせに来た。よければ、気になっている他の人もどうぞと言われ、家族や近隣に声をかける。

 暗くなってから壁に囲まれた隣家に、ゾロゾロと集団で向かう。明るいのも気になっていたが、壁の向こうがどうなっているのかも気になっていた人は多い。


 門の前でトミオが待っており、通された先で木が光っていた。大量のライトが木につけられており、庭の至る所が光っている。


「せっかく来ていただいたので食事もどうぞ。故郷の料理ばかりですが」


 そうして示された先にはテーブルがあり、たくさんの料理が置かれていた。料理は見慣れない物が多く、恐々と手を伸ばす。


「あんたらはいつもこんな物を食べているのか?」

「これは祝祭用の料理です。祝祭の時以外は食べませんよ」

「何の祝祭だ? 収穫祭か?」

「愛と幸せですかねぇ、みんなで食事をして幸せな気分になれればいいんですよ」


 今、この場に来ている人はみんな、タダ飯のおかげで幸せだろう。そういう意味では彼らの祝祭は成功している。


「なんで木を光らせているんだ?」

「綺麗じゃないですか?」


 見て楽しむためらしい。


 一つの木だけで数えきれないほどのライトが飾り付けられている。そんな木が何本もあり、足元もライトで道を作っていた。

 今まで見たこともない、途方もないライトの数にグラドは怖くなる。


 ライトの数も異常だが、その光の先にはゴーレムが居座っていた。近隣住民に公開したのはライトの明かりが届く範囲。その先を拒否するように無数のゴーレムがいる。

 ゴーレムは光の中にいる間は動かない。しかし、そこから外れると、そっと動き出し光の中へ押し戻してきた。


 遠くからやって来たという若い冒険者たち。運良くダンジョンで高価な物でも手に入れただけの連中かと思っていたが、これは違う。

 おそらく業突く張りのケダモノよりよほど稼いでいる。あのケダモノがどれほど財産を隠し持っているかわからないが、こいつらはアレの上をいくだろう。


 ただ彼らは、近隣住民をすり潰さなくても稼げ、奴隷の待遇も悪くなかったと聞く。

 彼らの行動は妙なことも多々あるが、苦情を入れれば改善する努力はしてくれる。傲慢で業突く張りのケダモノよりはよほど話ができた。


 ただまあ、得体の知れない連中ではある。それでも、あのケダモノが隣人になるかもしれないと怯えていた日々よりはいい。

 この家の壁は彼らを守るための物であり、近隣から都合の悪い物を隠すための物でもあるのだろう。


 あえて隠しているものを、暴く必要なんてない。見て見ないふりをしてさえいれば、彼らは良き隣人であろうとしてくれている。


「ところで、その赤い服はなんだ?」

「祭事の制服です」


 死んだ目をしてトミオは朗らかに笑い、愛と幸せを届ける使者を模した姿だと語っていた。


 ヤケクソ感が酷いが、グラドはそうかと受け止める。


「…………」


 目をつぶり、口を閉ざして、帰らせてもらう。何も知らない方が上手くいくこともある。

 今後も良き隣人であればそれでいい。


 家に帰ると、危ないかも知れないと残していた子どもに、食事できるなら呼んでと怒られた。土産を持たせてくれたトミオには感謝している。

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