冬籠り準備中

第95話

 ラダバナでは一二月の初めは秋らしい。しかし、雪が舞うこともある。

 まだまだ積もりそうではなく、手の平に乗れば溶けて消えてしまうくらいだとしても、赤雲白岩渓谷ダンジョンに行く前に比べればぐっと気温が下がっていた。

 メイは冬服を作ってくれており、エイコは耐寒を付与する。


 地元民によれば、まだ冬は始まっていないそうで、暖かく過ごすのに必要な魔導具をエイコは作っていた。

 食料の備蓄はトミオたちが頑張ったらしい。冒険者ギルドへの貢献より、金儲けを優先し、周辺農家とは物々交換で食料を集めたそうだ。


「文化的に小麦優位だからな。品質のいい物でも米は安く買えた」


 ダンジョンガチャボックスのそばで交渉し、質の良い物はギルドより高値で買ったそうだ。

 酒の原料になる物はどれも多めに確保したそうで、酒を作ることを求められている。


 米は余裕を持って用意したが、初めてのことで不安らしい。芋類も酒用に確保したが、保存に向いているのでまずお酒にするのは果物だ。


 みんなやっていることはバラバラだが、リビングにいることが多い。一人で作業したい時はそれぞれの仕事場にいるが、しゃべりながらできる程度のことなら、いつの間にか集まるようになっていた。


 メイによると作業BGMの代わりらしい。インターネットもテレビもラジオもないこの世界は静かすぎる。

 オーディオプレイヤーの様に使えるかもしれない音を録音する魔導具ならレシピがあるし、作った。けれど、元になる音源がない。


 職業歌手が、マナミでさえなければ、元の世界の曲を歌ってもらっただろう。エイコにとっては相手がマナミだというだけで、どんな名曲でも聞きたいと思えない。

 どこかに同郷の楽器を演奏できる人はいないだろうか。そしたら、録音させてもらいたい曲はいっぱいある。


「誰か、魚が入手できるダンジョンに行かないか?」


 小麦、肉、野菜、豆、芋といった物はラダバナで購入できるが、魚は流通量が少なくて買えないそうだ。トミオの問いかけに行けるか検討を始めるユウジとショウ。エイコはそっと魚を出す。


「さばける?」


 ユウジだけでなくトミオもできるそうで、どんどん出す事にした。クリフが戻ってきたら解体してもらう予定だったが、なかなか顔を出してくれない。


「よく新鮮な状態で保存できましたね」

「時間経過ナシの収容アイテム手に入れたから」


 収容アイテム首飾りと腕輪も手に入れたが、収納というスキルも覚えた。どれも金メダルでガチャをした時に得ている。

 ダンジョンの攻略難易度が高いほど、ガチャはいい物が出やすいらしい。エイコはそれを体感していた。


 そして、魚の出やすいダンジョンではないらしいが、一〇万枚超えのガチャである。珍しいと言われる物でも大概出るほどガチャしていた。


 今日、明日くらいに食べるのは冷蔵庫。冬の備蓄用は冷凍庫。それ以外はさばいた後エイコに戻してもらう。

 一部は干物になるらしい。

 自動人形からの派生で作れるようになった魔導人形をユウジのそばに設置し、せっかくなのでさばき方を覚えてもらう。


 エイコの感覚としては自動人形も魔導人形も差はない。少し魔導人形の方が器用なくらいだ。

 スキルで考えると錬金術で作れるのが自動人形で、魔導具作成がないと魔導人形は作れない。


 ゴーレムと魔導ゴーレムの差も微妙。たぶん、魔導ゴーレムの方が力が強くて動きが速いくらいのものだ。

 魔導人形の土偶と魔導ゴーレムの埴輪なんて、もう作り方が違うくらいしか直ぐには思いつ差がない。


「魚が手に入ったなら後は嗜好品だな。それから、暖房用の燃料」


 今の世界に一酸化炭素があるかどうかは不明。ただアルコールランプは蓋をすれば消えるので、酸素にあたる物質はあるとトミオが語る。


「暖房具をエイコに頼れば暖炉は使わないが、魔石がどれだけいるか」


 暖炉を使うかどうかはともかく、薪は用意しているそうだ。余ったり使わないのは金銭の負担になるだけだが、足りないのは死活問題になる。

 最低六ヶ月と言われているので、トミオは余裕をもって八ヶ月分準備する予定で動いていた。何しろ、一月分の食料計算があっているかどうかすらわからない。

 準備しすぎるくらいでちょうどいいそうだ。


 トミオたちにも収納アイテム作って渡しているし、みんな家の地下室に保存した食料とは別に何かしら持ってはいるはず。


 もやしの栽培は温室で続けるそうで、市場で売られる生鮮野菜が減るのに合わせて徐々に値上げしているそうだ。

 こちらは種としての豆を、小さめの収納アイテムが満杯になるほど確保している。出荷日と吹雪が被ったら時間経過ナシの収容アイテムで預かって欲しいとさっそく頼まれた。

 断ると、毎食もやしだらけの食卓になるらしい。もやし炒めにもやしサラダにもやしスープばかりの食卓だと、脅されたらエイコは従うしかなかった。


「雑貨屋にリバーシとトランプ売ってたが、作ったの同郷ヤツだと思うか?」

「勇者召喚が過去何度もありますから、似たような世界からきた人がいれば作れるでしょう。南の国の首都はプリン売ってましたから」

「ユウジさん。おやつプリンはダメですか?」

「直ぐ作れるからいいよ。プリンアラモードにしたいなら、生クリームと果物を提供して下さい」


 生クリームはエイコが提供できるが、果物はすでにドライフルーツかお酒になっている。メイとカレンが一種類づつ出した。


「電気毛布みたいな魔導、一人一枚でいい?」

「電気毛布ができるなら電気カーペットも作れるか?」

「たぶん」

「炬燵に卓上鍋もお願いします」

「掛け布団とか布製品作ってくれるなら」

「それは作れるけど、耐火付与は任せるわよ」


 思いつくままに話していたら、誰かが何かを作らなくてはいけなくなっていた。


「一二月だから、クリスマスやないか? ケーキとチキン食べるだけでもいい」

「サンタ帽子くらいなら作れそう」

「ならクリスマスリーフを作ろうか」


 みんなイベントごとに飢えていたぽい。できる範囲でやる方向に進む。


「プレゼント交換もしない?」


 元の世界準拠でイベントをしようとすると、一二月が限界だ。一三月以降は年明けまで該当するものが年末行事くらいしかない。

 冬の備蓄も順調で、ちょっとばかりできた生活のゆとりを、クリスマスというイベントに使うことにした。




 エイコがいなければ、金銭的な意味で余裕を持って冬籠の準備なんてコータ以外はできない。それだけの恩恵を得ており、その点だけを見れば決して悪人ではなかった。

 悪人でないからといって、善人ではない。悪意がないからといって、無害だと保証できるはずもなかった。


 自覚の有無に関わらず、困ったちゃんは油断してすると何かしらやらかす。楽しそうなイベントで、同居人たちはエイコの封じ込めにかかっていた。

 現在クリフが忙しいのもだいたいはエイコのせいだが、本人に自覚はない。


 六〇層超えのダンジョンを一人で制圧できるその意味に、この家の女たちは気づいてなかった。だが、男たちは気づいている。

 ゴーレムと自動人形による軍隊の作成が、可能になってしまった。それも死を恐れず、命令に忠実。敗戦濃厚になっても逃亡することのない軍団だ。


 エイコはメダルを集めるのに便利くらいしか考えいなくても、街一つくらい余裕で占拠できる戦力を手にしている。

 せめてもの救いは、エイコが生産職であり、戦闘職からの直接攻撃には弱い。やらかすならいつでも暗殺可能だからこそ、要監視対象ですんでいた。

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