第97話
お忍びでやって来たお偉いさん一行との会談場所は、騎士団の駐屯所だった。異世界人全員鑑定しておきたかったそうで、みんなで向かったが、エイコとコータ以外は早々に解放される。
コータは召喚した国について問われているようで、別室につれていかれ、エイコ一人取り残された。
「なんで?」
「首都で人気のお菓子、興味ない?」
「いただきます」
たぶんオランジェット。チョコレートかけされている柑橘類ぽいものが青いけど、きっと、そう。
熟れていない青いではなく、海の色ぽい青色の果物の輪切りなのがちょっとだけ気になる。けれど、鑑定結果に毒性はない。
所変われば色くらい変わるだろう。気にせず食べれば、味は想定範囲内だった。
一行の一番偉いと思われる人とテーブルを挟んで向かい会う。小さなテーブルについているのはその人とエイコだけで、他の人は周囲に立っていた。
副騎士団長のアルベルトでさえ立っており、より上位の相手だと知れる。相手の素性を知ろうとしてはダメだと何度も言われているし、藪蛇になりそうなのはなんとなくわかった。
「食事の仕方はいいね」
「美味しいお店に入れないの嫌だから、がんばって覚えました」
そんな努力に見合うだけの美味しい店は、まだまだ見つけられていない。
「食事のためなら、努力家か」
繊細な装飾を施された華奢なカトラリーに、芸術品のように飾られたお菓子。完成した絵画を破壊しているような背徳感を覚えるが、食べ物は食べてこそ意味がある。
ある程度以上の見た目なら、美味しいかどうかの方が大事だった。
花のように飾られ、口の中で溶けるチョコレートは甘いのに、状況は甘くない。にこにこと対面する男の背後にいる人たちの視線は厳しく、歓迎されていないことはエイコにもわかった。
そんな人たちと視線が合わないように、エイコは視線をテーブルの上に固定する。お菓子以外興味はなく、見ないとアピールして、彼らも警戒しているとアピールしているのかと理解する。
舞台上にいる役者みたいなものだ。観客にわかるように演じている。だからこそエイコにも理解できており、その気になれば隠せる警戒心だ。
このまま無視していてもいいが、腹の探り合いなんて向いてないし、面倒くさい。
「わたし、何か問題なんですか?」
「うーん。君が問題だと思う点は何かな?」
「異世界人ってことくらいですよね?」
エイコの大真面目な答えに男は驚く。イケメン俳優の劇を見ている気分だ。鑑賞にはいいが、舞台には上がりたくない。
「君の職業は希少だと知っているかい?」
「少ないだけで、同じ職業の人がいる程度のことくらいは」
「希少な職業で戦うスキルがなければまずダンジョンには行かないことは?」
囲い込みされているってことだろうか。何を問われているのか迷いながら、エイコは口を開く。
「生活基盤のある人はいいですね。異世界人だと、ダンジョンに行かないと生活基盤を整えられませんから」
「ダンジョンは嫌いかい?」
「ダンジョンガチャは楽しいですよ。景色のきれいなダンジョンも多いです」
お手軽に景観を観光して回れるのは悪くない。モンスターがちょっと邪魔だけど、メダルという報酬があると思えば許容もできる。
「ダンジョンは嫌いではないですね」
なんとなく会話がかみ合っていない気がしていた。けれど、質問にはちゃんと答えているし、問題はないだろう。
ダメならそっちで質問の仕方を変えてくれ。何を問いただしたいのかわからない。
「ふむ。ならば、何か知りたいことはあるかい? 今興味があることでもいい」
このところ気になっていることをエイコは口にする。
「空は誰の物?」
この世界に、領空という概念はあるのだろうか。土地は領主や執政官がおり、その範囲を定義されている。
そのせいで争いも起きているが、所有者主不在の地は人の生活圏にはない。なので、どうにもならなければ前人未到の地で実験しなといけないだろう。
「それを定義した法律はありますか?」
空を飛んで、いきなり撃ち落とされるのは避けたい。
「すべての物は王の物。所有を定義された法律は王から与えられた物だ」
「定義されていない物が王の物なら、空を占有するとどうなるの?」
空には魔物がいるそうだ。巨鳥や竜種はとても危険らしい。占有するには魔物がいるから難しく、例えできたとしても空を利用する許可を取らなくてはならない。
「どうやったら許可は取れる? とれないなら、国外でやったらいい?」
「許可については協力するから、国外に行くのはやめようか。諦めてくれるのが一番いいが」
「それはこの世界が望んでない」
だって、レシピを用意したのはダンジョンガチャで、作れと主張するのはこの世界で得たスキルだ。作るのを諦めるなんて有り得ない。
「神様はおしゃられたのです。世界を楽しめと」
エイコはその思し召しに従うのみ。
「わたしは勇者じゃない。女神様の慈悲により生かされた者。なんら使命を持ってもいない。楽しめと
邪神にも言祝がれたけど、余計なことは言わない。
この世界、特定の宗教を否定する人はいても無神論者はほぼいなかった。何しろステータスで神の加護を持つ存在を確認でき、その恩恵を行使する様を見ることができる。
スキルというわかりやすい恩恵が、神様の存在を証明していた。
「この世界にはこの世界の決まりがある。なるべくなら、その決まりに従っていたいですが、スキルを使わないのはスキルを与えて下さった神々への冒涜ではないですか?」
スキルを使うことが神々への従順な僕である。そういう教義の宗教派閥もあるそうなので、エイコはそこにのっかることにした。
これで押し切れれば、今後何を作っても大丈夫なはず。適時手続きは必要になるかもしれないが、監視はついても行動は阻害されないだろう。
監視は今でもあるし、好きに行動できればいいとする。
「そうだね、前例のない物を集るときは申請てくれるかな?」
「前例のある物が何かわからないです」
たぶんあっても無くても、あると誤認してしまえば問題ない気がする。明らかなウソはスキルでわかるが、誤認はウソではない。そうと認識してしまえばスキル判定は真となる。
コータの持っているスキルでは、勘違いはウソだと判明しなかった。重要なのは真実ではなく、認識。別の名前のスキルならまた結果が変わるかもしれないが、明らかなウソでないなら問題なさそうだった。
もともとエイコは、ウソをつくのが得意ではない。だからといって、自らを正直者だと自称するつもりもなかった。
曲解や誤解はどれだけ言葉をつくしても発生するし、元になる世界の常識が違えばそれは大きなものになるだろう。それを理解した上で、エイコは自分にとって都合のいいように理解し、認識することにした。
「前例があるかどうかの判断か。そうだな、この地にいるなら後ろにいる騎士たちに問うといいだろう」
アルベルトを中心とする一団を示す。エイコは振り向かないままにこやかな男を見る。だから、眼差しを鋭くしたアルベルトを見ることはなかった。
振り向かない方がいいという予感に従い、新しいお菓子に手を伸ばしてエイコは微笑む。これでも一生懸命、無害アピールはしている。
ただは少し、物作りに自重するつもりがないだけだ。
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