第96話
一週間ぶりにクリフに会ったので、食事とおやつの補充をする。カウンターを挟んで向かい会い、エイコはクリフが料理する様を見ていた。
料理の合間に作ってくれた焼きたてのホットケーキを食べながら、適当に相槌を打っていたら三日後に人と会うことになっていた。
「相手の人はとっても偉い人です。素性を知ろうとしてはいけません」
エイコの知らない間に服はメイに発注がかけられており、靴も注文されていた。取りに行き忘れ分もとって来てくれたようで、エイコの靴が増える。
下駄箱を作ろう。
「アオイ。作るものリストに下駄箱追加」
『はーい』
賢い竜に覚えてもらう方が、メモするより確実だ。
「下駄箱は手荷物に含まないよ」
「部屋用です」
「ならいい」
ため息を一つついて、クリフは会うことになる人の説明に戻る。
「とっても偉い人のそばには、偉い人が同行しています」
「取り巻き?」
「うん。でもそれは本人とその周辺に言わないでね。側近とか家臣とか同僚とか部下とか言い換えよう」
自己紹介で取り巻きですとは言わないので、外向きには使わないでくれと言われた。今回の場合は相手の自己紹介に合わせた呼び方をすればよくて、自己紹介してくれなかったら同行者で統一しておけばいいらしい。
「取り巻きって、技能職なのに呼んだらダメなのね」
自称するのはいいけど、他称されると不快になる言葉なのかもしれない。謙遜して使う言葉だったかな。でも、謙遜語は動詞だったはず。
悩んでいたら、クリフが微笑んで問いかけてきた。
「どうしてそう思ったの?」
「わたし、取り巻きになるのムリって言われたことある。お前にそんな技能はないって言われた」
「あー、うん。エイコは向いてないね。そうか、取り巻きになるにも技能がいるか」
遠い目をしたクリフは、エイコから視線を外した。その視線の先を追うと、コータとカレンの姿を見つける。あちらもお家デート中だ。
トミオとユウジは外に出ており、メイは部屋にいる。
「エイコは取り巻きが欲しいと思う?」
「欲しくないかな」
たぶん、邪魔。人が側にいすぎるのは疲れる。
「えーと、クリフは欲しいの? 取り巻きとかハーレムとか」
「いらない。僕は上司の取り巻きだからね。取り巻く方であって、取り巻かれる方じゃない。仕事で必要なら、ハーレムは作るけど」
ここは仕事に理解のある物分かりのいい女になるべきか、浮気宣言と怒るべきか。
「カレン、コータがハーレム作ったらどうする?」
「そんなものがいらないようにがんばるわ」
浮気はダメ派か。
「仕事ならなんでも許されると思ってる?」
「許されるとは思ってないよ。僕は仕事なら、すべて許容してみせるさ、ハッハッハッ」
ムリしたクリフの笑いにエイコは首を傾げる。
「静かに、美味しそうに食事してくれる姿は理想の女なんだよな。エイコは」
いつもどおりの笑みを向けてきたクリフに、エイコも笑みを返す。背後の声なんて聞かない。
「クリフさん、褒められるところだけ褒めたって感じだな」
「エイコは雰囲気だけは癒し系なんだけど、クリフさん最近疲れが隠しきれてない」
「仕事なのも隠さなくなったよな」
隠さなくなったから、エイコより付き合う必要のある相手ができたら去っていくのだろう。束縛も嫉妬も愛情表現の一つ。恋のスパイスにもなるが、冷める人もいる。
捨てられない為にできることは何か考え、男に執着すると女を下げると親戚のお一人様が言っていたのを思い出す。
男は追いかけるものではなく、追いかけさせるもの。クリフが追いかけたくなる女は、仕事でその必要がある相手。
クリフに執着してもらえるいい女になるには、何かネタがいる。
蘇生薬一歩手前の薬は表に出さない方がいいらしい。そうするとポーションとマナポーションと万能薬を一つにしたような、エリクサー的な薬もたぶんダメだ。
マナポーションと同等かちょっと希少くらいの薬がいいが、該当品がどれかわからない。
毒薬は使われたくないし、解毒薬だけは作れるというのは信じてもらえるだろうか。薬について考えるが、答えが出なくて諦める。
それに、薬は錬金術スキル持ちがダンジョンでレシピを入手すれば、誰でも作れてしまう。クリフの注意を引くにはやっぱり、スキル持ちが錬金術より少ない魔導具作成使うべきだ。
作りたいレシピはいろいろあるが、どれから作り、何を見せるか。
うーんと悩んで、やめた。そういうこと、考えるのは向いてない。どうせ作るなら、楽しそうな物から作ろう。
リビングをおもちゃの船が飛ぶ。形の違う船がぷかぷかと、何艘も浮遊していた。
「これの人が乗れる大きさのヤツ作りたいんだけど、場所が足りない」
作った後格納する場所もない。
ダンジョンボスのおかげで、素材だけはある。畑で小型の遊覧船くらいのなら作れるかも。庭でつくるなら、ヨットかクルーザーサイズ。気球もいける気がする。
「この辺りなら、乗れるの作れるかな?」
大型船や浮遊要塞は無理だろうな。作る場所がない。大は小を兼ねるから大きい方がいいような気もするが、作る場所を確保できないとダメだ。
動力部分だけでも作れば、スキル的には満足てきそうだが、どうせならまるっと作りたい。
悩んでいたなら、頭を叩かれた。後ろを振り向けば、メイが部屋から出てきている。
「あんたの彼氏、そろそろ倒れるわよ」
「へっ? なんで?」
「
淡々とメイが告げる。
「このままだと、エイコの失恋理由が過労になるわ」
「カレン。恋愛過労ってあるのか?」
「コータ、しー」
メイが憐れむような視線を向けてきた。
「仕事人間に自由人の相手は無理なのよ。エイコは、一緒に楽しめる人じゃないと長続きしないと思う」
「イヌイ、それは被害が拡大する予感がするぞ」
「だから、コータ。しー」
エイコはクリフに視線を向ける。クリフはきれいににっこりと笑った。いい笑顔すぎて、不安になる。
「何がダメなの?」
「エイコは何もダメじゃないよ」
微笑みながら、伸ばしてきた手でエイコの頭をなぜる。触れる手は優しいのに、大人が幼児に向ける笑みになっていた。
そんな顔をされる理由はわからないのに、クリフの笑みは終わりを予感させる。
「エイコはエイコらしくあればいいよ。取り繕う必要なんてない」
「必要がないんじゃなくて、できないだけ」
「コータ。マジ黙って」
背後でカレンが、黙ることを知ることの大事さを語りだした。
「やらかすのがエイコだから、取り繕うとより悪化しそうよね。不敬にならない範囲なら好きにしていいと思うの」
後は賄賂で誤魔化してしまえとメイが言う。
「ワイロでもやらかすかもしれないから、クリフさんは渡す前にしっかり確認して下さい」
「あっ、はい」
賄賂というか、手土産はクリフに指定された。お酒とポーションセットで、毒消し薬を多めにして、万能薬も一本入れる。
落ちてケガをされると困るので、乗り物系は全部ダメで、危険物として壊される可能性があるからゴーレムもダメらしい。
チーズやお酒なんかの食べ物系は鑑定できる人が付いてくるから、見せてもいいし、献上してもいいそうだ。
魔導具を見たいと言われたら、ランプを見せるようにお勧めされる。それ以外なら冷蔵庫とコンロ。
自律思考で動く物はダメだと何度も主張される。
「わたしだけ注意事項多くない?」
この世界の常識がないのは、異世界人みんな一緒だ。コータは前にいた国でお勉強したかもしれないが、メイとカレンはさほど差がないはず。
「元の世界にいた時から、わたしとエイコの常識は違うわ」
メイが大真面目に告げて、カレンがしっかりとうなずいた。
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