第93話
エイコの肩から手を離すと、クリフが走る。その後をとことことエイコは歩いて行った。
爆発した岩モンスターの破片がゴーレムを破壊して、その背後にいた人まで傷つけたらしい。ポーションを飲ませて連れて戻ったが、全快には程遠いようだ。
響く怒声と慌ただしい状況に、エイコは薬の入った瓶を一本取り出す。けれど、そばまで近寄れなくて、足を止めた。
仮死になるかもしれない薬。試すにはいいかと気楽に近寄ったが、そんな軽い気持ちでは緊迫した状況に踏み込めない。
エイコはただ慌ただしく動く人たちを見ていた。
コータがドイルに何か言って、ドイルがエイコの前に立つ。
「見せてくれ」
気がつけば瓶を握りしめていて、手が開かない。ドイルはエイコの手ごと持ち上げて薬を検分する。そして、エイコの指を一本ずつ離して、もぎ取るように薬を持っていた。
「飲め。これを飲めたら生きられる」
身体支えてわずかに起こさせ、ゆっくりと口に流し込む。こくり、こくりと飲みこまれる見て、エイコはその場に座り込んだ。
「血が止まった」
エイコはこの世界に来てからたくさんのポーションを作っている。しかし、自分では飲み物としてしか使っていない。
大きなケガはしていないし、した人を見たこともなかった。
ダンジョンで死傷者が出る。そんな話はクリフからも、フレイムブレイドの人にも聞いてはいた。けれど、今の今まで他人事で、人と人の隙間から血で汚れた床を見つめる。こんなの、知らない。
「お前、勇者じゃなくてよかったな」
エイコの腕を引いて立たせたコータは、まったく取り乱していなかった。それが不思議でならなくて、コータを見れば大人が子どもを誤魔化すときのような笑みを浮かべた。
「戦争するために勇者は喚び出されたんだよ。血に怯えたままでいさせるような教育、すると思うか?」
コータが子どもでいられる時間は、この世界に来るまでて終わっていたのだろう。ひどく凪いだ目で、コータはすべての感情を封じているようだった。
「元の世界にいた時よりわがままになっている君が、好きだよ」
ラブは違う気がする。もしかして、アガペーよりのライクかな。情熱のない告白に、エイコは軽く返す。
「夢のない告白だね」
「おにぎりで、求婚を決めたヤツにそのダメ出しはされたくないな」
「これでも浮気することなく一途なのよ」
軽口に付き合ってくれるようだから、エイコは威張っておく。
「性別が男ってだけの相手に興味がないだけだろ? 付加価値料理がないと」
「母はさ、肩書きのない男に恋はできないって言っていたんだよね。肩書きを料理に変えたら、一緒じゃない?」
「それを子どもに言っちゃう親はどうかと思うよ」
コータがため息をつく。
「たぶん、覚えているなんて思ってないんでしょ。言われたの、幼稚園の頃だし」
愛してもらわないと、家族を愛してあげられないなんて、電話で語っちゃう人だ。たぶん、こっちは聞かれていたなんて思っていないのだろう。
「落ち着いた、ならちょっと奥へ行くぞ」
ガチャボックス前の広場から、敵の出てくる一層エリアに移動する。広場から見えないところまで歩くと、コータは足を止めた。
「少し待っていて」
ここは間引きが終わっているから、倒したらすぐモンスターがポップする状態にはない。けれど、全くいないこともないので
モンスターが現れるとサクッとコータが槍で突き刺してしまう。
待っているとヤフナスとドイルがやってきた。てっきりクリフが来ると思っていたのに、どこにもその姿がない。
「君が手にしていた薬、ハイポーションということにして、ガチャで出た事にして欲しい」
「なぜ?」
理解できなくて首を傾げれば、答えてくれたのはコータだった。
「盗んだなら犯罪奴隷、買取のお金が足りなければ借金奴隷。答え次第で奴隷ができるぞ」
「奴隷は嫌だよ。買取ならお金でなくても情報でいい」
「情報は対価になる認識があるのら、情報を秘匿する分、対価の値引き交渉だと気づいてくれ」
ヤフナスとドイルが顔を見合わせる。
「君が作った薬なのは鑑定でわかったが、それを黙秘する代わりに、ハイポーションの料金に対価を負けてくれ。これで通じるか?」
「クリフは立ち会うと、上司に報告するしかなくなるから、ここにいない。どういう取引かわかった上で、来てないからな」
これで通じるかと、伺うように二人が見てくる。
「えーと、じゃ、情報対価の一部として、あれ、作れるとヤバイ薬のなの?」
「誘拐から監禁されてもおかしくない。オレは薬特化の鑑定でな。知れる情報も鑑定した数も多いが、神薬一歩手前なんて表示始めて見た」
「あー、そういう意味なのか」
レシピを覚えた時、作るのに関係のない一文があった。
人の身で作れる薬の限界です。
あれは、つまり、これ以上は神薬になるという事だ。受肉させてくれるくらいだし、神様なら蘇生薬くらい作れるか。
「お前、意外とクリフさんに隠し事多い?」
「あえて隠してはないけど、報告もしてないわ。アレよ。ちょっとした秘密が恋のスパイスになる」
「どこの情報だよ、それ」
「秘密のある女は美しいとかなかった?」
「全部あやふやな記憶かよ!」
コータが頭に手をやり、うなだれた。
「クリフには場を作ってもらったお礼に胃薬でもやるか」
「あいつはそういうのと無縁だと思っていたんだがな」
男たちの反応にエイコは首を傾げる。
「何? 何が問題なの?」
「オレもクリフさんに何でも話す必要はないと思うよ。あの人、知ったら報告しないわけにはいかない仕事だから。それを自分で取捨選択しないで運任せなのが、な」
「そっちの問題は後にしてくれ。今すぐどうにもならんだろ? 時間がないから、薬の対価を決めてほしい」
そういうのはクリフに言ってほしい。
「相場がわからない。サイキよろしく」
「ここのダンジョンの情報と、銅メダルでいいか?」
「うん。メダルはハイポーションだと三〇〇枚くらい?」
「緊急時相場でそこは倍でもいいかと思いますが、どうですか?」
コータが問えば、あちらも同意した。とりあえず、これで奴隷は発生しないらしい。
「あっ、四肢欠損用のポーションいる?」
「それは出してくれるな。持っているのも秘匿してくれ」
ハイポーションだった事にした薬は、ヤフナスとドイルも支払いを手伝うつもりがある。だからこそ、本人不在の今、話をまとめていた。
しかし、臨時パーティーで後遺症が残ったからと、それ用の薬まで用意するのはやりすぎらしい。
「過ぎた善意は邪な者を呼び寄せる」
薬がなければあきらめもつくが、薬があると意識を取り戻した時に、ごねる可能性が高い。そしてケガした本人には薬を購入する余力がないそうだ。
購入費用があるなら、ラダバナで手に入るらしく、しゃしゃり出ない方がいいらしい。
「君、対処能力低いだろ? 絶対にやめておけ」
「そのための彼氏。あっ、違った、保証人」
「お前がそんなんだからクリフさんは過労気味なんだよ!」
なぜかコータに叫ばれた。
「もう彼氏がどうかは置いておいて、お前の世話は一人じゃ足りない。だよな? クリフさん」
コータの視線先にを見ればクリフとアオイがいた。
「エイコ一人だけなら、まだ許容範囲内だよ。君らの故郷の人は何かしらやらかさないといけない決まりでもあるのか?」
クリフはコータに返事をした後、エイコを見ると微笑む。
「大丈夫、増員要請はした」
それ、大丈夫とは言わないのでは、なんて脳裏によぎる。けれど、大丈夫でないと、振られるのはエイコだと気づいて、気づかなかった事にした。
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