第89話

 ぐったりとカレンがテーブルにもたれかかる。その体制で、行儀悪くフォークで肉を刺す。 


「千枚要求するレシピファイル出しちゃった」

「そのくらい、たいしたことないよ」

「冷たい!」


 身体を起こして避けぶと、カレンは肉を口の中へ運ぶ。エイコはそっと自らのレシピファイルを見せる。


「見ろ」

「えっ、ゼロが四つある」

「千枚なんてたいしたことないわ。キャンピングカーができるくらいだもの」


 思いのほか役にたたなかったので、キッチンカーみたいな特化した物に改造して次は作ろと思っている。旅先には田舎でも宿はあるが、水回り関係はダメな所が多かった。風呂特化で作っておけばよかったと帰宅してから後悔している。

 旅先はあんまりお風呂事情がよくなくて、今度旅に出るなら、改善してからにしたい。食事が終わったら作ろうかな。お風呂欲しい。


 戻って来たメイは三千の表示があるレシピファイルを引き当てたと、落ち込んでいたのでこちらにもエイコは自らのレシピファイルを見せてあげた。


 食事が終わった頃、エイコのガチャの順番が来る。いそいそと向かい、ギリギリ集まったレシピが一〇〇枚超えたと喜んでいたら、またしてもレシピファイルが出た。


「どう思う? これ」


 席に戻り二人に見せると絶句される。


「トータル一万七千」

「いくらエイコの引きが良くても五万枚は入りそう」


 当たりレシピは体感としては三割くらいなので、メイの予想を笑い飛ばせない。


「一日一〇〇くらい当たりを出したとして一七〇日?」

「今日は実働半日くらいだし、そこまではかからないかも、よ?」


 日数を短縮するためには、効率的にモンスターを殲滅しなくてはいけないようだ。

 三人して沈んでいたら、クリフが人を連れて来くる。


 五一層から先を任されている中年の男が二人で、錬金術師と調合師らしい。エイコやメイの持つスキルの一つにおいて先達だ。

 もう一人は三一層からの攻略を任されている人で、カレンと引き合わせたかったらしい。このパーティーの人はコータにも声をかけに行っている。


「こいつはまた、ダンジョンに好かれちまったな」


 三人ともレシピファイルを出したままにしていたので、要求枚数を見られてしまった。要求枚数の多いレシピファイルをガチャで出すと、ダンジョンにいつくなり、通うなりするのでダンジョンに呼ばれているや、好かれているというらしい。


「ゴーレムと従魔がいれば、それだけで人の三倍はメダルを稼げるぞ。それだけ攻撃の手数があるってことだからな」

「間引き期間は、事故の心配もない貸切状態ですからね。どれだけモンスターを一箇所に集めてもいいんですよ」

「モンスターを殲滅する攻撃力がないならやめとけよ。できるなら効率はいいがな」


 エイコはアオイを見る。


「ブレス、いけるよね?」

『今日の二倍くらいから様子見。安全第一』


 安全第一なら、モンスターを集めるのはゴーレムにさせよう。壊されないように、防具持たせた方がいいかもしれない。あとは、付与魔術で耐久性とか俊敏性を上げよう。


「テントって、ダンジョンの中と外、どっちに立てたらいいの?」

「どっちでも大丈夫。外だと見張りが戦闘職。中は人間同士がもめなければ問題ないから、エイコは中がいいと思うよ」

『主のためにメダル集めてくる』


 かわいいことを言ってくれるので、収納アイテムから保存容器を出して錬金術で作ったパンをあげる。

 一口で食べてしまうと、転移魔法陣の方へアオイが飛んで行く。ちゃんと担当場所の六層でメダル集めしてくれるようだ。


「テントどこに出したらいい?」

「エイコ。落ち着こうか。先に食事を終わらせようね」

「でも、ダンジョンで使うならゴーレム改造しないと」

「今夜も寝ないつもりじゃないよね?」


 冷んやり笑顔で、クリフが圧をかけてきた。もしかして、よくない状況か。


「えーと、ご飯はもう終わりにします。改造はそんなに時間がかからないはずなので、終わったら寝ます。……よ?」


 クリフの様子を首を傾げてうかがう。


「それは、時間がかかったら寝ない宣言かい?」


 発言を間違えたぽい、エイコは修正箇所を思案して黙る。

 エイコが困り悩んでいるのに、オッサン二人が笑い出した。


「姉ちゃんはいい生産職だ。クリフもカリカリするなよ。どうせみんなレシピと素材が揃えば作るまで攻略なんて再開しないんだからよ」


 数日に一回は安全ではなく、生産活動のために休むのが生産職らしい。そのために、生産職専用ダンジョンの間は引き期間は長めにとられている。

 ダンジョン攻略に体力的問題が出る前に、作りたい欲求で休む。ただ、職業とスキルの組み合わせによってはそんな欲求がないため、もめる原因にもなるそうだ。


「お前だって千枚レシピファイルだしたんだから、覚えて材料があれば作るだろ?」

「レシピじゃない。スキルファイルだ」


 拗ねたように訂正したが、クリフからの圧がなくなる。


「レシピの材料が足りない時、レシピを出したのと同じダンジョンでメダルを集めろよ。他のダンジョンより必要な物が出やすいからな」

「君が後輩ちゃんに助言すべきは早く寝ろじゃない。寝てから攻略しろ、だ。寝ないでダンジョンへ行き、実験を始められるのが一番危ない」

「おっ、さすが経験者。ヤベーやらかしは覚えているか」

「寝不足になると忘れますが、ね」


 男は、失敗を恐る者は生産職として大成しないと告げる。キリッとしたキメ顔で言われたが、残念さがぬぐえない。

 ただ、とっても共感できるいい言葉だ。


「成功は失敗の先にあるんですよね」

「そうだ。失敗こそが、成功への過程だ」

「嫌なとこで意気投合されたな」


 クリフが大きなため息をつく。


「エイコ、そいつはダメだ。すべての失敗は爆破すればいいと思っているようなヤツだ」

「火薬は正義だよ。クリフくん」

「火薬?」


 そんな物がこの世界にもあるのか。


「興味ありますか? 何か面白い物作ったら交換してあげますよ」

「お酒でいいです?」


 在庫多めのいも焼酎を出す。相手は蓋付きの壺をだしてきた。


「こういうのも有ります」


 試しにウィスキーも出してみたら、相手も別の種類を出してくる。そこから酒と薬物の交換は加速し、無言で物々交換を続けた。


 ここにいる生産職の人はみんな、なんらかの収納アイテムを持っているらしい。物々交換を始めたら、興味を示した人が寄ってくる。


「ヤフナスさんは錬金術師ですよね? お酒作れるのではないですか?」

「酒は作る人によって味が違う。錬金術スキルのレシピで保証されているのはアルコール含量だけだ」


 錬金術にも火薬レシピはあるぞと、爆発物を出してくる。錬金術も人によって作るのに得意な系統があるらしく、経口摂取する系統の物がヤフナスは苦手らしい。


「ポーションも苦手ってことですか?」

「他に頼める人がいるなら、あなたには頼みたくないと冒険者ギルドで言われたことがあるな。それでも、秘薬ギルドて作られる物よりはいいぞ」


 そっちは苦手だが、ゴーレムと火薬作りは得意だそうだ。調合師のドイルと仲がいいのも、火薬作り仲間だからで、そのためにダンジョンの中でも難易度の高い場所を任されているらしい。


「エイコは自分で飲まないからわかってないけどね。君の作るのにお酒は美味しいよ。また飲みたいと思われるくらいには」


 これはクリフにお酒催促をされているのだろうか。それとも、クリフの上司に贈り物をしろということか。

 悩んでいたら、困ったようにクリフが笑う。


「お酒に対するただの評価だよ。欲しい時は欲しいというから、悩まないで」


 こくりとエイコはうなずいた。

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