緩衝地帯の町 リトルク

第81話

 どこぞのバカがクリフの料理を食べたいと主張したばかりに、クリフが面倒をみるハメになってしまった。


「デートの邪魔するとかサイアク。馬に蹴られて不能になれ」

「お口が悪いですわよ。大人しくないオトナシさん」


 現在、獣車の中には四人の人がいる。エイコとクリフとコータに御者の交代員だ。現在獣車を操っている御者とこの交代員は獣車と一緒に国境の関所で準備された物で、彼らの所属がどこにあるかエイコは知らない。

 コータが冒険者ギルドで登録して、入国を果たすまでは一緒にいるらしい。


「オトナシさんよぉ、そいつより料理上手い奴が現れたらどうする?」

「その人がわたしのために料理を作ってくれるとはかぎらない」


 ユウジの料理ならありだ。が、残念ながらあちらは元の世界に残してきた彼女を忘れられないでいる。享年的に、エイコたちが対象外扱いになっている気もする。

 なにしろエイコは加護をくれた神様が料理担当外と言っていたくらいだ。自己努力でどうにもならない分野をうめてくれる相手を手放したくない。


「馬に蹴られる関係には思えないんだが」


 食事のために、そういう方向に寄せる努力はしている。コータはウソを見抜くスキルがあるから、エイコは沈黙した。

 米にときめいたのは間違いない。ただ元の世界でも初恋まだだったし、追求されると困ってしまう。


「お前、カナデの魅了スキル警戒していたが、この男も持っているぞ。魅了」

「魅了耐性スキルあるから、それ単体なら大丈夫」


 料理に使われている可能性もなくはない。けれど、今更自作の不味い料理は嫌だ。


「兄ちゃん、なんか言われているぞ」

「胃袋はつかんでいるから、直ぐに逃げられる事はないですよ」

「そうか。結婚詐欺にあった娘と似てるからな。うっかりやらかしそうで、おじさんは心配になるな」

「僕は勢いで結婚まで持ち込みたかったんですがね。上司から待てがかかりました」


 コータは頭を抱えて考え込んでしまった。


「食事と仕事で結びついた関係は恋愛か?」

「成人した男と女の関係に名をつけるなら、何ってつける?」

「好意もウソではないが、仕事で一緒にいるのもウソじゃないやつだぞ」

「特に不利益ないし、毎日三食の食事を作ってくれるなら何の問題もないわ」


 むしろ、恋愛感情だけならそこまで、料理作ってくれるものだろうか。


「この兄ちゃん、騎士の間じゃ、けっこう有名な問題児」

「あなたの仕事は僕の補佐で、足を引っ張ることではないですよね?」


 微笑み一つでクリフは中年の男を黙らせる。


「だいたいなんでいきなり結婚なんだ?」

「結婚は打算でするものでしょ」

「はっ? ウソじゃないだと」

「うちの親、そんな感じだったし」

「えっ、政略結婚?」

「仮面夫婦」


 小学生くらいまでは、一生懸命気のせいだった思おうとした。季節ごとに家族旅行に行くような家で、旅行先の半分くらいは両親どちらかの実家で、関係も悪くない。

 ただ、両親のどちらにも息抜き相手がいたというだけ。お相手が途切れると父は酒量が増えてイライラするし、母はヒステリックになる。

 

 母は父の肩書きが好きだったらしいが、エイコはそこまで肩書きにこだわりはない。近所ではワーカーホリック夫婦で、子育ては放置気味というウワサで、小学生の頃は育児放棄されていないか調査が来た記憶がある。


「自らの足りないものを埋めてくれるか、自らの欲しいものを持っている相手を選ぶのが結婚でしょ」

「そこに愛情も加えろよ」


 愛情があっても、失敗している人はいくらでもいる。


「一緒にいれば情もわくわ」


 クリフはこの世界の常識と教養もあるし、頼るにはいい相手だ。一緒にダンジョンに行けば安全も確保できる。


「勇者じゃない落ち人は、他とつながりがないからって奴隷狩りに遭うんだよ」


 消えても探されない立場の者は弱い。そういう意味でも、結婚すれば、この世界で確固たる足場になる。


「エイコのために料理レシピを増やそう。それだけは約束する」

「おい、浮気しないとか、守るとかでもなく料理かよ」

「仕事柄どっちも約束できない。ウソでもいいなら、言葉はあげるよ?」

「いらないわ」


 果たされない約束になんて、すがりたくない。


「オトナシ。お前せめて普通の料理人選んだらどうだ? 飲食店やっているようなヤツの方が安定が得られるぞ」

「そんな人が落ち人に理解があるかどうかわからないのと、この世界、個人の飲食店なら奥さんは店を手伝う従業員よ。わたしには向いていないわ」


 よほどの高級料理店でもなければ、旦那の手伝いをするより自分で何が作った方が稼げる。あと、高級料理店の従業員はやれる気もしない。


「料理ができるなら、ヒモの方が理想な気はしている」

「ごめんね。仕事辞める予定はないんだ」

「不安にしかならない会話におじさん震えるよ。おい、御者代われ」

「ムリ!」


 御者の後の小窓が開いているせいで、どうやら外にも声は聞こえていたらしい。


「先輩命令だ。交代しろ」

「そこに必要なのは年の功です」


 グダグダのまま獣車は進み、宿泊予定地に到着した。

 このまま進んでも冒険者ギルドある町に陽のあるうちには到着できない。街道というほど整備はされていないが、人が行き交うことでできた道があり、休息地として使われるようになった広場がある。

 到着したのはそんな広場の一つで、すでに停まっている獣車が二台あった。


「ついに出番だわ」

「出すなら動かない移動式住居にして」


 キャンピングカーゴーレムの試用が、今回の旅の目的の一つでもあるのに使わせてもらえない。


「動く方が、たぶん強度高いよ」

「強度以外に問題があるから、国外で使うのはやめて下さい」


 何かわからないが、問題があるというなら辞めおく。


「そのかわり、夜ご飯の要望は食材がある範囲できくよ」

「おやつにおにぎり食べたし、軽くでいいかな」

「だし巻き卵とみそ汁と醤油ベースで味付けした肉食べたいです」


 エイコが悩んでいる間に、コータが要望を出す。


「どうする?」

「じゃ、それで。朝ごはんぽいけど」


 ご飯の準備は任せて簡易住居を出す。


「この辺りでいいかしら?」

「場所取りは早い者勝ちだから、それにしても立派なテントだな」


 獣車は若い方の御者がお世話しており、年上の方の人がエイコ達の様子を見に来た。


「少し、中で休憩させてもらってもいいかしら?」

「どうぞ」


 中に入り、一人になると影からアオイが出てくる。

 身体を横にしたら、それだけでいっぱいになる寝台にエイコは腰掛けた。


 国外の方が治安が悪いと言われ、アオイを隠した。主人から長期間引き離すと従魔は活動できなくなるが、それを知らない人が盗みに来る可能性と、知っている人が主ごと盗みに来る可能性を指摘され、国内に戻るまでアオイは影の中にいてもらうことになっている。


『主は結婚しない方がいいと思う』

「突然どうしたの?」

『主、結婚向いてない。結婚適齢期だからって、結婚しなくてもいいの』

「家の購入と結婚はどうしたって後悔がつきまとうものらしいわ。考えて悩んで、長い時間をかけた方が、失敗した時のダメージは大きいそうよ」


 悩んだ分だけ後悔は大きくなるらしい。人伝の話だから、どちらもエイコに実感はなかった。

 ただ、エイコは手に入るものに手をのばしただけだ。


『都合のいい相手じゃなくて、結婚は幸せになれる相手を選ぶの』

「美味しい食事があれば、一日三回幸せになれる」

『うー、そうじゃないの。主のばかー」


 アオイは膝の上で丸くなって、拗ねる。ふわふわの鬣を手慰みになぜた。

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